オッサンと真祖吸血鬼
ギディアvsルカミラ。
ロザリンドvsオリアナ。
ナナミvsシャドウ。
シャルロットと対峙するのは、当然ながら浩一となった。
しばし無言で見つめ合う両者。
怒気と殺気をはらむシャルロットに対し、浩一は泰然自若といった様子だ。
シャルロットには懸念があった。
浩一の余裕だ。
自分のような“強大な魔”を眼前にした人間は通常、友好的であろうと敵対的であろうと緊張するものだ。
だというのに、今彼女の目の前にいる男は、まるで臆した様子が無い。
そう、それはまるで先代の王である父が自分に対するような……
(馬鹿な!?)
シャルロットは己を叱咤して思考を中断した。
こんな、何のオーラも無い、取るに足らない、吹けば飛ぶような男が、偉大だった父と同様に見えるなど有り得ない。
動揺するシャルロットをよそに、浩一が口を開いた。
「なぁ、やっぱり止めないか?共存共栄の道はあると思うんだよ」
「共存共栄?妾に跪き、忠誠を誓って励めば繁栄をくれてやるぞ」
「いや、そういう上下関係じゃなくてさ、こう……もっとフレンドリーにさ……」
語りながら、シャルロットは思考を回転させる。
浩一の余裕の元は、何なのか。
腕力や魔力があるようには見えない。
ならば何かしら強力なマジックアイテムでも所持しているのか……
そうこうしている間にも、周囲では戦闘が激化している。
いつこちらに飛び火するかも分からない状況で、しかし浩一の無警戒な様子は変わらない。
もしかして、精神に凶を発しているのか?
とシャルロットが訝しむと、浩一が動いた。
ベルトに巻いていたポーチを開くと、中を探る。
シャルロットの眼が魔力の発動を知覚する。
(やはり吸血鬼対策のマジックアイテムか!)
身構えるシャルロットの前で浩一が取り出したのはーーーー
ーーーー巨大な岩の塊だった。
どう見ても人間では保持出来そうにない大きさの岩塊を、浩一は軽々と持ち替えて投擲の姿勢をとる。
「ギディア!」
一言発して投げた先は、ルカミラと戦っている“人間からトロルへと変じた女”の下だった。
「貴様……何者だ?」
「俺?俺は平和な日常を愛する一市民だよ」
浩一が只者でないことは明らかになった。
先刻の岩塊。
一瞬、見た目より軽い物質で出来た物かとも思ったが、トロルが振り回している様子から判断するに、見た目通りか更に重いようだ。
そして何より、真祖吸血鬼を前にして周囲の戦いに気を配れるなど。
ふと、シャルロットの脳裏に二文字が浮かんだ。
『勇者』
人間世界に稀に生まれる化け物。
だが、今までシャルロットが戦った『勇者とされる者』と比べても、浩一は常軌を逸していた。
「で、だ。平和を愛する俺としては、平等かつ友好的に事を治めたいんだがね」
「くどい。妾は『服従か、死か』だと言った。言った以上は翻らん。それが嫌なら妾を倒して見せよ……出来るものならな」
内心の動揺を隠してシャルロットは宣言する。
人間風情に真祖たる者が譲歩するなど、吸血鬼としてのプライドが許さない。
「倒したら話を聞いてくれるんだな……こいつは頑張らないと、かな?」
制帽を被り直して気合を入れる浩一の前から、シャルロットの姿が掻き消えた。
一瞬で浩一の背後に立つ。
転移魔法の類ではない、純粋な肉体能力での超高速移動だ。
浩一は何が起きたのか理解出来ないのか、棒立ちだ。
(無策か。愚か者め!)
心の中で毒づき、シャルロットは無防備な浩一の首筋に牙を突き立てた。