ゴブリンとシャドウ
「なんだこれは!どういうことだ!」
シャドウは困惑していた。
先代の頃から王に仕え、様々な敵と戦ってきた。
あらゆる物の影に潜み、物音一つ立てず攻撃するシャドウの戦法。
不意打ち闇討ちを得意とするその戦い方は、しかし正面から当たっても何人の回避も許さなかった。
ルカミラの鎧やオリアナの結界のように“防がれた”事はあっても、シャドウの攻撃を“躱せる”者など居なかった。
今までは。
「キャハハハハハ!」
「すごーい!面白ーい!」
避ける。
避ける。
あらゆる物の影から突然飛び出すシャドウの鉤爪を、ナナミは避けに避けた。
楽しげに、笑いながら、事も無げに。
命中した!と思われた一撃も手応えはなく、
「それは残像だ」
と、浩一から教わった煽り文句を投げる始末だ。
ナナミは、人間から生まれたハーフである以外、特になんの変哲もない普通のゴブリンだった。
ただ、万事を遊び感覚でこなす気風の持ち主ではあったが。
そんなナナミを変えたのは、ミスラルの遺跡だった。
遺跡内部のゴーレムに対して、ナナミは投石で攻撃するという暴挙に出た。
理由はない。
強いて言えば「面白そうだったから」だ。
無論ゴーレムにダメージなどなかったのだが、それが「戦闘に参加した」と判断された。
結果、ゴーレムを倒した事でナナミには莫大な経験値が与えられた。
戦闘直後に職業進化が発生するほどの経験値が。
そして、ゴーレムは遺跡内に大量に配備されていた。
ゴブリンローグ、
ゴブリンシーフ、
ゴブリンスカウト、
ゴブリンレンジャー、
ゴブリンアサシン……
数多のクラスを経て、ミスラルの遺跡を後にした頃にはナナミは“ゴブリン界に並ぶ者なき英雄”と言えるレベルに達し、
ゴブリンマスターニンジャ
という、ゴブリンとしては前代未聞にして空前絶後の職業に就いていた。
「こっちこっち、こっちだよ〜♪」
『謁見の間』のあちこちから、ナナミの声が響く。
『分身の術』で多数に分かれたナナミの、実体を持たないはずの分身達がそれぞれ声を上げていた。
これはロザリンドが、
「どうせアンタに『静かに忍ぶ』なんて無理だろうよ」
として与えた、『声飛ばし』の魔法を込めた魔道具『山びこバッヂ』の効果だ。
「静かに忍べないなら、逆に騒がしくしてしまえ」というロザリンドのアイデアは、この戦いにおいて会心の効果を上げていた。
「ざ〜んねん♪」
「惜しい!」
「あと一歩」
シャドウが鉤爪で貫く度に、挑発の一言を残して分身が消えていく。
果ての知れぬ虚しい作業が、シャドウの正気を削り、遂に……
「だあああぁぁっ!いい加減にしやがれっ!コソコソ隠れてないで、正々堂々勝負しやがれぇぇぇっ!」
とまで言わしめた。
まさか返答が「お前が言うな」ではなく、
「いいよ〜♪」
だとは。
間髪入れず、現れたナナミを貫くシャドウの鉤爪。
今度は手応えが、ある。
「ヒャハハハハハ!バッカじゃねぇの!素直に出て来てやられてりゃ、世話ねぇぜ!」
『謁見の間』に響いた哄笑は、不意に途切れた。
シャドウが確かに刺し貫いたナナミ。
それが、いつの間にか丸太に変わっていた。
ご丁寧に「ハズレ」と書かれた紙片付きの丸太に。
と、耳元からナナミの声が。
「な〜んて、うっそぴょ〜ん♪」
「!@¥☆〆%→#〒?!」
あまりのショックに半狂乱となり、言葉にならない叫びを上げるシャドウから数メートル離れた柱の影から、ナナミが姿を現した。
ナナミもまた、職業能力として『影に潜む』を習得していたのだ。
ナナミは駄々っ子のごとく暴れるシャドウに狙いを澄ませると、一本の短剣を放つ。
「忍法『影縛り』の術」
投げられた短剣は、狙い過たずシャドウの中心に命中する。
『影縛り』とは、相手の影に投擲武器を当てることで本体の動きを止める忍術だ。
“影そのもの”であるシャドウにも、これは有効となる。
がーーーー
「ギャアアアアァァァァァ!」
壮絶な断末魔の叫びと共に、シャドウが崩壊していく。
「……あれ?」
ただ動きを止めるつもりだったナナミは、怪訝な顔で小首を傾げた。
何の気なしに投げたナナミの短剣。
それがアンデッドに特効を持つ魔法の短剣『日輪のクナイ』だったと気付くのは、シャドウが死滅し、全てが終わった後だった。