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完全無能力者の異世界転送  作者: ウェステール
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魔女とリッチ

リッチの周囲に現れた複数の握り拳大の黒丸は、腕の一振りに連動して飛翔し、ロザリンドを襲った。

回避するロザリンドの後ろで、轟音が上がる。

黒丸は着弾と共に人の頭ほどの大きさに膨張し、範囲内の全てを無に帰していた。

声もなくその様子を眺めるロザリンド。


「あまりの恐怖に言葉もない……か?」

「いや、こんなに壊して怒られないのかねぇ、と思ってさ」


抉り取られた床や柱は、確かに惨憺たる有様だった。


「貴様を殺した後で魔法で修理するわ!」

「あら、そんな便利な魔法があるなら、是非教えて欲しいわ」

「抜かせ!」


再び黒丸を作り出すリッチに対し、ロザリンドは懐から取り出した短刀で箒の穂を削った。

宙に舞う箒の毛の破片を、息を吹きかけてリッチへと飛ばす。

その意図に気付いたリッチが黒丸を身辺から引き離さなければ、箒の毛を触れさせる事で強制起動した黒丸はリッチの五体を虫食いにしていただろう。


「貴様、私のオリジナルスペル『餓鬼玉(グーラーボール)』を知っているのか?!」

「知らないけど、一度見れば充分でしょ?同じ相手に何度も使うような技じゃないよ、あんなのは」


オリジナルスペルを“あんなの”呼ばわりされたリッチは、ワナワナと震えた。




オリアナ・エインズワースは、将来を嘱望された稀代の魔術師だった。

膨大な魔力と知識を有し、数々のオリジナルスペルを開発、かてて加えて道を行けばすれ違った男の大半が振り返るほどの美貌。

魔法学院においても、そこを異例の早さで卒業してからも、彼女の周りには常に取り巻きが絶えなかった。

引き篭もるかのようにして勉学に励んだロザリンドと違い、オリアナは社交的で自らの美貌を自覚し、存分に利用もしていた。


それが、ある集団の嫉視を買った。


魔女達である。


年老いてから魔女になった彼女らは、若く美しい上に魔女化までした自分達より能力が高いオリアナに、大いに嫉妬した。

かくして年に一度、大々的に催される魔女の集会で一人の魔女が立てた提案は、全会一致で実行に移された。

オリアナへの呪詛攻撃である。

一人二人であれば、オリアナの防護結界を突破出来ず、呪詛は仕掛けた者に返っていただろう。

だが、集会に出ていた魔女は百人を超えていた。



そしてある日――――



――――オリアナの顔の左半分は、醜く溶け崩れた。



呪詛の一つも返せず、解けず、もはや美しくもない。

オリアナの評価は一気に落ち込み、周囲にいた取り巻き達は潮が引くように去って行った。

嘆き、悲しみ、怒り狂い、絶望したオリアナが辿り着いた答えは、アンデッド化だった。


「不死者なら醜くても問題ない。いずれ“本来の私”を知る者が死に絶えれば『元からこういう顔』で通る」


そんな風に思えてしまうほどに、オリアナは錯乱していた。

そしてそんな想いが影響したのか、リッチと化したオリアナは完全な骸骨にもならず、右半身に残った美貌に悩まされる事となる。


リッチとなり、モンスターだろうが人間だろうが、お構いなしに「美しい」と噂される者を襲っていたオリアナがシャルロットと出会ったのは、ある意味必然だった。

リッチとなった自分よりも強く、かつて万全だった頃の自分よりも美しいシャルロットに倒され、オリアナはシャルロットに心酔した。




そんな「心から崇めるシャルロット」を敬わない輩。

しかも自分が編み出したオリジナルスペルを馬鹿にする輩。

大して美しくもない癖に。

オリアナはロザリンドへの殺意に思考を灼いた。

呪文の詠唱を始める。


それは、広域焼却火炎魔法(ファイヤーストーム)

オリアナの全力で放てば、『謁見の間』全てを焼き払う魔法だ。


「無茶するなぁ」


呪文の冒頭部分で魔法の内容に気付いたロザリンドは苦笑すると、パチリと指を鳴らし、喉を押さえた。

動作に登録された「無詠唱化魔法」が速やかに発動する。

オリアナが異変を察したのは、その直後だった。

呪文が違う。

自分が出した声に「別の自分の声」が重なり、呪文を意味不明なモノに変えていた。

愕然とロザリンドを見る。


「どうよ?アタシ“必生”の絶技『呪文妨害(スペルジャマー)』は」


ロザリンド会心のドヤ顔だった。


声帯変化(ボイスチェンジャー)』と『声飛ばし(ウィンドボイス)』を合わせ、相手の呪文詠唱を邪魔する『スペルジャマー』は、使う魔法こそ低レベルだが「相手の声に寸分違わず同調させねばならない」という点で、瞬間的に使うのは極めて難しい。

数度の会話と『グーラーボール』の詠唱を聞いただけでこれを成したロザリンドの技量は、神業と言えた。


「ならば、これはどうだ!」


オリアナが両手を眼前で打ち合わせると、両掌に第二第三の口が現れた。

オリアナがリッチとなる前に開発した魔法『口増やし(ジオメトリク)』だ。

複数の口が同時に別々の魔法の呪文を唱えだす。

これら全てを妨害するのは、物理的に不可能だ。


勝ち誇るオリアナを、更なる異変が襲った。

声が出ない。

確かに発声はしているはずなのに、空気が音を伝えていなかった。


「へえ、マニアックな術を使うねぇ。お前さん、オリアナ・エインズワースのファンかい?」


言いつつ髪をかき上げるロザリンド。

オリアナは再び驚愕した。

ロザリンドのうなじには、ジオメトリクで形成された口が付いていた。

静寂化(サイレンス)』の魔法は、呪文の途中を繰り返す事で範囲や威力を増すことが出来る。

魔力でオリアナに劣るロザリンドがオリアナの声を消せたのは、かなりの数の復唱をこなしたからだろう。

しかし……


(いったい、いつから……)

「口を増やしたのは城に入る前から、呪文の詠唱は戦闘を始める前からさね」


思わず呟くオリアナの声はかき消されていたが、ロザリンドは口の動きで内容を理解していた。


「いやしかし、こんな所で同好の士に出会えるとはね。オリアナ師は凄い魔法開発者なんだけど、何故か知名度が低いんだよねぇ」

「!?」


崇拝する主人の為に怒るべきか、己より魔術師として劣る相手にやり込められた事を悔しがるべきか、はたまた“かつての自分を正当に評価してくれる魔術師”に出会えた事を喜ぶべきか。

態度を決めきれないオリアナは、しばらく凍りつくのだった。


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