卒業式の幻
高校二年生の時、三年生の卒業式に出席した事がある。
どうして二年生が三年生の卒業式に出席しなければならないのか? 理由は覚えていないのだが、多分、席埋めのサクラか何かだったのだろう。各クラスから二名ずつ、クジで選ばれる事になっていた。
僕は当時から引きこもりで、めんどくさい事は全部嫌いだったので、当然出たくなかった。大体、休みの日にわざわざ制服着て学校に行くというのが馬鹿らしかった。HRの時間、ティッシュ箱に入れられたクジが順番に席を回ってきた。
僕の席は教室の真ん中くらいで、僕の所に来るまでに誰も当たりを引かなかった。僕はどうしても当たりを引きたくなかったので、入念にクジを選んだ。もちろんそんな事をしても確率は変わらないが、絶対に出席したくなかったので、わざわざ時間をかけてクジを引いた。
引いて、クジを見ると「当」と書いてあった。クラス委員がクジを取り上げて「ヒフミが当たったよ!」と教室中に知らせた。みんなは、僕がわざわざ時間をかけて選んだのに、当たりくじを引いたので大笑いしていた。僕は自分が馬鹿らしくなった。こうして、僕の貴重な休日が一日潰えるのが確定した。
クジに当たったもう一人は女子生徒で、どちらかと言うと男勝りな、リーダーシップのある人だった。彼女の事は小学生の頃からよく知っていた。彼女は小学生の時は体が誰よりも大きくて、少年野球で四番を打っていた。
僕は当日、かなりかったるい気持ちで三年生の卒業式に出席した。女子生徒と並んで、後ろの方に座っていた。卒業式は始まり、前の方でなんやかんやとやり出した。僕は退屈していたが、いつものやり方で、この場をしのごうと考えた。その為に、ポケットにある物を忍ばせてきていた。
それは文庫本で、村上春樹の「ハードボイルド・ワンダーランド」だった。僕はそれを膝の間に挟んで、壇上からは見えないように注意を払いながら、読み始めた。前の方では卒業式が粛々と進んでいる。
しばらく読んでいくと、肩を叩かれた。女子生徒が僕の方を見て
「ヒフミン、やめときなよ。せっかくの卒業式なんだから」
と注意した。僕は無言でうなずいた。本を内ポケットにしまった。それから、僕は虚ろな目で壇上を見続けた。
あれから十年以上の歳月が過ぎた。時というのは一瞬だ。あるいは一瞬に感じられる。
僕はこの小さなエピソードを鮮明に覚えている。どうしてだろう? …多分、今でもやっている事が全く変わっていないからだ。世の中は、世間は、人々はそれぞれに厳かな儀式を、社会活動を、人生喜劇を行っている。だが、僕だけがその中に入って行けず、ひとりで膝の間に文庫本を挟んで読んでいる。
あの時のまま、「時」は凝固したままだ。いずれ僕はまた誰かに怒られて、文庫本をポケットにしまう事になるだろう。そうして虚ろな顔で、「みんな」の一人であるというポーズを取るのだろう。
今、振り返ると、あの出来事はそんな象徴的なものに見える。何も変わっていない。いつも僕は「僕」のままだ…。残念ながら。
……ところで、先日、同窓会があって、女子生徒とも話す機会があった。彼女は流麗に年を重ねたようで立派な大人になっていた。僕は彼女にその話題を振った。「卒業式に二人で出席したのを覚えているか?」と。
「覚えてない」
と彼女ははっきりと言った。
してみると、全ては僕が見た幻だったのかもしれない。日本酒を口にふくみながら、僕は自分に降り掛かった全てが、僕にとって必然的だった幻のような、そんな気がした。




