第2話 過去…米英の死闘
遅くなりました、第2話です(汗)
それほど過激ではないと思いますが、流血シーンが多少有りますのでご注意下さい。
……1812年8月19日 ノバスコシア海岸……
黒き船体に、雄々しきマストの立ち並ぶ帆船。
その船尾に、指揮官の軍服に身を包み、サーベルを帯びた少女が立っていた。
凛とした顔立ちに優雅な肢体、そして緑色の双眸は、水平線の向こうを見つめる。
「おい、コンス」
後ろから乗組員の1人が、彼女に声をかけた。
砲手の1人である。
「砲から離れていいの ? フレッド」
「すぐに戻るさ。リンゴ貰ってきたが、食うか ? 」
「後でちょうだい。今はいつ敵船が来るか、分からないから」
少女……USSコンスティチューションは言う。
「船の妖精も大変だな」
「合衆国の未来がかかった戦ですもの。でも貴方は、気乗りがしないみたいね」
フレッドと呼ばれた砲手は、自分のリンゴを一口囓って頷く。
「イギリスは気に入らねぇ。だがよ、インディアンが向こうの味方についてるんだ」
1812年、アメリカとイギリスとの関係が険悪化し、6月にこの米英戦争が始まった。
アメリカ人に土地を侵略されていたインディアンの諸部族は、当然イギリスに協力し、白人の支配に抗戦の姿勢を表している。
「先住民くらい、別に驚異ではないでしょ ? 」
「そういう問題じゃねぇ」
フレッドは言った。
「俺等はよ、自由に暮らせる新天地を求めて、アメリカの土を踏んだ。インディアンは俺等に、ここで生きる術を教えてくれた。それなのに今は……」
「フレッド」
コンスティチューションは、人差し指を立てて唇に当てた。
「聞いてるのが私だけだからいいけど、あんまり大声で言ったら駄目よ」
「……そうだな」
……その時、船上に怒号が響き渡った。
「敵艦発見 ! 総員戦闘配置 ! 」
フレッドとコンスティチューションは駆けだした。
フレッドは自分の担当である砲に向かい、コンスティチューションは船首に立った。
やがて、イギリス海軍フリゲート……『ゲリエール』が接近してくる。
……射程圏内に到達。
ゲリエールの砲から硝煙が上がり、砲弾が海面を叩いて水柱を作る。
しかし『コンスティチューション』艦長・アイザック=ハルは、砲撃を待つように指示を出した。
2つの船はじわじわと接近する。
衝撃音と共に、『ゲリエール』の放った砲弾が、『コンスティチューション』の船体に直撃すした。
しかしその砲弾は側板に跳ね返され、船体は無傷だった。
『ゲリエール』側は驚愕し、逆にアメリカ軍の士気が大きく高揚する。
「この程度で、私を沈めることはできない」
コンスティチューションは不敵な笑みを浮かべる。
そして両艦の距離が僅か23メートルに近づいたその時、ついにハル艦長は砲撃命令を下した。
「右、5度 ! 用意 ! 」
砲の元で、フレッドが照準を指示する。
多数の砲が、『ゲリエール』を狙っている。
「発射 ! 」
叫ぶと同時に、耳を塞ぐ。
刹那、轟く砲声。
熾烈な砲撃を加えつつ、『コンスティチューション』はゲリエールとの距離を詰めていく。
「……そろそろ、か……」
コンスティチューションは、片刃のサーベルを抜いた。
移乗攻撃の備えだ。
艦魂は船の守護神だが、人間に艦魂が手を下すのは禁じられている。
人間は人間、艦魂は艦魂同士で戦うのがルールだった。
衝撃音と共に、船体が接触した。
双方の海兵隊員達がマスケット銃を構え、敵の移乗攻撃を防ぐ。
その時、砲の所にいるフレッドが、肩を押さえてうずくまっているのが見えた。
流れ弾に中ったのだ。
「フレッド ! 」
コンスティチューションが駆け寄る。
「俺は大丈夫だ ! 行け ! 」
フレッドが叫ぶ。
「お前の役目を果たせ ! 行け、コンス ! 」
躊躇している暇も無い。
コンスティチューションは頷くと、甲板を蹴って跳躍した。
イギリス兵達には、鷹が獲物を狙って飛翔する姿に見えたかも知れない。
無論、艦魂の見える者かいればの話だが。
銃撃戦を交わす海兵隊員たちの頭上を飛び越え、『ゲリエール』の甲板に降り立つ。
「我はアメリカ海軍フリゲート、コンスティチューション ! 一騎打ちを望む ! 」
高らかに叫ぶコンスティチューション。
するとイギリス兵の中から、1人の少女が進み出た。
「イギリス海軍フリゲート、ゲリエール……受けて立つ」
短めの金髪をした少女……『ゲリエール』の艦魂は、自らの剣を抜いた。
細くしなやかなレイピアだ。
ほとんどの船員達は誰も気づかないが、既に両国の名誉ある者同士の戦いが、行われようとしていた。
「戦いが我らの宿命ならば、言葉は不要」
「何も語らずに、生死を賭けて刃を交えん」
「我は祖国アメリカのため」
「我は祖国イギリスのため」
作法に則り、2人は剣を向け合う。
「「いざ ! 」」
2人は同時に叫んだ。
ゲリエールが雷光の如く刺突を繰り出す。
コンスティチューションは流れるような動きでそれをかわし、サーベルで薙ぎ払う。
しかしゲリエールのレイピアが、蝶の舞うような軌跡を描き、受け流した。
船体が離れるが、それでも2人の戦乙女は戦い続ける。
それはあまりにも美しく、そしてあまりにも恐ろしい光景だった。
砲声の轟く中、剣光が交差し、金属音が鳴り、どちらかが倒れ伏すまで続く死の舞踏が行われた。
コンスティチューションの一撃がゲリエールの頬を掠め、髪の毛が数本宙を舞う。
バックステップをとったゲリエールが、即座に踏み込みつつ刺突。
刺突のみに特化した剣であるレイピアの切っ先が、コンスティチューションの喉を狙う。
今度はコンスティチューションが紙一重で交わした。
その時、離れていた船体が再び衝突する。
震動の後、再びマスケット銃による銃撃戦が交わされた。
それにより双方とも、敵船へ乗り移る兵士はいない。
「はあぁっ ! 」
コンスティチューションの連撃に、ゲリエールは後ずさる。
いける、とコンスティチューションは思った。
徐々に後退したゲリエールは、フォアマストに背中がぶつかった。
ちらりと背後を振り返り、ゲリエールは跳躍した。
(ここで跳ねるか…… ! ? )
コンスティチューションが刃を上に向け、斬り上げようとしたとき、ゲリエールの足がマストを蹴った。
さらに身を捻って剣を交わし、コンスティチューションの斜め横に着地する。
「なっ…… ! ? 」
コンスティチューションの反応は、ゼロコンマ数秒遅れた。
かわそうとした瞬間、彼女の脇腹にレイピアが突き刺さった。
鋭い痛みに顔を歪める。
「……急所は外したか」
呟きつつ、ゲリエールがレイピアを引き抜くと、鮮血がほとばしった。
左手で傷口を押さえ、コンスティチューションは痛みをこらえて剣を振るう。
船体がまた離れて、熾烈な砲撃戦が行われた。
しかし『コンスティチューション』のライブ・オーク製の側板は、『ゲリエール』の砲撃をことごとく弾く。
これこそ、この船が後に“古い鉄の船腹”と呼ばれる所以である。
艦魂の戦は、今度はコンスティチューションが追い詰められていた。
巧みな刺突を回避し、何とか反撃のチャンスを掴もうとする。
船体が、3回目の衝突をした。
だが今度は、今までとは様子が違う。
『コンスティチューション』の艤装が、『ゲリエール』の斜檣に絡まったのだ。
ゲリエールがそれに気を取られた一瞬の隙を突き、コンスティチューションの斬撃がゲリエールの肩を薙いだ。
ゲリエールが咄嗟に身を逸らしたため、傷は浅い。
そして次の瞬間、今までにない強烈な刺突が、コンスティチューションの左肩を貫いた。
ゲリエールは隙を作った自分に怒りを覚え、渾身の一撃を繰り出したのである。
しかし、コンスティチューションの左手が、レイピアの刀身を掴んだ。
「なっ…… ! ? 」
相手の武器の動きを封じたコンスティチューションは、最後の力を振り絞り、ゲリエールの首筋目がけて剣を閃かせた。
「…… ! ! 」
船上の一角が、赤く染まった。
コンスティチューションは肩を貫通したレイピアを、痛みをこらえて引き抜く。
その時、船体が離れ、『ゲリエール』の斜檣が『コンスティチューション』に引きずられた。
そしてめきめきという嫌な音がし始め、イギリスの水兵達が騒ぎ出した。
コンスティチューションは踵を返し、自分の本体へと跳躍する。
『ゲリエール』のフォアマストが、折れて倒れるのが見えた。
コンスティチューションが自軍の兵士達の元へ舞い降りた後、メインマストまでもが引きずり倒されていった。
「勝ったぞ ! 俺達の勝ちだ ! 」
「『コンスティチューション』は無敵だ ! 」
「アメリカに栄えあれ ! 」
狂喜する乗組員たちの中から、応急処置を受けたらしいフレッドが駆け寄ってきた。
肩に巻かれた包帯に、血が染みている。
「コンス ! 凄い怪我じゃないか ! 」
「大丈夫、私はすぐ治るから。貴方の方は ? 」
「弾が入らなかったから大丈夫だ。血が止まってないが……」
「なら動いちゃ駄目よ ! じっとしてなさい ! 」
コンスティチューションは、たしなめるような口調で言う。
「ああ、すまねぇ。ただちょっと、心配だったからよ」
「全く、男って奴は……」
フレッドをその場に座らせ、『ゲリエール』の方を顧みる。
あの状態では、もう捕獲して曳航することすらできないだろう。
コンスティチューションは胸の前で十字架を切り、名誉ある敵の冥福を祈った。
…………
「……下……閣下」
コンスティチューションは、はっと目を覚ました。
「そろそろ、お時間です」
目の前に立つ水兵が、言った。
「……ここは ? 」
「マーブルヘッドです」
水兵の答えを聞き、コンスティチューションは完全に夢から覚めた。
口に手を当て、欠伸をする。
「……久しぶりに、昔の夢を見ていた」
「戦の夢ですか ? 」
「ああ」
コンスティチューションは立ち上がり、部屋の外へ出た。
「さあ……行こうか」
……1997年7月21日、母港ボストンの桟橋から、マサチューセッツ州マーブルヘッドまで曳航された『コンスティチューション』は、そこから自力で航海に出た。
乗組員の他に、アメリカ海軍関係者や政治家、ジャーナリストなどが乗船している。
水兵達がマストに登り、帆を張る。
「……出航」
船首に立ち、コンスティチューションは言った。
アメリカ海軍の守護神が、帆に風を受けて海上を走る。
116年ぶりのことだった。
「風の匂いも、随分と変わったものだ……」
彼女はその時、自分に近づいてくる2隻の艦に気づいた。
ミサイル駆逐艦『ラメージ』と、ミサイルフリゲート『ハリバートン』だった。
………
フレッド
1812年のアメリカ海軍砲手。
『コンスティチューション』乗組員で、艦魂が見える人間だった。
先住民を迫害する国のやり方に反感を抱いていた。
ゲリエール
イギリス海軍フリゲート『ゲリエール』の艦魂。
レイピアの使い手。
1812年、コンスティチューションとの激闘の末、散る。
どうも、少し遅くなりました。
そして新年明けましておめでとうございます。
今回はコンスティチューションの過去の話でした。
次回、ラメージ達と出会います。