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しろいねことくろいねこ  作者: 冬野ふゆぎり
三月:
27/39

感情と直感

 嫉妬とか、そういう胸を焼かれるような感情は、もちろん自分にも覚えがある。

 付き合い始めた今でさえ、分かっていながらも言い寄る奴とか、前から千穂さんに気のあるそぶりを見せていた先輩とかが、わざとらしく彼女に構ったりしてきているからだ。

 当たり前だけど誰にも渡すつもりはないし、自分を磨いて、向こうからももっと惚れてもらえるような男になろうとも思ってるし、ずっと、大切にしたい。

 だからこそ、ふとしたことで、心が乱れまくったりするのは、心情的に凄く分かるんだよなあ、などとぼんやり考えていたのだが、

 『……津田くん?寝ちゃった?』

 耳元で響いた心配そうな声に、俺ははっとして瞼を開けた。まずい、寝落ち寸前だった、と、もたれかかっていたベッドから背中を離して、姿勢を立て直す。

 「起きてます大丈夫っす!すいません、ちょっと飲み過ぎたみたいで……」

 『うん、だからそろそろ寝ていいよ?結果はちゃんと知らせるから』

 「いやでも、俺は明日休みだからいいっすけど、千穂さんは仕事じゃないっすか」

 ……というか、俺以外の人は、日置さん含め全員出勤なんだけど。

 しかも、萩原チーフは昼前から出張(慣れてるから気にするな、とは言ってくれたけど)、千穂さんは遅出とはいえ、もうとっくに日は変わってしまっている。

 日置さんも、掃除とか猫の世話とか、なんだかんだで八時には出るそうだし、何より、やっぱ気になるしで。

 そう言うと、千穂さんが小さく笑う声が、すぐ傍でして。

 ……この声、ほんと、すげえ好きだ。柔らかくて優しくて、どっか甘くて。

 最近、こんな風に笑ってくれるの増えたよなー、とかしみじみとしていると、

 『そうなんだけど、一花ももう覚悟決めたみたいだから。後は、落ち着くだけだって』

 「……ですよね」

 机の上の時計を見てみれば、日置さんが、めちゃくちゃ真剣な表情のまま、中屋さんにメールを送ってから、およそ二時間ほどが経っていた。

 あのあと、萩原チーフが、残り物のつまみと冷蔵庫に残ってた野菜をプラスして、マジ適当に全投入したのに、かなり美味く仕上がったパスタを三人で食べて。

 少しだけ表情の緩んだ様子の日置さんに、ありがとな、と礼を言われて、送り出されて。

 二人とも、まだ終電どころか余裕で帰れる時間だったから、上りと下りに別れて、後日落ち着いたら飲み行きましょーねー、とあらためて約束して、来た急行にさっさと乗って。

 そしたら、席に座った途端に、千穂さんからメールが飛んできたのだ。

 中屋さんから、凄くおろおろした感じで(なんとなく俺にも目に見えるような気がした)、連絡が来た、とすぐに知らせてくれたわけだが、

 「でも、中屋さん大丈夫っすかね。なんか、一回うろたえると朝までずーっとそのままなんじゃないっすか?」

 『うん、だから、一花の思うようにしたらいいから、早めに寝るんだよって言ったんだけどね……ちょっと、竦んじゃってるのかな、って』

 それを聞いて、俺はちょっと考え込んでしまった。

 あえて口止めされたわけじゃないけど、日置さんから聞いたことは、俺も萩原チーフももちろん、詳しいことは他の誰にも話していない。

 まだくすぶっていた千穂さんの怒りを鎮めるためにも、ベコベコにへこんでました、とだけは伝えたけれど、あの複雑な心情というか、微妙な男心というか、そういったものはなんとも表現がしがたくて。

 だけど、これだけは、どう見ても確かなことで。

 「あの、日置さん、中屋さんのこと、すっげえ好きなんだな、って思ったんですよ」

 俺が、彼女の様子を伝えた時、ほんとに見たこともないような表情になって。

 雲井さんも、大概クールっていうか無表情だけど、紹介された時から、あの人ももっと泰然自若、って感じで、なんかやっぱ似た者同士なんかなーって思ってたのに。

 少しだけ赤くなった顔を押さえて、じっと色んなものをこらえるみたいにしてて。

 そんなことを伝えると、千穂さんはしばらく無言でいたが、やがて短く返してきた。

 『同じこと、言ったの』

 「え?」

 誰が、と聞き返す前に、少しだけ迷ってるかのような間を置いて、すぐに声が続いた。

 『一花が。君が言ってくれて、色々考えてる時に……津田くんだから大丈夫だと思う、ずっと、ほんとに好きなんだなあ、って思ってたから、って』


 ……うっわ、なんか、これ。


 自分でも、好きだってめいっぱい主張しまくってて、自覚も、周りへの牽制のつもりもあってやってたし、むしろ冷やかし上等!くらいの勢いだったのに。

 「……あらためて言われると、めちゃくちゃ恥ずかしいっすね」

 マジで、顔が熱い。

 たぶん、中屋さんがド直球に言ってくれたってことは、半端なくそうなんだって思われてるってことで、それで全然いいんだけど。

 同期とかチーフとかに半分ネタ扱いされたりからかわれたりするのとは、なんかこう、重みが違うというか。あの人、ほんと真面目だから。

 池内さんに『一応信用はしてあげるけど、泣かせたら捻り上げるよ?』って凄い笑顔で言われたのは、全然意味が違うし。

 ていうか、本気でやりかねないだけに超怖いし。されるような真似、する気ないけど。

 俺がうー、とか唸りながら悶絶しているのが伝わったのか、千穂さんはまた、笑って。

 『うん、それ、分かる。だから、君がそう言うんなら、大丈夫だって思えるな、って』


 ……あー、もう、なんで、これ電話なんだよ。


 目の前にいたら、確実になんか手出ししてしまいそうな台詞を、さらっとくれたりして。

 信じてくれてるのも、どっか可愛い言い方とかも、もろもろ含めてたまらなくて。

 「あの、千穂さん、俺」

 『あ、ちょっと待って!今メール来た!』

 「え、マジっすか!?なんて!?」

 慌てたような千穂さんの声に、ほとばしりかけた想いも吹っ飛ばす勢いで、俺はさっと顔を上げると、時計を見た。

 午前零時、四十一分。

 このくらいの時間なら、おそらく日置さんも起きてるはずだ。風呂入って、ブログ更新してから寝る、って帰る時に言ってたし。

 すぐに見るから、という声にじりじりとしながら、ごく微かな操作音が聞こえるほどにスマホに耳をじっと押し付けていると、やがて、小さく息をつく音が聞こえて。

 『……来週、会うことにした、って』

 「……いつっすか?」

 『水曜日。お店で、だって』

 結果を聞くなり、俺は目をきつく閉じると、空いた手で額を押さえて、天を仰いで。

 それから、肺活量の許す限りに、深々と息を吐き出した。

 『凄いため息。ほっとした?』

 「いや、だって気が気じゃなかったっすよー!!二人とも見ててきつかったし、マジでめちゃくちゃ心配でー……」

 と、気の抜けた勢いのままにそう零していると、耳元で短い着信音が鳴った。めったに聞かない、通話中のメール着信を知らせる音だ。

 『そっちも、何か来た?』

 「そうみたいっす……やっぱ、日置さんだ」



 件名:遅い時間に悪い

 差出人:日置(ひおき)(わたる)

 

 本文:

 起こしてなきゃいいけど。

 彼女から、連絡来た。

 会って、ちゃんと話すよ。有難うな。

 

 それと、今やっと気が付いたんだけど、

 お前に渡したの、素で台布巾だった。

 一応、ちゃんと洗濯も消毒もしてあるけど。

 濡れタオルとか持ってくるところまで

 頭回ってなかったから、それも謝っとく。

 シミにならないかどうかチェックしとけよ。



 ……なんで、こんな時に妙にオカン気質発揮してんだ、この人。

 しかも、肝心なことは、たったの二行だし。

 そう思った途端、こらえきれずに吹き出していて。

 『え、なに!?津田くん、なんで笑ってるの!?』

 焦ったようにそう言ってくる千穂さんにも、いや、ちょっと、とかしか言葉が出なくて、酒が残ってるせいか、変なテンションでひたすらに笑い続けながら、ふっと思った。


 うん、なんか、大丈夫な気がする。

 あの人たちも、それに、俺とか、千穂さんも、皆も。


 あんまり止まらないから、さすがに心配を通り越して軽く叱るような口調になってきた千穂さんの声を、それでも心地よく聞きながら、俺はそんなことを確信していた。

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