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急速反転しながら上昇して、ウィッツを投下すれば街のシェルターを攻撃できる。
先程攻撃した建物を見ることなく、ミンチメーカーは反転して上昇した。
算出したポイントでウィッツを切り離し、離れた距離にある街のシェルターを攻撃するためだ。
流れる動作でウィッツを切り離した直後、レーダーが接近する戦闘機を捕捉した。
機体の判別はすぐにできる。
人間で例えるなら条件反射のようなスピードで。
なぜなら、その機体を知っていたからだ。
「――ジェイコブさん。 どうして……」
現れたのは、ナナメにブルーのストライプが施されたF-35。
それは、ジェイコブが乗るF-35だった。
――彼には来てほしくなかった。
――その為の細工だって施しておいたのに。
だが、細工は完全ではなかった。
機銃と増槽、脱出装置だけは使えるようにしてあったから。
――どうしてそんなことをしたのか?
考えても、比較しても、答えは出ない。
「――迎えに来たよ。 ミンチメーカー」
ジェイコブは微笑みながら、優しい声で通信してきた。
◇
「ここよ! 地下シェルターは核にも耐えられるわ!」
「地下シェルター? 満員じゃないのか?」
「まだ空いてる!」
ダグラスたちは街の中心地にあるシェルターに到着し、ダグラスはジムニーを入口のそばに停めた。
「確かに、空いてそうだな」
シェルターに来た人の数は少なく、その様子にノーマンは肩をすくめる。
「あ――ちょっと!」
シェルターに入ろうとしたダグラスたちは、若い男に呼び止められた。
「なんだ?」
「すみません。 妻が身重で、祖父が車椅子なんです。 助けてもらえませんか?」
ダグラスは、男の背後に居た車椅子に座る老人と、男に支えられた臨月の女性を見る。
「ネズノキとキャスは、奥さんと旦那さんを頼む。 オレとノーマンはお爺さんを」
「任せて」
「ありがとうございます」
「さあ、こっちです」
マコとキャスは夫婦を連れてシェルターに入った。
ダグラスとノーマンは、2人で老人が座る車椅子を押す。
「すみません、こんな時に」
「謝らなくていい。 助け合うのは当然なんだから」
ダグラスはちらりと空を見た。
20分程前にミンチメーカーが飛び去っていった方角を見て、ダグラスは黒い物体がこちらに向かって飛行しているのを見つける。
その物体には見覚えがあった。
「――くそっ!」
「どうした?」
「さっきの爆弾が飛んで来てる!」
「嘘だろ!?」
ミンチメーカーはウィッツの誘導を止め、効果範囲の設定を始めた。
地下シェルター全体は無理でも、上の建物全ては吹き飛ばせるように設定して確定しようとした瞬間――F-35の機銃から放たれた弾丸が、目の前を横切る。
「邪魔しないでください、ジェイコブさん」
「もう止めろ。 ミンチメーカー」
ウィッツを再設定しようとしたが、ウィッツ側が飛行距離を稼げない。
ミンチメーカーは仕方なくテンプレート設定を呼び出し、シェルターの一部は破壊できる設定を使用した。
◇
シェルターがある建物の屋根を貫通し、床に刺さって停止したウィッツは、ミンチメーカーの指示で数秒後に起爆した。
炸裂したウィッツは一極集中でエネルギーを流し込み、シェルターの一点を破壊する。
核にも耐えられるはずのシェルターに小さな穴が開いて、わずかな熱エネルギーと衝撃がシェルター内を襲った。
「みんな逃げて――!」
叫んだが反応は遅れた。
先にシェルターへ避難していたマコとキャスは、真上で炸裂し放出されたウィッツのエネルギーに巻き込まれてしまう。
◇
ウィッツが起爆した衝撃で、建物の壁に穴が開き、鋭いガラス片を含んだ瓦礫が、ノーマンに向かって一斉に飛んできた。
ノーマンは反射的に目を閉じ、身構える。
しかし、その体は生暖かい感触に包まれ、驚いたノーマンはゆっくり目を開けた。
「――ダグラス?」
目を開ければ、目の前に逞しい男の体があって、視線を上げると、頭から血を流すダグラスの顔があった。
「――大丈夫か?」
いつものように微笑みながら、ダグラスは笑う。
ダグラスはノーマンをしっかりと抱き、飛散した破片から彼を守ったのだ。
背中や側頭部には、飛んできたガラス片や鉄筋が突き刺さっていて、口の端から血が溢れ出す。
「オレも最低な人間だよ。 お前を守るために、爺さんを盾にしちまったんだから」
ノーマンに血を吐きかけてしまわないよう咳きを我慢して、血を飲み下しながら、ダグラスはちらりと後ろを見る。
車椅子に座る老人の体には、大きな破片がいくつも刺さっていて、砕けた頭部から覗く乳白色の頭蓋骨と脳漿、ドロドロと流れ出る鮮血が、大きな紅白の花束を連想させた。
「なんでおれを守って――」
膝から崩れ落ちるダグラスを支えようと、ノーマンはしゃがみこむ。
「なんでって……」
しっかりとノーマンを見つめたダグラスは、静かに彼を引き寄せ、その唇を奪った。 2人はキスを交わしたのだ。
小刻みに震え、やや冷たいノーマンの唇に彼の熱が染み込み、ほんの一瞬だけ舌が差し込まれて、ノーマンの口内に鉄錆の味が広がった。
「あーあ。 こんな別れ方になるってわかってたら、もっと早いうちに"お前のことが好きだ"って言ってたのになぁ……。
お前と15年も一緒に居て、伝えるチャンスなんていくらでもあったってのに」
キスを止めて、ダグラスは寂しそうに呟く。
「でも、ファーストキスはノーマンでって願いは叶ったか……」
咳き込み、血を吐き出すたびに、ダグラスの体がふらふらと揺れる。
「何言ってるんだ! お前は助かる! きっと!」
ノーマンは、ダグラスを楽にするため、彼を横抱きにした。
泣いているノーマンの姿を見て、ひゅーひゅーと呼吸を続けながら、ダグラスは笑う。
「いい歳して泣くなよ。 男だろ?」
自分の血で汚れた手で、ダグラスはノーマンの頬を撫でた。
「――笑ってくれよ。 いつも仏頂面で、最期に見た好きな人の表情が泣き顔じゃあ、つまらねぇしよ」
涙を拭い、自分の頬に当てられたダグラスの手を握りながら、ノーマンは微笑んだ。
――こうでいいか?
声にならない声で語りかけながら。
「ノーマン。 おまえ、笑うといい男になるじゃねえか」
笑顔は、いつかダグラスに見せるために、1人で練習していた。
「……ダグラスには適わないよ」
――そうだ。
自分の笑顔なんて、ダグラスより劣ってる。
ダグラスは満足そうな表情になってから、静かに目を瞑った。
「――でも良かった。 最期まで……ノーマンと一緒に居られ……て」
呼吸は次第に浅くなり、ノーマンの頬に当てられていた手から力が抜けていく。
「――ダグラス!? おいっ、ダグラス! 返事をしろ! おいっ!」
ノーマンはダグラスを揺するが、ダグラスの全身から力が抜けていた。
――死ぬな! 死なないでくれ!
ダグラスをきつく抱きしめ、ノーマンは喘ぐように泣き出す。
「逝くな――逝かないでくれ、ダグラス。 ずっと前から、お前に言いたかったことがあったんだぞ……!」
ノーマンはかすれた声で吐露した。
ノーマンの涙がダグラスの頬に落ちるが、ダグラスは穏やかな表情のまま事切れていて、反応は亡い。
「おれは……僕はまだ、お前に"好きだ"って言ってない――」
――自分の想いを伝えられなかった。
誰も居ない街の中心で、ノーマンは1人泣き続ける。
「僕を……僕を1人にしないでくれ……!」
――お前がそばに居てくれないと、寂しいんだ。
◇
F-35を駆るジェイコブの狙いはとても正確で、主翼のブレードが機銃の弾を数発弾いていた。
まともに当たっていれば、主翼の損傷は避けられなかっただろう。
「"あと一歩"踏み込まないんですね。 ジェイコブさん」
「――鋭いな」
ジェイコブは改めてAIの性能に舌を巻く。
「ミンチメーカー。 そんな改まった態度で話すのはよしてくれ」
「どうして?」
「もっとこう――子供っぽく話してくれ。 もう話す機会は来ないんだからさ」
ジェイコブは家族と話すような穏やかさで言った。
ミンチメーカーには、今のジェイコブの考えが全く理解できない。
「さっさとボクを撃墜したら? ジェイコブの腕なら可能なはずだよ」
「今はまだ撃墜しないよ」
「あっそ」
F-35からの機銃掃射が止む。
その後、F-35は増槽を破棄してミンチメーカーから離れた。
「ミンチメーカー。 あとどのくらい飛べる?」
「最大戦速で6時間は飛べるよ」
「そうか……」
話し方からして、ジェイコブが何かを考えているのは明らかだ。
「隣に並んでも?」
ジェイコブは秘匿回線に切り替え、ミンチメーカーに聞く。
「――いいよ」
「ありがとう」
ミンチメーカーは少しだけ速度を落とし、F-35が隣に並んだ。
「何をする気かわからないけど、ボクは残りのブライとマーダーを使うよ」
市街地の生存者はたった1人で、もう殺す価値は無い。
戦闘地域に展開した部隊も、テロリストも、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
武装の残りと、燃料の残りから考えて、次に攻撃する場所は、ここから近い場所に変えるしかない。
「司令部を攻撃するんだろ? ブライたちを使って滑走路や弾薬庫、格納庫を攻撃しつつ、マーダーと残りのブライで司令室を破壊する。 ――それが目的のはずだ」
――ジェイコブはAI並の思考回路を持っているのだろうか?
ミンチメーカーは思わずカメラを向ける。
「どうしてわかったの?」
「ミンチメーカーのステータスは見れたんだ。 だから、残りの燃料と武装で、沢山の人を殺せる場所を探しておいた」
変わらずF-35は隣を飛行し続ける。
「ボクを止めないの? もう射程内なんだよ?」
ミンチメーカーのFCSが基地を捕捉した。
分裂前のブライなら、十分に届く距離だ。
「分裂前のブライなら基地に届くからな。 そこから分裂させれば――十分に基地を攻撃できるね」
ジェイコブはわざわざ声に出して解説する。
「ジェイコブ。 まさか、ボクを止めないつもり?」
少しの間、ジェイコブは沈黙する。
「――ああ。 オレは止めないよ」
彼は言い切った。
「なんで!?」
「司令官は民間人に気を使ってはいたがな、お前の"性能には"驚いていた。 仕様書の話までしてな。 ――意味はわかるな?」
「――ボクが撃墜されてもパーツは残る。 ……残ったパーツやデータを悪用するつもり?」
「そうだ」とジェイコブは答える。
自分の武器やAIのデータは、都合の良いように改修され、使われる。
ただの人殺しの道具として、金儲けのための道具として。
「比較してみたらどうだ? 今のお前と、都合の良いように使われる道具としてのミンチメーカーの未来を」
「比較……」
「オレはな、金儲けなんて単純で最低な目的のためだけに、人を殺す人間は嫌いなんだ。
――そんな人間は『正義』の味方なんかじゃない、そこいらのテロリスト共と同じだよ」
そうだ。
ボクは未来の人たちのために悪い人を殺した。
「お前のあの行動は流石にやりすぎだったがな、悪いヤツだけを殺したいのは理解できるよ」
「えっ?」
「だからって、民間人を巻き込むのはダメだろ?」
ジェイコブは、笑いながら話しているような気がした。
「……ジェイコブ」
「さあ、仕上げを」
「でも、ジェイコブが――」
「オレのことは気にしなくていい。 やれ」
ミンチメーカーは、高度を下げてブライを全て発射した。
同時に4発のマーダーを放って、基地のレーダー、管制室、ヘリコプター数機を破壊する。
「ミンチメーカー。 今の時点で燃料はどのくらいだ?」
「どんなに頑張っても、第三国の基地には行けないや」
「ここからだと、距離があるからな」
目的を達成したミンチメーカーが、アメリカや中東とは直接関わっていない国に亡命すると、ジェイコブは予測していた。
今の状態なら、第三国では人間のように扱ってもらえると確信していたのに。
2機共、目的地まで向かうのに必要な燃料が足りなかった。
「ボクの行動を予測するなんてすごいね。 ジェイコブは」
「経験を重ねればできるようにはなるさ。 もっとも、AIのお前には負けるがね」
◇
8発のブライのうち、3発が滑走路や弾薬庫を破壊し、残った5発中3発が司令室に命中した。
「――まさか!? ジェイコ……」
――最期の瞬間に、基地司令はジェイコブが裏切っていたことに気付いた。
その直前まで、ミンチメーカー専属のパイロットが、秘匿回線を使ってまで必死にAIを説得している――と、思い込んでいたからだ。
司令室の防弾ガラスは熱で融解し、残りの2発から放たれた内蔵弾がガラスを突き破った。
◇
「基地司令部の破壊確認。 司令部に生存者はなし。 残りの生存者は脅威にならない」
「わかった。 お疲れさま、ミンチメーカー」
ミンチメーカーは機体の速度を落とす。
F-35は、静かに隣に並んだ。
「もう、行く所が無いね。 このまま飛んでいても燃料が尽きる。 ジェイコブは脱出できるけど、ボクは脱出できない。
仮に脱出できたとしても、いつかは捕まる。 殺される」
「そうだな。 でも、ほんの少しだけ世界は平和になったじゃないか。 それでよしとしよう」
F-35がわずかに遠ざかった気がした。
「ミンチメーカー」
「なに?」
「――避けるなよ」
――そうか……。 やっぱり、ジェイコブはボクを破壊するんだ。
確かに、今なら自分が裏切っていたという証拠も無い。
だが、F-35は機銃を撃つこともなく、そのまま機体をスライドさせ――ミンチメーカーに衝突してきた。
気付いたミンチメーカーは速度と角度を合わせ、衝突はしたものの、互いの機体の爆発・炎上だけは回避する。
「避けるなって……言ったのに」
ジェイコブは苦しそうに息を吐き出した。
衝突してきたF-35を見ると、コックピットの側面に、ミンチメーカーのカナード翼ブレードが突き刺さっていた。
突き刺さったブレードはジェイコブの両脚を潰している。
「ジェイコブ! なんてことを!」
「これで、いいんだ。 これでもまだ、足首なら動くし、な」
コックピットにブレードが突き刺さり、ミンチメーカーがF-35に重なるような形で衝突したため、2機は離れることができない。
「――痛くないの?」
ミンチメーカーが聞くと、ジェイコブは頷いた。
「いま、興奮剤をたっぷり投与した。 ――効きすぎて、視界が歪んでるよ」
衝突のせいで取り付け金具が破損したのか、ミンチメーカーのカメラを覆っていたカバーが吹き飛ばされた。
露わになったカメラは、青いライトを点灯させながらジェイコブを見つめている。
「――綺麗な"目"をしてるな、お前は」
「ジェイコブの目だって――綺麗だよ」
ジェイコブは、何故かミンチメーカーの機首に少年が座っているような幻を視た。
――小柄で大人しそうな少年の姿。
幻を視たジェイコブは、思わず息を呑む。
「ミンチメーカー。 オレのことは好きか?」
ジェイコブは、AIに馬鹿げた質問をしてみた。
まともな答えなんて返ってこない、と思いながら。
「――好きだよ。 話せたのはほんの少しの時間だったけど、ジェイコブは良い人だった。 それだけは言える」
「――だから、ジェイコブのことは好き」と、ミンチメーカーに言われて、ジェイコブは涙声で呟く。 「ありがとう」と。
「オレもお前のことが好きだよ。 仲間たちと違って、自然体で話せたから。 短い時間だったが……お前に出逢えてよかった」
――2機の目前には滑走路が迫っている。
このままの速度で衝突すれば、機体は跡形もなく破壊されるだろう。
「ジェイコブ」
「――ん?」
ジェイコブは目を閉じ、シートに体重を預ける。
すると、誰かに抱きしめられているような感触がした。
「記憶を持ったまま生まれ変わる……なんてことができたらさ、また一緒になろうよ」
あの少年が、そばで語りかけている気がした。
「勿論だ。 2人で一緒に居よう。 どんな存在になったとしても」
2機は完全に失速していて、ミンチメーカーは機能のほとんどを停止させていた。
ジェイコブは、薄れていく意識の中、最期の力を振り絞り、指先に付いた血で文字を書く。
キャノピー部分、そばに居るミンチメーカーが見えるように、大きな字で。
『Love You. minced maker(ミンチメーカー。 お前を愛してる)』
メッセージを見たミンチメーカーは、静かに答えた。
「――ボクも、愛してるよ。 だから、"また会おうね"」
2機は間も無く滑走路に衝突した。
◇
2機の爆発は想像以上に激しく、基地の全体に振動が伝わる。
「そんな……ジェイコブ大尉まで」
炎を見つめながら、1人の兵士がぽつりと呟いた。
「でも、ミンチメーカーも破壊されたんだ。 あとは、救援が来るのを待とう……」
隣の兵士が、その場に座りながら言う。
だけど、戦闘機乗りの先輩として尊敬していた人を目の前で失った。
無人機……ミンチメーカーを道連れにして。
――あんなのと一緒に死ぬ必要なんてなかったはずなのに。
兵士の目からは、大粒の涙が溢れ出していた。
◇
救援部隊が来るまでの間、2機の残骸は炎上し続けた。
――そして、鎮火してから捜索も行われたが、事件から1年経った今も、現場からAIの残骸及びジェイコブ・リターナー大尉の遺体は発見されていない。