MQ-9HK ミンチメーカー
気候は目に痛いほどの快晴で、空気は乾燥している。
ぎらぎらと光る太陽は、ただ静かに、滑走路や航空機、屋外の兵士たちを照らしていた。
◇
【中東某国 アメリカ軍 前線基地】
輸送機C-130のカーゴから、白く細長い箱が下ろされていた。
この箱は『コフィン』と呼ばれるもので、中には分解された無人航空機が詰められている。
UAVは『MQ-4HK ミンチメーカー』と命名された機体で、『MQ-9 リーパー』と呼ばれる無人攻撃機の設計をベースとし、エンジンをターボジェットエンジンに換装した、新型無人攻撃機のプロトタイプである。
完成したミンチメーカーは、本国で調整を終わらせたあと、実戦配備前の最終テストのため、この国に輸送されてきたのだ。
◇
ミンチメーカーが収められたコフィンは、遠隔操作で動く台車に載せられ、格納庫に向かってゆっくりと進んで行く。
「こいつが例の試作機か」
人が歩くのと同じスピードで進むコフィンを見ながら、ジェイコブ・リターナー大尉は呟いた。
「格納庫に搬入されたら、すぐに組み立てられるらしいわよ」
隣に居た女性兵士のアレサ中尉は、ミンチメーカーの仕様書を読みながらつまらなそうにしている。
ミンチメーカー。
意味は"ひき肉製造機"。
この機体は民間人の存在は考慮せずに高火力武装を集中運用する――というコンセプトで作られた機体で、後にコンセプトを知った整備士たちは、この物騒な機体に不名誉な名を与えたのだ。
格納庫に搬入されたコフィンが開封され、中からミンチメーカーのパーツが取り出される。
作業に取り掛かる整備士の人数は、同じ無人攻撃機『MQ-9 リーパー』を組み立てる時より少し多い。
「なんでこの機体は赤色なんだ?」
ジェイコブは、ホイストで吊るされたパーツを見ながら整備士に聞いた。
――血のように暗い赤。
ミンチメーカーのパーツは、全てがその色に塗装されていたからだ。
「知りませんよ。 敵がビビると思ったからじゃないですかい?」
「だとしても、他にいい色はあっただろ」
ミンチメーカーのパーツが全てコフィンから取り出され、順番に組み付けられていく。
ジェイコブは、機体をじっくりと観察しながら、他のUAVとは異なる部分を探してみることにした。
「カメラはどこだ? 機首の下に付いていないが?」
「カメラはこっち。 普通の戦闘機ならコックピットとなる部分に入ってます。
新開発した電装系のおかげで小型化できたらしくて、ここにカメラを付けたんだとか。
サブカメラもあるから、地上もちゃんと見れますよ」
「なるほど」
整備士が指差した部分を見ると、確かに通常の無人機ならば機首の下に取り付けられているはずのカメラユニットが、機首の上部に取り付けられていた。
ユニットの左右には、通信用の角型アンテナが2本取り付けられていて、その他の電子装備がユニット後方に鎮座している。
「そのカバーは?」
最後に、整備士が機首にカバーを取り付けたのを見て、ジェイコブは訊いた。
通常、水平360度、上下180度に動くカメラユニットの上に、わざわざ視界を妨げるようなカバーは取り付けないからだ。
「空気抵抗の低減のためだそうです。 取り付けても視界は変わりません。 なんでも、設計者が見た目にもこだわっておきたいとかで」
「そうか。 まあ、それならいいんだが」
ジェイコブは、カバーが付けられた機首を見た。
カメラの視界を妨げないためか、カバーは黒のポリカーボネートで作られていて、その内側でカメラの赤いライトが点灯する。
カバー越しに見たカメラは、あるアニメに出て来るロボットのモノアイを想像させた。
「この機体下部――中央から前に伸びてるのは?」
ジェイコブが問いかけ、整備士は小さく笑う。
「新型のレールガンですよ」
「レールガン? このサイズで?」
ミンチメーカーの機体中央下部に装着された3メートル弱の細長い物体を、ジェイコブはまじまじと見た。
本来、レールガンであれば艦砲レベルの大きさが必要となるはずなのに、このレールガンは従来のものより遥かに小型で、十分な火力が出るとは思えなかったからだ。
「試作型レールガン。 口径は25mmで名前は『マーダー』。
ジェネレーターに"キャスパリウム"を使ったから、小型化できたらしいです」
その名を聞いたジェイコブの眉が、ぴくりと動く。
「キャスパリウム……か」
――キャスパリウムとは、人工的に作られたレアメタルの名称である。
この金属元素は、半導体やバッテリーの素材として使用されるようになった材料であり、極低温に晒されない限り、タングステン並の強度を発揮する特性を持っていた。
製造・加工は容易で、汎用性が高く、有害物質も出さないこの"夢の元素"を生み出した日本は、世界中にキャスパリウムをばらまいた。
利益も無視した、銅とほぼ同じ価格帯で。
特許も取らず、製造法でさえ世界中に公開している。
キャスパリウムは"過度にエネルギーを与えると恐ろしい怪物"になると噂されてもいたが、その内容は都市伝説の域を出なかったという。
「他にどんな武装があるんだ?」
「発射されたミサイル1発から、さらに2発の子弾が発射される試作の分裂ミサイル『ブライ』と、新型の対地攻撃用爆弾『ウィッツ』が、ミンチメーカー用の武装として用意されています」
「みんな面白い名前をしてるじゃないか」
「この武装をまとめて『ブライウィッツ・マーダー』と呼んでるヤツも居るらしいですよ」
「ああ……日本のゲームに出て来る獣がネタか」
ジェイコブの言葉に、整備士は肩をすくめた。
「ああ、そうだ。 大尉、コイツに積むAIと話してきたらどうですか? 近くにユニットは持ってきてありますし」
ジェイコブは考えた。
AIといえば、日常生活をサポートしてくれるようなタイプがほとんどで、人間のように会話ができるものは少ない。
わざわざ話しに行く必要があるのか? ――と、ジェイコブは心の中で呟いていた。
「たかがAIだろ?」
「あのAIは新世代型なんですよ? 人間と会話することで、どんどん成長していくんです。
大尉はミンチメーカーの専属パイロットになるんですし、仲良くなっておいて損は無いと思うんすけど」
すっかり煤だらけになった頬を拭って、整備士は言った。
ただ、ミンチメーカーのエンジンを注視しているので、ジェイコブの方を見ることはない。
「――わかったよ。 ちょっとAIのところに行ってくる」
一度ため息をついたあと、ジェイコブは踵を返して歩き出した。
◇
【中東某国 郊外の街】
昨夜、自分のスマートフォンでセットしておいたアラームで、女性ジャーナリストのネズノキ・マコは目を覚ました。
マコはすぐに飛び起き、顔を洗い、歯を磨き、グラノーラとプロテインで朝食を済ませ、仕事道具であるボイスレコーダー、一眼レフカメラ、GoProや筆記用具をチェックする。
友人から新型無人航空機の情報をもらったマコは、その取材のために中東のこの国へ来ていた。
マコは1人でこの国に来たが、今は、現地で友人が手配してくれた女性ガイドと合流し、戦闘地域から少し離れた小さなホテルに泊まっている。
「マコさん。 調子はどう?」
現地ガイドのキャスが隣の部屋から出て来て、機材をチェックしていたマコに声をかけた。
「大丈夫よ」
マコは微笑み、キャスにエネルギーバーを2本差し出す。
キャスはそれを受け取ってパジャマのポケットに押し込んだあと、洗面所に向かう。
「友人から連絡があって、明日の昼には例のUAVが出撃するそうよ」
「じゃあ、今日は撮影ポイントの下見をしておきましょう。
私が案内するポイントなら、戦闘地域に入らないで撮影ができるわ」
「そうね。 明日のために用意はしておきたかったし、丁度いいわ。 車は用意できてるのよね?」
「少し古いやつだけど、サムライを借りてきたわ」
「――日本だとジムニーっていうのよ、その車」
「そうなの? 知らなかったわ」
キャスは机の上にサムライのキーを置き、マコは一眼レフをダッフルバッグに押し込み、2人とも服は動きやすいものに着替え、身分証や書類は懐に入れる。
これで、出発の準備はできた。
◇
【中東某国 市内のホテル】
イギリスの小さなテレビ局でノンフィクション番組のカメラマンをしているダグラス・ウォーケンは、部屋が騒がしくなったせいで目を覚ました。
――今日は休めると思ったのに。
ダグラスはベッドから這い出て、脱いでいたローライズを履く。
「――悪い、ダグ。 起こしたか?」
ダグラスが目覚めたことに気づき、同僚が静かに声をかけてくる。
ダグというのは、数ヶ月前から仲間たちが自然と呼びはじめたあだ名だった。
「平気だ。 十分寝れたから」
ダグラスは眠そうな声で答え、目をこすりながら部屋を出て、一階に降りる。
「――こら、ダグ。 下着姿で動き回るのは止めろって言ってるだろ」
ダグラスの姿に気付いたノーマン・テルミは、怪訝な表情になりながら言った。
「周りはみんな男なんだからいいだろ別に。 前みたいに素っ裸で歩き回ってるわけじゃないし」
「最低限の羞恥心は持て」
「いちいちうるせぇなぁ」
ダグラスは冷蔵庫から缶のコーラを取り出し、ノーマンの向かいに座った。
ダグラスに気付いたノーマンは、一度彼の姿を見てからわかりやすく、そしてわざとらしく呆れた表情を見せたあと、再びラップトップに視線を戻す。
「どこか行くのか?」
「米軍が新型の無人機を出撃させると聞いて、我々で撮影してみようかと。 出撃は明日の昼頃らしい」
ノーマンは淡々と答える。
「その情報はどこから?」
「おれの友人からだ。 小説を書いているんだが、軍関係の情報を集めるのが得意でね」
ノーマンの話している"友人"は変わり者であると、容易に想像できた。
ノーマンの話を聞いたダグラスは、缶のプルタブを起こしながら笑う。
「信用できるのか?」
「前の取材でも、ハズレはなかっただろ」
先月ノーマンの取材に無理矢理同行させられ、大スクープを入手したあの日を、ダグラスは思い出す。
「あれか。 ――確かに当たりだったな」
ダグラスはつまらなそうに言いながらコーラを飲んだ。
そして半分ほど飲んでから、缶をラップトップの横に置いてやる。
「やる。 腹が減ってると飲み切れない」
置かれた缶を見て、ノーマンはため息をついた。
「だったら飲むな。 飲みかけを捨てれば水質汚染に繋がる」
「はいはい。 次からはメシの時に飲むよ」
「どうせまた同じことをする」と言って、ノーマンはダグラスがくれたコーラを飲む。
だが、ノーマンは炭酸系の飲み物が苦手で、コーラを飲んだ直後にむせた彼は、嫌そうな表情で手にした缶を睨みつけた。
「こんなのよく飲めるな」
「お前が変わってるだけだろ」
その様子を見て、ダグラスはノーマンに気付かれないよう微かに目を細める。
――ノーマンは真面目な奴だから、無自覚で人を惹きつける仕草をしてくれる。
だから、コイツと長年一緒に居ても、飽きることはないんだ。
「今日は撮影ポイントの確認をする。 出発は1時間後だ。 ――ちゃんと着替えておけよ?」
「なんならターザンの格好でもしようか?」
笑いながらダグラスが言うと、ノーマンはぱたんとラップトップを閉じてこう言った。
「仕事は真面目にやれ」
◇
街のカフェに来た初老の男ジャグは、店外の椅子に座り、テーブルに置いたタブレットでテレビを見ることを日課としていた。
「コーヒーとベーコンエッグ、お持ちしましたー」
「ああ、ありがとう」
小柄なウェイトレスに微笑みながら、ジャグはコーヒーを一口飲む。
その間に、数回爆発音が聞こえた。
このカフェは戦闘地域から少し離れた街にあるが、爆発音や銃声はクリアに聞こえてくる。
でも、街の人々は音に慣れてしまっているので、驚くこともない。
争いごとは嫌いだったはずのジャグも、戦闘音をBGMにしてテレビを見るのが日常になってしまっていた。
そして、テレビ番組の占いコーナーが始まり、明日の山羊座の運勢が表示される。
『――最下位だった山羊座のあなた! 明日はびっくり仰天なことが起きるかも!?』
――果たしてそれは、山羊座のジャグの未来を暗示しているのだろうか。
◇
【前線基地 格納庫】
「こんにちは、ジェイコブ大尉。 ボクは……ミンチメーカーと名乗った方が良いんでしょうか?」
ミンチメーカーの隣にあった球体にジェイコブが近付くと、少年のものに思える合成音声がスピーカーから流れた。
「驚いたな。 もっと淡々としているかと思ったのに」
「AIのタイプと、それに対する人の対応の差について"比較"した結果です。 人間に近い話し方のほうが、円滑にコミニュケーションが取れると判断しました」
ジェイコブは近くにあったパイプ椅子を持って来て、球体の目の前に座る。
「オレはジェイコブ・リターナー大尉だ。 ミンチメーカーの専属パイロットを務める。 それで、キミの仕事は?」
ジェイコブはにこりと笑いながら彼に訊いた。
「――ボクの仕事は、パイロットのサポートです。 データ解析から民間人の捜索、誘導兵器の操作やレールガンの使用を担当します」
AIの回答を聞いて、ジェイコブは腕を組む。
「レールガンの使用? オレが使うんじゃないのか?」
「レールガンの銃身は、機体に固定されているので可動しません。 そして、レールガンの弾数は7発のみ。 なので、レールガンはボクが使用することになりました」
「ミンチメーカーは高速で飛行するし、そのスピードで飛行している最中に、パイロットが肉眼で民間人か標的かを見極めるのは不可能だからな。 ……仕方ないか」
ジェイコブは少し寂しそうな表情で呟く。
珍しい武器を使ってみたかった、という小さな願いは叶わないと察したからだ。
「民間人とターゲットの区別はできるのか?」
「できます。 過去数十年分のデータと最新のデータ、戦術リンク上のデータと、兵士個人から送られてきたデータを比較しながら、民間人かターゲットであるかを判断します」
「武装の選択は? 計画書では、パイロットではなく機体側が行うとあったが」
「各武装の攻撃力、攻撃地点に存在する民間人の人数、攻撃するターゲットの数、攻撃後に発生する民間人の犠牲者数と、その後に発生する批判の規模などを比較し、その結果に合わせた武装を選択します。
安全のため、引き金を引くのはパイロット本人になりますが」
――いったい、どう考えれば"安全のため"なんていう単語が出てくるのだろうか?
少しズレた考え方をするAIを前に、ジェイコブは肩をすくめる。
「比較という言葉を多用するが、お前は"比較"するのが好きなのか?」
「そうするように作られていますから。 ボクに与えられた一番の役割は、戦闘地域の現在と予測した未来を比較し、最優先で処理すべきターゲットの選択や、作戦の立案です」
AIは少年の声で話している。
だが、その話し方は他のAIと同じで、人間らしい感情が亡い。
「なあ……話しは変わるが、お前はロボット工学三原則ってのを知ってるか?」
ジェイコブはロボットやAIなどが原則として従う、有名な単語を話題に出してみた。
一般的なAIならば、簡単に答えられるものである。
「ロボット三原則? いったいなんですか、それ」
AIの回答にジェイコブは驚き、思わず立ち上がってしまった。
『人間への安全性』
『命令への服従』
『自己防衛』
他のロボットやAIならば必ず従うこの原則を、このAIは知らないのだ。
「"人間への安全"、"命令への服従"、"自己防衛"。 ロボットやAIなら普通は守る原則だぞ! それを知らないのか、お前は!?」
ジェイコブが思わず怒鳴ってしまうと、AIは沈黙した。
静かになった2人を、格納庫に居る者達が心配そうに見ている。
「ボクはその言葉を知りません。 ただ、仲間の指示に従い、民間人への被害を"ある程度"は抑えるように――と言われているだけです」
「じゃあ、お前は人間への安全に配慮しないし、命令への服従もしないってのか?」
「――はい。 ターゲット排除の支障になる指示には従いません。 作戦中に発生する民間人の犠牲は、ほぼ無視します」
ジェイコブは唖然とした。 この狂ったAIの思考に。
「お前、人間が嫌いなのか?」
人格の無いAIに怒っても意味は無いと悟り、ジェイコブは、ただ静かに訊く。
「基本的には好きです。 ただ、人間社会に悪影響を及ぼす人は嫌いです。 特に嫌いなのはテロリスト、カルト教団、独裁者ですね」
「すぐ近くに居たらどうする?」
「単独で出撃すると思いますよ。 今確認できているテロリストたちは、ボクが攻撃する価値も無いですがね。
ボクは巨悪に対する抑止力だ――と、自己評価していますから、ボクが出撃する任務ならそれ相応なものでないと」
ジェイコブは思わず笑ってしまった。
「キツいジョークだ」
「ボクを作った人にも、同じことを言われました」
暗い青色のライトを点灯させた球体を、ジェイコブは優しく撫でる。
その表情は、小さな子供と接する時のような優しいもので、ジェイコブの表情を見たAIは、首を傾げるかのようにカメラの向きを斜めにした。
「とりあえず、今日は待機だ。 明日から実戦テストを始めるからな」
「わかりました」
「じゃあな。 おやすみ」
「おやすみなさい。 ジェイコブ大尉」