恵まれない社員に幸福を
「サインしたまえ。君の人生は私のものとなった」
陸は差し出された用紙を見つめたが、何を書いてあるのか理解できない。
驚愕、焦燥、悲哀、後悔あらゆる負の感情が吹き出してきて書いてある形式ばった丁寧な日本語を読むことができないでいた。
『なぜこうなった?どこで失敗した』
ポタッポタッと陸は自分の汗が用紙に落ちて、字を滲ませている。そのことにも気づかないほど、感情の渦に飲み込まれ混乱していた。
「どうした?何を戸惑っている?」
正面から重いが美しい声が聞こえる。
陸は釘付けになっていた視線をギギギと音がしそうなほど不自然に首を持ち上げ声の主を見た。
まず目につくのはその外見。美しいのだ。
見た目だけの年齢なら10代後半だろう、整った顔立ちをしている。
細長の目に透き通るよな肌。林檎のように赤い唇。幼く見えるのに着物を気崩した姿は妖艶に男を誘う。
肩にまで届くストレートな黒髪に溢れ出す気品。
テレビや雑誌でも見たことがない次元の美少女。
角があることを除けば、だが。
額から伸びる1本の角。美少女に似つかわしくない違和感。
彼女は人間ではない。
『鬼神』
と、自分で名乗っていたが、化物に変わりない。
「さて、鈴木陸くん。いい加減サインしたまえ。君に拒否権はない。逃げようとすれば殺す。」
力付くで逃げだそうという選択肢が頭を過ったが、1時間ほど前の光景を思い出せば、鬼神の言う通り自分の命は無いだろう。
『本当にどうしてこんなことになってしまったのか』
陸は涙目になりながら、昨日からのことを思い出していた。