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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

RE:ユニバース

The decay of my days -novel ver-

作者: 冷麺


「やったあ、キル百体目!」


 私がゲームのコントローラーのボタンを押すと、画面で動く男性キャラクターは手に構えるショットガンの引き金を引く。放たれた散弾は襲い掛かるゾンビの頭部を瞬時にして破壊した。中に詰まる脳髄と血がこれでもかという程飛び散り、画面を汚く覆う。


 このステージでのキル数は百を超えた。残弾はまだまだ余裕、バイタルもほぼ影響なし、仮に強敵に襲われてもアイテムボックスの中には回復スプレーが五本もストックされている。このステージをクリアするには十分すぎる装備だ。


 私がプレイしているのはゲーム開発を行うガプンコ社の新作ゲーム「デッドワールド7」だ。「デッドワールド」とは、謎のウィルスに感染し、ゾンビと化した人間たちに支配された都市から、さまざまな武器を使い、ストーリー中出会った仲間と共に脱出する、といった王道サバイバルホラーゲームである。


 売上は世界累計五千万本、ハリウッドでは実写映画のプロジェクトが進んでいる程の人気作だ。


「グオオオオオオアアアアア!」


 ステージに、二階建ての家程ありそうな巨人の化け物が、周りのゾンビを蹴散らし現れる。全身ケロイドのような皮膚に覆われ、右目はだらんと飛び出ている。両手の爪は長く鋭く尖っており、一度でも攻撃を受ければ即死だろう。


 そんな化け物を見ても、私は冷静に、武器を変更した。近距離重視のショットガンから、遠距離重視のスナイパーライフルに持ち替えれば、コントローラーを操作し、化け物と距離を取り、スコープを覗く。


 奴は一撃がかなり大きなダメージになるが(というか、即死である)その巨体故、動きはそこまで素早くない。なので一度距離を取れば一定時間は攻撃を受ける心配をせずにスナイパーライフルの照準を合わせることができる。


 雄たけびを上げる化け物に、私はゆっくりと照準を合わせた。狙うのは目。化け物の右目はすでに使い物になっておらず、左目だけで視界を補っているのだ。つまり、左目を撃ち抜けば化け物の視界を完全に奪うことができる。


 のっそりと動く化け物の左目に、照準が合わさった。


「来た……!」


 私はそう呟いて、コントローラーのボタンを押した。同時に、画面の向こう側のキャラクターはスナイパーライフルの引き金を引いた。撃ち出された弾は素早く化け物の左目を撃ち抜いた。その瞬間、化け物は先程とは異なった悲痛な叫び声をあげた。奴は左目を手で押さえるような仕草を見せる(長い爪が彼の体を透過している……ゲームでありがちなバグだった)。


 その隙に私はスナイパーライフルからショットガンへ持ち替えた。次は、奴の足を狙う。怯む奴の足元めがけて、私はキャラクターを走らせる。そして、ショットガンの攻撃範囲に入れば、ボタンを押した。威力の高い散弾をぶっ放すと、足の皮膚が抉れて、赤黒い血が弾けた。化け物はまた雄たけびを上げる。


 ――このまま部位を削っていけば勝てる。


 そう思った瞬間だった。突如化け物が大きく動き出したのだ。それも、信じられないくらいの速さで。


「このタイミング!?」


 画面を見る私は思わず叫んでしまった。その攻撃は、完全に私の想定外であったからだ。薙ぎ払うように足を動かした攻撃は、画面の向こうにいるキャラクターに直撃する。画面の上部に表示される緑色のバイタルバーは瞬時に減少し、黄色、赤色になり、最終的にゼロになってしまった。


 ――即死。


 ネイティブであろう男性の声と共に、黒く染まった画面に赤い文字で【you are dead...】と表示される。私は大きくため息をついてコントローラーを放り投げた。


 だめだ、全然クリアできない。あの化け物はストーリーの中ボスだというのに、異様な強さだ。このステージをクリアできなければ、ストーリーは進まない……困ったものだ。どうにかしてあの突然の発狂タイム(化け物が突然暴れだす例のアレを自分で名付けみた)を攻略しないと……。


 今までの経験からして、あの発狂タイムは一定のダメージを受けると発動すると思われるのだが、どうもある程度のランダム要素があると考えれる。だとしたらとんでもないクソゲーじゃないか、ランダム要素はソシャゲだけに留めていてほしい。


 すると、一気に眠気が私を襲った。そういえば二日ほど徹夜で部屋にこもりきりだったのを忘れてた。部屋にはお菓子と飲み物が置いてあるから想像以上に引きこもれてしまう。ベッドで横になろうと思ったが倦怠感で体を動かすのも無理だ……。時間を確認する。まだ昼だった。でも眠気には勝てない。ヘッドセットをしたままだけど、ちょうどいい、ゲーム機に保存した音楽でも流して寝よう……。


 そういえば二日も引きこもってるのに母親が何にも言ってこないのは珍しい。いつもなら怒って部屋に入ってくるんだけど……。まあ、いいや。眠すぎてそんなことを考えてる暇はない。思いっきり寝よう。折角の冬休みだ、思う存分ゲームして思う存分寝るのが一番だ……。


 数十秒もしないうちに、私は完全に眠りに落ちた――。





「……今何時だ?」


 私はふと深い眠りから目を覚ました。その時、ヘッドセットから流れる音楽が聞こえないことに気付いた。不思議に思いながらヘッドセットを外し、一度伸びをしてから大きく欠伸をした。何時間寝ただろうか、私はそれを確認するためにゲーム機のコントローラーを触る。しかし、テレビ画面には何も映らない。


「はぇ?」


 思わず私は腑抜けた声を出してしまう。テレビの電源すら入っていない。咄嗟に近くにあったリモコンを手に取り、電源ボタンを押す。――が、テレビは依然真黒なままだ。何度押しても、テレビに電源が入ることはない。私は立ち上がり、テレビが置いてある台の裏を見て、コンセントが差されていることを確認する。


「ちゃんと……差さってるよね」


 コンセントはしっかりと差さっており、何度見てもその状態は変わらない。私は覗くのをやめて、もう一度テレビの電源ボタンを押す。が、反応はない。リモコンがだめになったのかと思い、テレビ本体に付いている電源ボタンを押したが、結果は変わらなかった。


「もしかして……ゲーム機も?」


 私は箱型のゲーム機を見る。普段は、電源が付いているとオレンジ色にランプが点灯するのだが、ランプに光は点っていなかった。電源ボタンを押すけれど、結果はさっきと同じ、反応はなかった。「うそでしょ」とため息交じりに言えば、充電していたスマートフォンを手に取る。しかし、スマホもまたびくともしない。電源ボタンやホームボタンを押したり、画面をタップしたりするけど、反応はなかった。どうやら充電できていなかったらしい。……しっかりとコードを差したはずなのに。


 私はこの現象の原因を一つだけ思いついた。


 ――停電だ。


 電気の大本が使えなければ、当然、末端である私の部屋の電化製品は使えなくなる。充電をしたはずでも、電気がなくなってしまえば充電はされず、スマホの充電は消費されやがて電源が切れてしまう……。


 そうと分かればもう一度寝よう。「デッドワールド7」をやりたいところだが、ゲーム機もテレビも使い物にならないのではやりようがないし、なによりまだ少し眠気がある。いつ停電が直るのかも分からない、それなら寝てしまえば時間は経つのが早い。


 ――仮に停電だったとして、お母さんが何も言ってこないのはおかしいなあ。


 そう思った時だった。


 ガシャン!!


 何かが割れる音が、部屋の外から響いた。その音の大きさに私は思わず体を震わせて驚く。「お母さん!?」と、大きな声で言って、すぐに私は部屋を出る。ドアを開けると、ひゅううと冷たい空気がこちらへ流れてくる。「さむっ」と、思わず口に出してしまう。暖房を付けずに窓でも全開にしてるのだろうか?


 駆け足で私は一階へ降りる階段を降りた。軽やかに降り切ったと思ったが、階段の前にある廊下に足を付けた瞬間、私は思いっきり滑り転げた。


「いったああああ……! お母さん? こんなところになにを溢して……」


 私は裸足に付いた何かの液体に触れ、何の液体なのかを確かめるため、手を目の前にまでやる。


 暗くて液体がよく見えない。私は手を鼻に近づける。鼻孔を擽るのは、とても生臭く、どこか鉄臭い……これは嗅いだことがある臭い……膝を擦り剥いて滲む血の――。


 全身が恐怖で強張る。なんでこんなところに血が……⁉ 一体、お母さんになにが……⁉


 私は震えだした体をなんとか制御しながら立ち上がる。膝ががくがくと笑っている。まるで生まれたての小鹿みたいだ。一歩一歩ゆっくりと、私はキッチンが備え付けられたリビングへ向かう。すると、グチャグチャと耳障りのする音が微かに聞こえた。


 廊下とリビングを隔てるドアをゆっくりと開く。ギイイイ……と軋む音が響くと、私の目前にリビングの様子が表れた。


 家具がいくらか動かされて、いくつかのガラス窓が割れている。


 割れた窓からは月明かりが差し込み、リビングと私の顔を照らす。


 そして私は音の聞こえるキッチンへ向かう。キッチンは廊下から入って正面の右側に備え付けてある。そこから、気持ちの悪い音が聞こえた。もしかしたら強盗や空き巣かもしれない、と思い、近くにあった帽子スタンドを手に取り、槍の様に構える。


 震える体を何とかして動かし、ゆっくりとキッチンへ歩き出す。一歩一歩近づく毎に食い千切る音が大きくなる。その生々しい音に嘔吐感を催すも、必死に堪えてキッチンの入り口にたどり着いた。そして私は、音のする方向にゆっくりと視線を向けた。


 ――そこには耐えがたい事実が表れた。


 キッチンの調理台に乗せられた人を、長身の男が『喰っていた』のだ。首のあたりから腹にかけて皮膚はなくなり、中の臓器が食いちぎられ、夥しい血が一面を覆っている。


 『人が人を喰っている』……その異常性に私は耐えられなくなってきた。そして、私はあることに気付いた。キッチンに乗せられ、男に喰われている人の服装に、見覚えがあった。花柄のズボンに、水色のキャラクターの靴下……あれは、私が母の日と誕生日に送ったプレゼントだ――。


「え、あ……うそ……そんな……」


 全身の血液が消えうせ、心臓が止まるような感覚……恐怖、どうとは言い表せれないがそれ以上のものが私の体を支配した。体の震えが止まらない。思うように体が動かない。目の前で母親が食い殺されたという現実に、目を向けたくなくても、視界にはいまだに、男が母親を食い散らかすこの状況が映り続けている。


 ――そうだ、これは夢だ。寝る前に「デッドワールド7」なんてゲームをしてたから、こんなに気分の悪い夢を見ているんだ。


 私は、そんな安っぽい現実逃避に走る。心の底ではわかっている。これは夢ではないのだろうと。夢だったらこんな吐き気も滑り落ちた時の痛みも恐怖も感じない。


 そのとき、男がこちらを向いた。私の存在に気付いたのだ。男の顔はあまりにもひどいものだった。両目は死んだ魚の様に白濁としており、口の周りには母のものであろう血がこびりついている。そして皮膚は、まるでケロイドの様に爛れている……これではまるで……。


「……ゾンビじゃない……!」


 そう。男の姿は、「デッドワールド」に出てくるゾンビそのものだった。夢であってくれ。そう思った。ゾンビのような架空の化け物が、今目の前で母親を喰い散らかしている……こんな現実あってたまるか。


 こちらを見つめるゾンビは、グルルル……とうなり声を上げ始めた。このゾンビは次の狙いを私に定めた……⁉


 一歩一歩ゾンビはこちらに向かい歩き出す。足を怪我しているのだろうか、右足を引きずっていた。


 早く逃げなければ、喰われる。そうわかっているのに、足が動かない。早く、早く、早く……動け!

 ゾンビが私を食らおうと大きな口を開けた。


 ――そのとき、私の中の何かが弾けた。


「うおああああああああああああああ!」


 手に構えていた棒状の台を思いっきりゾンビの顔面目掛けて突き刺す。皮膚を突き破り、頭蓋を砕く感覚が手に伝わる。台が突き刺さったゾンビは物凄い勢いでその場に倒れる。ビクッビクッと小刻みに動くゾンビを見ると、私は顔面に突き刺さる台を引き抜く。ポタポタと血が垂れ落ちる。そしてもう一度、私は顔面めがけてその台を突き刺した。その一撃で、ゾンビは完全に動きを止める。


 気が抜けたのか、私はその場に膝をついて崩れ落ちる。目から大量の涙が零れ始めた。母親を失った哀しみが、一気に来たのかな……?


 嗚咽を漏らしながら、大きな声をあげて、私はその場で泣きつくした。





 ――数時間後。


 私はゆっくりと立ち上がると、キッチンから離れて、リビングから出ていく。そして、ドアを開き廊下に出れば階段を通り過ぎて、玄関の前に立ち止まった。ぐちゃぐちゃに荒らされており、暗くてどれが自分の靴かわからず、適当にそろっている靴を履くと、鍵がかけられていないドアを開いた。


 冷たい風が掠めるが、さほど冷たさは感じなかった。ドアの外は、いつもの様な人通りはなく、閑散としていた。私は道路の真ん中にまで出ると、辺りを見回す。


 車は放置され窓が割れたりボンネットが凹んでいたり、周りの住宅は窓が割れ、一部では火の手が上がっている。


 また風が吹くと私の足元に、読み捨てられた新聞が引っ掛かった。それを手に取り、新聞の一面記事の見出したちを読んでいく。


【毎報新聞 二〇一七年十二月一六日号

 『謎の病原菌大蔓延、政府異例の屋内待機令』『WHO警戒レベル引き上げ』『製薬会社エリュシオン・コーポレーション社長自殺か』『病原菌をアビス・ウィルスと命名』『Aウィルス感染者国内増加――』】


 新聞に書かれた多くの見出し記事で、今この世界になにが起きているのかが理解できた。私がヘッドセットをして、部屋に籠りきってゲームに夢中になって外の世界との関わり合いを断ち切っているうちに「デッドワールド」で体験したような荒廃した幻想が、現実となって今ここに現れている――。


 私はボンネットに横たわる首のない警官の死体を見つけると、腰に付けられたホルスターごと拳銃を取り、ゲームの見よう見まねで中に弾丸が残っていることを確認すれば、自分の腰にホルスターを装備して、遠くに見える高層ビル群へ向かってゆっくり歩き出した。


 私のはるか上を、迷彩保護を施した大型ヘリが高層ビル群へ向かって飛んで行っていた――。



 終

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― 新着の感想 ―
[一言] 王道ですが良かったです。続きが気になります。
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