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停車を知らせるチャイムが鳴ると、通路に立っていた男の子がしくしく泣き出した。
「どうしたの」
そばの座席に座っていた青年が話しかける。ポロシャツにチノパンツというラフなスタイルをしていたが、何故か顔色はあまり良くない。
男の子は黙ったままなおも泣き続けていた。学生帽に白いシャツと半ズボンという格好からすると、この先にある大学の付属小学校に通っているのであろう。まだ一年生なのか、身体の半分ほどもあるランドセルを背負っている。
「ひょっとしてバス代を忘れたのかな」
青年が重ねて尋ねると、男の子は首を振った。
「定期券……」とだけ答えると、もっとひどくしゃくりあげた。
「それにバス代も持ってないんだろう。二学期が始まったばかりだし、つい忘れちゃうよね。いくらだい」
「三百円」
男の子は小さな声で答えた。
「どれどれ」
青年はそう言いながら、チノパンツのポケットをまさぐっている。
やがて小銭を取り出した。
「あったあった。ちょうどある。これ使ったらいいよ」
「えっ」
男の子は驚いている。
「いいよいいよ。何も心配はいらない」
「でも知らない人から……」
「あっ、そうか」
青年は少し困った顔をした。
しばらく考えた後、にこりと笑った。顔色が少しだけ良くなったように見える。
「じゃあこうしよう。これは貸してあげる」
「でもどうやって返したらいいですか」
無邪気に問いかける男の子に、青年は笑顔で答えた。
「これからその方法を教えるから、家に帰ったらお父さんかお母さんに相談するんだ。あっ、でも帰りのバス代はどうしよう」
「大丈夫です。今日は用事があってお母さんが迎えにきてくれるから」
「それなら良かった。じゃあ、お金を返す方法なんだけどね、コンビニのレジに募金箱があるのを見たことがあるだろう?」
「うん、お母さんに聞いたことがある。ええとねえ、一円玉ばかりたくさん入ってた」
「そうそう。それにね、これと同じ三百円を入れるんだ。それで僕に返してくれたことにしよう。分かったかい」
男の子は顔を輝かせた。
「はい、分かりました。きっとそうします」
「うん、それでいい」
「どうも有り難うございました」
バスが停まると、男の子はもう一度元気良く挨拶して降りていった。