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すると窓ガラスがガチャンと割れた。
血だらけの手がにゅっと入ってきて、ドアのロックをはずす。
なおも必死でキーを回す。
やっとエンジンがかかる。
しかし発進しようとしたときには、美知代の身体は車外に引きずり出されていた。
車はそのままゆるゆると前に進み、ゴミステーションのブロックに激突して止まった。
駐車場に転がされた美知代の身体を、敏夫は情け容赦なく蹴りつけてきた。
頭と言わず腹と言わず、猛烈な一撃を加えてくる。
美知代が苦痛に顔をゆがめ、身をよじりながら避けようとしても、その攻撃は決して止むこともなく執拗に続けられた。
「ちょっと、やめなさい。人が見ている」
母親の悲鳴ばかりが、むなしく響いた。
まだ飽き足らないのか、敏夫はまたのしかかってきて、彼女の顔を激しく殴打した。
意識がまた薄れてくる。
今度こそ本当に私は死ぬんだ。
お母さん、死ぬ前にもう一度逢いたかった。最後まで心配かけてごめんね。
それからお父さん、本当に頑固なうえに自分勝手で仕方がない人だけど、お母さんのことをどうかお願いします。
二人とも仲良くしてね。さようなら。
朦朧とした意識の中で、遠く両親にそう呼びかけた時だった。
「やめろ」という声とともに、黒い人影が飛び込んできた。
会社帰りであろうスーツ姿の若い男だった。
その青年は同じアパートに住んでいた。名前さえ美知代は知らない。
時々ゴミステーションなどで顔を合わせることはあっても、ただ黙礼するだけの仲に過ぎなかった。
しかし彼女は、密かにその青年に好意を抱いていたのである。
青年は、美知代の身体から夫を引きはがすと、
「何をしてるんだ。恥ずかしくないのか」と叫んだ。
その声を聞きながら、彼女はそのまま意識を失ってしまった。