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「お願い、助けて」
隣の家のドアを激しく叩いたが、反応は無かった。
こうしている暇はない。
急いでコンクリート階段を駆け下りた。
足がもつれる。
身体が前につんのめったはずみに、三、四段飛び越して、偶然踊り場に不時着した。
「待て」
敏夫が左手を押さえながら現れた。苦痛に顔をゆがめている。
彼も裸足のままだ。
あの様子なら、おそらく腕が折れているのだろう。大丈夫、逃げられる。
するとちょうどその時、同じ階に住む高校生が上がってきた。
彼は自分の自転車を後生大事にしていて、いつも抱えて上がっては玄関脇に置いている。その時もそうだった。
「どいて」
大声で叫ぶ。
高校生は驚き、急いで自転車もろともよけようとした。
しかし階段の幅が狭く、やっとすり抜けられた時は、敏夫はすぐ近くまで迫ってきていた。
「どくんだ」
敏夫に恐ろしい形相で怒鳴られ、高校生はすっかり震え上がっている。
敏夫は自転車を取り上げると、階段の手すり越しに放り投げた。それは美知代の頭を掠めると、すぐ眼前に落下した。
はずみで自転車の上に覆い被さるように転倒する。
猛烈な痛さに襲われ、思わず、うっと唸った。
ペダルがみぞおちに食い込んでいるのだ。
しかしそんなことには構っていられない。
何とか痛みをこらえて立ち上がる。
手すりで身体を支え、自転車を踏みつぶすようにして、その場を脱出した。
敏夫がすぐ背後に迫ってくる。
背後で自転車のガチャガチャいう音が聞こえた。
おそらく夫が踏み越えていったのだろう。
大丈夫、逃げられる。
ようやく一階に辿り着き、外に飛び出した。