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意識を取り戻すと、すぐ真上に、男の獣のような顔があった。
彼女の首を絞めていた手の力を、いったん緩めていたようである。
美知代と目が合うと、唇の端のほうだけゆがめて笑った。
「まだ生きていたのか」
再び首を絞めてくる。今度はゆっくりとなぶるように。
こんな男の手にかかって死んでたまるものか。何とか方法があるはずだ。
顔は動かすことができないので、眼球だけを四方に巡らせる。
すると視界の片隅に何かが映った。
直接見ることはできなかったけれども、直感のように何かしら閃くものがある。
藁をもすがる思いで右手を伸ばす。
するとそれは、彼女の指先に触れカタンと倒れたかと思うと、少し転がったような感じがした。
どきっとして男の顔を見る。
しかし彼女の首を絞めるのに夢中で気付いていないようである。
何だろう、固くて冷たくて、丸くて転がるもの……。
試みにもう一度、手を伸ばす。
幸い、まだ届く位置にあった。
掴んでみる。
今度は見なくても分かる。
それはゴキブリ用の殺虫剤だった。いつも冷蔵庫の片隅に置いていたものだ。
ノズルの先を男の両目めがけて、力一杯噴射する。
「うわっ」
男は悲鳴を上げて、飛びのいた。尻餅をついて、あわてて両目を拭っている。
美知代は跳ね起きた。
確か靴箱の上に、車のキーが置いたままだ。
玄関をめがけて走る。
「待て」
敏夫が追いかけてくる。
キーを手に取り、急いで靴を履こうとする。
しかしうまくいかない。
敏夫はすぐ真後ろだ。
こうなったら、裸足のまま逃げるしかない。
ドアを開こうとした瞬間、襟首を掴まれる。
振りほどいてドアの外に飛び出す。
振り向きざま、身体ごとドアにぶつかると、中からぎゃっという悲鳴が上がった。
夫の左手がドアに挟まっている。
逃げるなら今だ――