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今日の敏夫は尋常ではない。今までもさんざんな夫婦喧嘩をしてきて、そのたびに暴力を振るわれてきたが、どこかの時点で抑制が利いていた。
しかし今日は違う。完全に度を失っているし、やることが正気の沙汰ではない。
夫を見上げると、血走った目でニヤリと笑い返してきた。
「君は僕のものだからな、永久に」
なおもぐいぐい首を絞めてきて、一向にやめる気配がない。
必死でもがくけれども、男にのしかかられている身体はびくりともしない。
顔を動かして何か身を守るものを探そうとする。
しかし首をぐいぐい絞められているために、それもかなわない。
苦しい。
だんだん目の前が霞んできた。
やがて手足の力が抜けていく。
ああ、もう何も見えない。男の醜い顔も。
このまま私は死んでしまうのだろうか――。
遠のいていく意識の中でそう思った。
美知代はいつの間にか、懐かしい父と母の店にいた。
母が一人でカウンターの奥に立っている。
思わず、お母さん――と呼びかけた。
しかし返事はない。
ただ厳しい顔でこちらを見ているばかりである。
当然だ、と美知代は思った。
自分は親を捨てたあげくに、つまらない男の手にかかって死んでしまうのだから。
私もそこに行っていい?
思い切って尋ねてみた。
母は首を振った。
まだここに来てはいけない――
唇は動かないのに確かにそういう声がした。
お母さん――。
そう言って手を伸ばそうとしたとたん、母はカウンターの向こうでくるりと背を向け、それっきり消えてしまった。