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村山はそれを聞いて、いつの間にか青年の父親のような気持ちになっていた自分に気付き、思わず苦笑した。
「ハッピーエンドだ。良かったじゃないか」
「何言ってるんだ。それからがまた大変だったんだから」
「ほお、何が?」
「あの親にしてあの息子ありだ。
やつめ、しばらくはうちでおとなしく養生していたんだが、ある日たまたま部屋を除いてみると、荷物をまとめて正座しているんだ。
まるで武士かなんぞのようにな」
もうこれ以上迷惑はかけられないので出ていく、と順平は言い張ったそうである。
「出ていってどうするんだ。また飢え死にするつもりか」
「お金を貸していただけないでしょうか。働いて必ずお返しします」
「あてはあるのか」
青年はそこで口をつぐんだ。
「あてがないんなら、うちの店で修行してみたらどうだ」
青年はやはり何も言わなかった。
長い沈黙だった。
一志が辛抱強く待っていると、彼はようやく口を開いた。
「あの男のお母さんは、僕のせいで大事な一人息子を失ってしまいました。だから僕を恨んで、あんなことを言ったのかもしれません。
しかし、僕には全くそんな覚えはないんです。ただもう夢中で……」
「だったら何故あの時、正当防衛を主張しなかったんだ。もっとも、美知代がそんな目に遭っていることを知っていたら、この俺が奴を殺していただろうけどな」
順平はまたいつかのように奥歯を噛みしめているのか、えらの部分をひくひくさせている。
やがて思い切ったように言った。
「それでも僕には、まだ分からない。その時の記憶がないんです。
僕は本当にあの時、故意ではなかったのかどうか。そうはっきり言えない自分が恐ろしい。ひょっとしたら、僕の心の中に魔物が棲んでいるのかもしれない。
……そんな人間が、人様の口にするものを手にしていいものでしょうか」
「奴め、そう言って両膝の上にぽろぽろ涙をこぼすんだよ。全く男のくせに、情けねえことったら」
一志は鼻水をぐすりと片手で拭うと、また寿司を握り始める。
村山はあわてて叫んだ。
「あっ、お前。そのまま握るのか。おいちょっと待て、その前に手を洗えよ。
俺はそんなの絶対食べないからな」




