-3-
社長は会社の欠員を補充するために、ハローワークから紹介された青年をひどく気に入りすぐに採用しようとしたのだが、役員連中からこぞって猛反対され、仕方なく諦めるしかなかったというのである。
「俺もそろそろ焼きが回ったのかなあ。今度、社長の職を外されて会長になることになってね」
「それはおめでとうございます。一番お偉い人になったんで」
「何がおめでたいものか」
いつになく、声の調子が鋭い。
「えっ?」
一志が思わず驚いたような顔をしていると、相手はすぐに我に返ったように
「やっ、済まない」と頭を下げた。
「会長と言っても、代表権がないお飾りみたいなもんなんだ。俺が作った会社なのに、なんで俺の自由にならないんだろう」
この男が自分のことを俺と言うのを、一志は初めて聞いたのであった。
急に老け込んだようになり、寂しげに飲んでいる彼の姿を見ていると、一志は胸が詰まった。
表に出て暖簾を仕舞うと、言った。
「今日はもう閉店にしましたから。どうせ、このところ万年閉店休業みたいなもので、ヘヘ。社長は……もとい、会長におなりになったんで?
いやしかし、やっぱり私にとっては、あなたはいつまでも社長です。今夜はどうぞ気が済むまでお飲みなすってください。私もお付き合いしますよ」
鉢巻を取って、自分も社長の隣に腰掛ける。
「ありがとう。やはりここに来て良かった」
「しかし、なんですか。どうしてそんな優秀な青年を、役員の皆さんは採用しないとおっしゃるんですかねえ」
社長には酒を、自分のコップには焼酎を注いだ。
彼が答えるのを何気なく聞いていた一志は、飲みかけていた焼酎を吹き出してしまった。
役員連中が採用に反対したのは、その青年に前科があったということが理由であった。ところがよくよく話を聞いてみると、それが奇跡的にも、長年探していた山口青年のことだったというのだから、さすがの一志にとっても、まさに驚天動地と言ってもいいぐらいの衝撃だったのである。
村山はここまでの話を聞き、驚きとともに感動さえ覚えていた。
「まさかそんなことがあるとはなあ。奇跡とでも言うべきか、不思議な巡り合わせとでも言うべきか……」
「だろう? いやあ、さすがの俺も仰天してしまった。思わず、社長の首を絞め上げんばかりに奴の居所を聞き出してから、美知代と二人ですっ飛んでいったんだ」
「その同じ青年を、俺はお前に紹介しようとしていたんだから、不思議と言えば不思議な話だ。結局、俺は何にも順平君の役には立ってやれなかったがね。
まあでも、こうしてお前の店で働くことができるようになって良かった」
コップ酒を一口飲むと、村山は感慨深げに言った。




