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「何故でしょう。あなたは先ほど、美知代さんの名前までは知らなかったと言いましたが、本当は彼女とこっそり会って、個人的に相談を受けたりしていたのではないですか」
順平は、きっとなって顔を上げた。
「あの人の名誉のために申し上げます。そんなことは事実無根です。
さきほど知っていたと言ったのは正確ではありません。言い直させてください」
「どうぞ」
検事は余裕の表情で促す。
「いつか出会ったときに、彼女の顔にあざがいくつもできていたのに気付いて、はっとしたことがあります。
以前から三階の方で大きな物音や言い争う声が聞こえてきておりましたし、近所の人がそういう噂話をしているのを、たまたますれ違って耳にしたこともあります。
だから私の方で勝手に彼女と結びつけて、そう推測していたのです」
検事はそこで不敵な笑いを浮かべた。眼鏡の奥がキラリと光る。
「あなたは二階にお住まいですね」
「はい」
「三階の方から大きな物音や言い争う声が聞こえてきたと……?」
「そのとおりです」
「おかしいですねえ。あなたの住まいは、美知代さん夫婦の真下ではないはずです。
普通そういう場合は、たとえ大きな物音が聞こえてきたとしても、実際にどこからその音が響いてくるというのは分かりにくいんですけどね。
そうすると、あなたは彼女が三階に住んでいたことを御存知だったんですね」
「はい……」
「名前は知らなくても、住まいは知っていた……」
相手の目を覗き込むようにしながら尋ねる。
「ええ。いつか彼女が三階の廊下を歩いていたのを見たことがあるものですから」
目を伏せて答える。
「なるほどね」
検事はそこで一瞬黙った。表情が先ほどとは一転して険しくなっている。
やがてまた口を開いた。
「さきほどあなたは、美知代さんが夫から激しい暴力を受けているということを推測していたと言いました。
しかしそれは、推測と言うよりもかなり確信に近いものと考えられますが、いかがでしょうか」




