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あの、馬鹿野郎――。
その場で躍り上がりたいような気がした。そして本当に大家に抱きついた。
はずみで、大家の眼鏡がずり落ちる。
「大家さん、有り難うございました」
今度は彼と握手をした。
婆さんにもついでに握手した。婆さんは訳も分からず、良かったねえと喜んでいる。お礼を述べて、その場を後にすることにした。
帰りしなに振り向いて言った。
「今度は、山口君本人が、きっと出前で持ってきてくれますよ」
彼が出ていくと、老人は眼鏡を直しながら、顔をしかめてつぶやいた。
「何だい、あれは……。最初は紳士だと思っていたのに、何だかあの男にそっくりじゃないか。
最近は妙な人間が多いから、気をつけないといけないよ。なあ婆さん」
村山は大家宅を後にすると、いったん公務員宿舎に戻り、夜になるのを今か今かと待ちわびながら、引っ越しの準備等に追われた。外が薄暗くなりかけた頃、ちょうどそれらが一段落したので、すぐに大馬鹿寿司に向かった。
暖簾をくぐると、「へい、らっしゃい」という若い二人の声が同時に響いた。
例の青年と美知代が、カウンターの向こうに並んで立っている。
二人とも、揃いの鶯色の作務衣に黒い前掛けをし、これも黒いバンダナ風の和帽子をかぶっている。
順平はいったん洗い物をしかけた手を止め、再び顔を上げた。はっとしたように村山を見つめている。
村山は軽く首を振って、彼が何か言いかけるのを制止した。
美知代はカウンターから出てくると、「この前は申し訳ありませんでした」と言って、深々と頭を下げた。
「いいんだよ、何も気にしてないから。みっちゃんには何も罪はない。そこの頑固親父が全く悪いんだから」
「来たな、小役人」
当人はこちらを見もせず、しきりに寿司を握っている。
見ると、若い二人と同じ格好をしていたが、バンダナだけは似合わないと思ったのか、ねじり鉢巻きをしている。
この前まで白い法被姿だったので、非常に違和感がある。
村山は思わず吹き出してしまった。
「見ろ。笑われちまったじゃねえか。さあ順平、できたぞ。持っていってくれ」
「へい、大将」
寿司桶を持って店を飛び出す。
「あっ、私も」
美知代も後に従う。




