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その頃村山広治も、狭い路地の壁にもたれかかって、さっきのことを悔いていた。
あーあ、またやってしまったか。どうしてあいつと会うと、すぐ喧嘩になってしまうんだろう。
もうすぐ、ここに来ることさえできなくなるというのに。
それにあの青年だ。彼のことも何とかしてやらなければ……。
次の朝出勤すると、山口順平が来るのを待ちわびた。バスには乗り合わせなかったが、今日も必ず来るだろうと思っていたのだ。
しかしその日とうとう、彼はやってこなかった。
その後一週間、二週間たっても、やはり姿を見せない。
そうこうするうちに、十月一日付けの異動内示があり、村山は故郷に帰ることになった。
その後も辛抱強く山口の現れるのを待っていたが、ついに彼が現れることはなかった。もう時間がない――。
例の担当者に青年の消息を尋ねてみた。
「彼は就職が決まったのかね」
「いえ」
相手は難しい顔をした。
「そうなのか。いい青年なのに、やはりそれだけ経済情勢が厳しいことなんだな」
「それだけでもないんです。実は……」
「えっ?」
思わず不審そうな目を向けると、担当者はうつむいて黙ってしまった。村山はそれ以上問いただすのを諦めた。
思い切って青年のもとを訪ねることにした。彼の家は見当が付いている。
公務員宿舎の近所にコインランドリーがあるが、たまたまそこで洗濯をしている時に、すぐ真向かいの古いアパートに彼が入っていくのを見かけたことがあったからだ。
入り口のポストを確認したが、山口順平の名は見つからなかった。
ちょうどそこへ大学生らしい男が帰ってきたので、彼のことを訪ねてみたが知らないと言う。
そこで大家のことを聞いてみたら、幸いにもすぐ近くに住んでいるとのことだった。




