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村山はふっと笑うと、「なあ一志」と穏やかに語りかけた。
「俺もお前も、いい年だぜ。そろそろ大人にならなければな」
「ふん、今更何を言ってやがる」
腕組みをしたままぷいと横を向く。
村山はなおも根気良く話し続ける。
「お前が一流の寿司職人だということは認める。しかし現状はどうだ。
従業員は一人も居着かないし、この通り店も閑古鳥が鳴いている始末だ」
「ふん、てめえのような素人に言われたかねえや」
「確かに俺は素人だ。しかしこれだけは分かる。
客商売はサービス業なんだから、腕がいいだけじゃ駄目なんだよ。
そのことはお前だって重々分かってるはずだ。それなのにお前の職人としてのこだわりなんだか、つまらないプライドなんだか知らないが、反対に客にいろいろ注文をつけたりするばかりか、喧嘩までふっかけたりしてるそうじゃないか。
そんなことじゃ、誰だって寄りつくわけがない」
図星だったのか、相手は横を向いたまま何も言わない。
ここだ、と村山は思った。これからが肝心だ。少し耳の痛いことかもしれないけれど、彼のためにあえて言わなければ。
「昔この店が繁盛してたのは、お前の腕ばかりじゃない。みっちゃんがいたからだよ。
お前は店の経営のことなんか全く無頓着だった。
だから彼女が店を切り盛りするだけでなく、お前と客との間でうまく緩衝剤の役目を果たしていたんだ。そのために彼女がどれだけ苦労したことか。
時々彼女が寄越してくれる便りで、俺はそのことを良く知っていたんだ」
「何だとこの野郎。さてはてめえら、密通していやがったな」
一志はまたぎろりと目を剥いた。
「馬鹿、そんなんじゃない。みっちゃんは心からお前を愛し、お前を心配していた。
今日は彼女の命日じゃないか。もういい加減、彼女を心配させるのはやめろ。
それにみっちゃんだって、いや今度は娘のみっちゃんのことだけど、本当にいい子じゃないか。彼女の将来のことも考えてやらなければ。
お前みたいな親父がいたんじゃ、いつまでたっても再婚できないぞ」




