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敏夫は雇用保険の受給期間が切れても、新しい就職先を探そうとせず、家でだらだらと過ごした。やがて昼間から酒を飲んだり、パチンコ屋に入り浸ったりするようにもなる。美知代がいくら意見をしても、全く聞こうともしない。
彼女は仕方なしに近所のスーパーで働くようになったが、当然、夫婦喧嘩も絶えなくなる。それでも別れようとは考えなかった。
なんと言っても自分が選んだ男であるし、父親に対する意地もあったからである。
ある日突然、敏夫から殴られる。この時も夫婦喧嘩の最中だった。
彼はこちらを睨みつけながら言った。
「僕がこんなになったのも、みんな君のせいだからな」
殴られたこと自体が信じられないうえに、こんなことまで言われ、彼女は何が何だか分からなくなってしまった。わっとなって夫に飛びつき、両手で相手の顔と言わず胸と言わず、見境もなく叩き返した。
この時は夫の方から身を引いて、どこかに出ていってしまったので、何事もなく収まった。
しかしその後、夫婦喧嘩はますますエスカレートするようになる。特に敏夫の方は、この時を境に何かの糸が切れてしまったように、いよいよ激しい暴力をふるうようになったのである。
そしてそれは、近所でも話題になっていた。
母親の美紀子が体調不良で入院したという連絡があったのは、ちょうどこの頃だった。こういう事情も重なり、ついに離婚をする決意をしたのだった。
倒れたままの美知世を敏夫はなおも蹴りつけてくる。
急いで身を起こし、テーブルの反対側に回った。
「チクショウ、僕を馬鹿にしやがって」
さっきは無表情だった男の形相は一転し、両目がすっかり血走っている。
変だ。いつもと違う――。
美知代はその目に狂気が宿っているのを感じ、身震いを覚えた。
「絶対に別れないからな」
敏夫は離婚届の用紙を高く掲げると、ライターで火をつけた。
それは一瞬で燃え上がり、大きな炎を上げながら床に落ちる。
「危ない。何をするの」
しかしそれはすぐに黒い灰と化し、やがて粉々になった。
相手はこちらがはらはらするのを楽しむかのように、にやりと笑う。
思わず激しい怒りがこみ上げてきて、先ほどの恐怖感は消し飛んでしまった。