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「そのことなんだがな、一志。今日はお前に話があって来たんだ」
「何だ? また見合いの話だったらお断りだぞ」
そう言いながら、くだんの代物を桐箱に大事そうに収納している。
「あれっ? それ、使わないのか」
「当たり前よ。こんな高いもの、おいそれと使えるか。百万円もしたんだぞ。
それより何だ? 前にも言ったように、俺はもうほかの女と連れ添う気は全くないからな。それによりにもよって、今日は美紀子の命日だ。お前もそんな話を持ち出すほど無神経な人間じゃあるまい」
「いや、そうじゃないんだ。お前の純情はよく分かったよ。この前はつまらないことをして悪かった」
そう素直にわびると、彼は山口順平のことを話し始めた。例の青年である。もちろん、今朝のバスの中での一件も。
一志は手を洗うと、今度は本当に寿司を握り始めた。
左手に持ったネタにわさびを付けると、その上にシャリを乗せる。
それを指で軽く押さえたかと思うと、角度に回転させながら、そのたびに指で押さえる。
一見無造作なようでいて、そつがない。
握り終えると、黙ってそれを差し出す。いつものように、ほらよとも何も言わなかった。
それから腕組みをして、村山が話すのをじっと聞いている。
最後まで話し終えると、一志は「けっ」と吐き捨てるように言った。
「何だそれは――。そんなんだから、いつまでたっても就職できねえんだ。
うちは御免だよ、そんな甘っちょろい奴は。寿司屋の世界は厳しいんだ、勤まるわけがねえ。
いいか、俺の求めているのは、こいつみたいな奴なんだ」
そう言うと、彼は例の桐箱に向けて顎をしゃくって見せた。
「一見不格好でも不器用でも、内にキラリと光るものを持っている原石のような奴だ。
俺はそういう奴を徹底的にしごいてみたい。
もっとも今の世の中に、そんな人間がいるわけないがな」
「まあそう言わないで、本人に会うだけ会ってみてくれないか。頼む」
もう一度頭を下げる。
いったい今日は、こいつに何度頭を下げなければならないんだろう。
そう思いながら、つい苦笑いをする。