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村山は、黙ったまま一口酒を飲んだ。それから静かに言った。
「少しは父親らしいところがあるじゃないか。見直したよ。
しかしそれならもっと言い方ってものがあるだろう。みっちゃんに何があったか知らないけど、あんないい子はいないぜ。少しは優しくしてやれよ」
「ふん」
そう言うと、切った寿司ネタをまたケースに並べる。
それで気が済んだのか、「おい広治」と機嫌良く呼びかけてきた。
「これを見ろ」
彼が持っていたのは、黒っぽい石の塊だった。
「これが分かるか」
「分かるかって、ただの砥石じゃないか。四角じゃないけど」
「ただの砥石だって? 馬鹿野郎、なんてことを言うんだ。
これはなあ、京都で採掘された最高級の砥石だぞ。
しかも、もう閉山されちまって欲しくても二度とは手に入らないんだ。
どうだい、この一見豪快そうでいて、その反面、内側から滲み出てくるような繊細な美しさは」
それはどっしりと厚く、一面だけ平らに仕上げてあるほかはデコボコだったので、村山にはただの不格好な石にしか見えなかった。
一志にはそれが不満そうである。
「分からないのか。どうせお前は寿司の食べ方も分からない奴だからなあ。
いいか、こいつは恐竜が現れた二億年以上も前から、地球の奥深くでこう、ぎゅうぎゅう圧し潰されてきたんだ」
無意識に寿司を握る仕草をしながら、夢中になって話している。
「それをひたすら我慢し続けた。
ところがだ、これがたまたま偶然の産物だってんじゃねえか。
太平洋プレートの移動だか地殻変動のおかげだか何だか知らないが、日本の京都のお山でひょっこり日の目を見ることができた――と、こういう訳よ」
「さすが、元サラリーマンの寿司屋だけあって、学がある。いい勉強になったよ」
「茶化すなよ。いいか、それからすると、今の若い奴らはこの砥石以下だ。
理屈ばかりこねやがるくせに、ぐっと歯を噛んで耐えるということは、からっきしできやしないんだから」
それを聞いて、村山はある大切なことを思い出した。もともとここへ来たのはそのためだったのである。