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一年半ほど前にこの店に来るようになって以来、彼らの娘の美知代に対しても同じ愛称で呼んでいたが、特に一志がそれを咎め立てすることもなかった。
村山は美知代の方を見て、わざとおどけるように頭を掻きながら言った。
「いやあ、君のお母さんは本当に綺麗な人だったんだよ。まるでひまわりのように笑う人だった。
僕は密かに恋していたんだ。それをこいつにまんまとさらわれてしまってね」
美知代は真顔で応じる。
「お母さんもばかだなあ。村山さんの方を選んでおけば良かったのに。その方がお母さんにとってどれだけ幸せだったことか。
お父さんは家庭も何も顧みないで、ただ自分のやりたい放題にやっていればいいような人間なんです。
なにしろ、私がまだ小さな子供でこれから生活が大変だというのに、突然会社を辞めて寿司職人になると言い出すような人なんですからね」
「いやあ、みっちゃんも手厳しいなあ」
ますます険悪な雰囲気になりそうなのを察して、あわてて口を差し挟む。
しかし、彼女の攻撃は止まない。
「だって本当なんですよ。お母さんや周りの人の言うことなんて、全く耳も貸そうとしないし。そのためにお母さんがどれだけ苦労したことか。そんなことも分かってないくせに、村山さんに対して薄情な奴だなんてよく言えるわよ」
顔は村山の方を向いているが、明らかに父親に対して険しい言葉を投げつけている。
当人は苦虫をかみつぶしたような顔をして、そっぽを向いた。
彼が人の言うことに耳を貸さないというのは事実だった。
当時、美紀子から相談を受けて、わざわざ休暇を取り、はるばる一志に会いに行ったことがある。
しかし彼は、村山がどんなに説得しても、頑として首を縦に振らない。
さすがの村山もとうとう腹を立て、それならお前とは絶好だと言い放った。
そしてそれ以来十五年間、本当に彼とは会わなかったのである。もっとも美紀子からは、時々様子を知らせる便りは届いていたが。
村山は当時のことを懐かしく思い出しながら、諭すように語りかけた。
「みっちゃん、それは違うよ。確かにお母さんは苦労したかもしれない。しかし、僕はこいつが初めて自分の店を持ったときに、お祝いに駆けつけたんだ。
その時にね、みっちゃん――、 いやごめん、君のお母さんのことだけど、そうやって今の君みたいにカウンターの奥でかいがいしく働いていた。
お母さんは、生き生きと輝いていて本当に幸せそうだった。その時僕は心から思ったんだ。
二人を恨んだりしたこともあったけど、ああやっぱり、みっちゃんはこいつと結婚して良かったんだなあ。本当にそう思った。
そう思って、その時初めて二人のことを本当に祝福することができたんだ」