-4-
たまたまその青年が窓口で担当官と話しをしているところに出くわしたことがある。
「もうここへ来るようになってしばらくなりますね。立ち入ったことを聞くようで申し訳ないですが、生活の方は大丈夫ですか」
担当官がそう聞くと、彼のほうはすこし躊躇するように答えた。
「貯金を少しずつ大事に使っていますので……」
それからまた、思い直すようにぱっと顔を明るくして付け加えた。
「一日に使う金額を決めていて、それをきっちりと守るようにしているんです。だから大丈夫です。御親切に有難うございます。」
「そうですか。もし、求人以外のことで御相談されたいようなことがありましたら、いつでも遠慮無く言ってください」
いつもは無表情で応対しているこの担当官も、ついつられて笑顔になっている。
この時に村山が思ったのは、珍しく几帳面な青年だなということと、これほど礼儀正しく、かつ受け答えもさわやかで好印象であるのに、何故こういつまでも採用先が見つからないのだろうということだった。
この時から、彼のことを気にとめるようになったのである。
そろそろやって来る時間だな、と村山は思った。
彼の席は室内の一番奥であり、しかも求人申し込みの窓口からは死角になる。だから気付かれることはないだろう。
青年はまずパソコンで求人情報を検索し、それから窓口にやってくるはずである。
それにしてもつまらないことをしたものだ。
せめて今日だけでも、彼には出会わないようにしよう。そのうちさっきの一件だけでなく、私のことも忘れてしまうだろう。
それに総務に相談したいこともあるし、ちょうどいい機会だ。
彼は席を立つと、窓口の方を気にしながら廊下に向かった。
階段をのぼりながら考えた。
いつもあんなラフな格好をしているが、面接用のスーツは持っているのだろうか。
待てよ、背丈がちょうど俺と同じぐらいだから、ひょっとしたら若い頃のやつがぴったり合うかもしれないな。
そしてその考えをすぐに否定した。
いかん、いかん。俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。
それに彼のあの物腰からすると、以前はそれなりの会社に勤めていたに違いない。スーツぐらいは持っているだろう。
それにしても彼にいったい何が――。