-3-
すると青年が急に振り返る。
村山はあわてて目をそらし、ごまかすようにレジ袋からおにぎりを取り出した。
「甥がいるんです。もう何年も会ってないけど」
「ああ、そうなんだ」
さりげなくおにぎりの包みを開き、頬張る。
「さっきの子を見て、ついその甥っ子のことを思い出したんです」
「なるほどね。で、その甥御さんは今どこに」
「故郷の山形です。姉の子なんですけどね」
「そうなんだ。実は私もね、単身赴任で故郷を離れている。だから朝からこんなものを食べている。
しかし困ったなあ、どうも夕べ飲み過ぎたみたいでね。うっ、いけない。吐き気がしてきた」
おどけてそう言うと、青年は静かに笑い返してきた。
「おっといけない。もう時間だ。君、もし失礼でなければ、これをもらってくれないかな」
「えっ」
「いらなければ捨ててもいいから」
袋には、焼き肉などが入ったおにぎりが三つとペットボトルのお茶がまだ残っている。
相手があわてて腰を浮かそうとするのを無視し、村山は足早にその場を立ち去った。
猛烈な日差しがまた襲ってくる。
汗が噴き出してくるとともに、だんだんいやな感情が湧いてきた。
いったい自分は、何というつまらないことをしてしまったのだろう。
さっきバスの中であの青年がした行為に比べれば、浅ましい限りだ。
そう思うと、自らの愚かしさが炎天下でじりじりとあぶりだされているような気がしてくるのだった。
そういう後悔の気持ちと不快感に苛まれながら村山広治が向かった先は、ハローワークだった。
青年がここを訪れるようになって、もう三ヶ月ほどになる。
ある電機関連部品の工場で派遣職員として働いていたのだが、会社の業績不振を理由に解雇されてしまったとういことだった。
村山が直接応対するようなことはなかったが、いつも朝一番にやってくるので、職員の間では有名だったのである。