-2-
乗客たちは、不快な満員バスの中にもかかわらず、二人の微笑ましいやりとりに気持ちを和ませていた。
青年のほうは自らの行為を恥ずかしく思っているのか、心持ち顔を赤くし、いったんうつむいたかと思うと、今度は窓の外を見たりして居心地が悪そうにしている。
村山広治も、その時の乗客の一人であった。
彼はその青年を知っていたが、向こうは知らないはずである。
青年は山口順平と言って、時々同じバスになるのだが、現在自分が直面している問題で精一杯であり、他人の存在などは目に入らないようだった。
次のバス停で青年は降りていった。村山もそれに続く。
まだ九月になったばかりであり、地面に一歩降り立つと、朝から灼け付くような日差しが降り注いできた。
青年は少しふらふらとした足取りで、前方を歩いている。その後を尾けていくように、彼もゆっくりと歩を進めた。
商店街のアーケードを抜けると公園がある。青年はそこで足を止めると、木陰にあるベンチに腰掛けた。大きく天を仰ぎ、両手で顔を覆っている。しかしすぐに頭を起こし、今度はふーとため息をつくようにしてうなだれてしまった。
やはりな、と村山は思った。
彼がここでパンやおにぎりを食べているのを、村山は何度か見かけている。
青年はそのあと一番乗りで、すぐ近くのハローワークに向かうのが常だった。
おそらく朝食代はさっきの一件で消えてしまったのだろう。
まだ時間は十分ある。
村山は引き返して、コンビニに向かった。
公園に戻ると、さりげない振りをして話しかけた。
「いやあ、いつまでも暑いね」
「えっ?」
相手はきょとんとしてこちらを見上げている。
変な人間と思われるかもしれないが、構わない。すぐ隣に腰掛けた。
「実は、さっきのバスに私も乗っていてね」
「……」
青年は村山の顔を一瞬凝視したが、すぐに顔を赤くし、怒ったような顔をしてそっぽを向いた。
村山はそんな彼の様子を微笑ましげに見つめていた。
洗濯などはきちんとしているのであろう、ポロシャツからかすかに石鹸の匂いが漂ってくる。
しかしズボンの裾がほつれ、シューズも擦り切れていた。