第69話 UTAGE(宴会芸編:上司の十八番)
やや酒気に当てられ、眠たげだった俺の目が、シャキンと鋭い音を立てた。
舞台上に現れた上司の姿に、思わず目を奪われてしまったのだ。
現れたのは眼鏡をかけた魔族。
ドランデスだった。
その姿は、純白……。
軽く摘むだけで切れてしまいそうな細い肩紐。
ウェストラインからエレガントに広がったフレアスカート。
細い足首を強調するような高いヒール。
そこにいたのは、執事服を着た――几帳面な魔王の秘書ではない。
まるで英雄譚のお姫様のような女性が立っていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
魔族たちの爆発的な吠声が響き渡る。
「ドランデスさまぁあああ!」
「いいぞ!!」
「お待ちしてました!!」
「今回も1発たのみますぞ!!」
激励のつもりなのだろうが、魔族が言うとどうしても野次に聞こえてしまう。
ともかく、ドランデスの一芸を待ちわびていたらしい。
さっきのネグネもそうだが、こんな歓迎会やら宴会って割と魔族たちはやっているのだろう。
横の連帯が薄いとは聞いてはいるから、その結束力を高めるために結構な頻度で催しているのかもしれない。
いや、今はそんなことどうでもいい。
まずはドランデスだ。
俺は再び壇上に視線を向ける。
四天王の白い顔は、やや赤くなっていた。
たくましい尻尾もどこか落ち着かない様子だ。
【拡声】の魔法道具を両手で握りしめ、頭の角を倒すように俯いている。
あのドランデスが、モジモジしながら珍しく縮こまっていた。
俺は――。
「ドランデス! 頑張れ!」
叫んだ。
届いたのだろう。
ハッと顔を上げる。宴会場に座った俺を見つめた。
さらに顔が赤くなる。
「――――しっ!」
しかし、何か彼女の中でスイッチが入ったのだろう。
ぐっと奥歯に力を込めるのがわかった。
下を向いていた顔を上げる。
眼鏡を取り、オネェタウロスに放り投げた。
綺麗な緑光石のような目が、精霊光球の光に当てられ輝く。
すぅ――――っと、息を吸い込んだ。
おもむろに……。
「ラ――――――――――。ラ――――――。ララ――――――――」
歌い出した。
先ほどまで歓声が飛び交っていた宴会場がしんと静まり返る。
俺も気がつけば、息を吸うことも忘れていた。
ドランデスは続ける。
「――――――――。――――――。――――――――――」
大人の色香が漂う口元。
なのに、その喉元から聞こえる声は、純真無垢だった。
かつて人間と対峙し、ジルデレーンを絶望へと突き落とした魔族。
その眷属とは思えないほどのエンジェルボイスが、響き渡る。
そして何より――。
「ドランデスさん、綺麗です」
と言ったのは、フィアンヌだった。
頬を赤らめ、ぽやりとした顔で舞台上の龍の御子を見つめている。
そう――。
綺麗だ。
強い精霊光球の光に当てられ、純白のパーティドレスをきた彼女は、魔王城に迷い込んだ天使のように思えた。
俺はじっと聞き続けた。
他の魔族も一緒だ。
あれほど大騒ぎが好きなこいつらが、瞼を閉じ、静かに聞き入っている。
側に座ったエスカ、フィアンヌも同様。
舞台袖で待機したオネェタウロスやネグネも、笑顔を浮かべていた。
眷属も、種族も関係ない。
人間も、魔族も同じく。
平等に、ドランデスの歌に聞き惚れていた。
「――――――――…………」
静かに始まった歌は、宴会場に余韻を残すように終わりを告げた。
ドランデスは胸を抑える。
弾む鼓動を抑えるように。
そして息を整えた。
宴会場は静まりかえったままだ。
ドランデスは反応に困っていた。
尻尾を振り、おろおろと慌て始める。
「えっと……。あ、ありがとうございました」
とりあえず、頭を下げた。
パッと部屋が明るくなる。
夢から覚めたような気持ちになったのは、俺だけではあるまい。
そこでやっとドランデスの歌が終わったことに気付いた。
1拍――いや、5拍ぐらい遅れ――。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
火山の噴火を思わせるような歓声が響いた。
「ドランデスさまぁぁぁあああああ!!」
「良かったですぞぉぉぉおおおお!!」
「さいこぉぉぉおおお!!」
「俺、初めて聞いたけど、すげぇ良かった!!」
次々と声がドランデスに届けられる。
魔族たちは拍手をしたり、指笛を鳴らしたり、あるいは感動のあまり涙するものまでいた。
当の本人は、舞台上で戸惑っていた。
何をどうしていいのかわからず、右往左往している。
そんな中、俺の声が響いた。
「アンコール! アンコール! アンコール!」
ドランデスは俺の方を一瞥する。
いつもの鋭い眼差しだ。
俺は苦笑で返す。
時すでに遅しだった。
「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! アンコール!」
大合唱が始まる。
火がついた魔族たちを止められるものなどいない。
ど、どうしようと、ドランデスは袖の方を向く。
助けを求められたオネェタウロスは、「やっちゃいな」という感じで親指を立てた。
龍の御子はそのむき出しになった肩を落とす。
再び【拡声】の魔法道具を握りしめた。
顔を上げた。
「じゃ、じゃあ……。あと1曲……」
というと、再び怒号のような声が宴会場に鳴り響くのだった。
ふー、さすがに酔ったぜ。
でも、良い酒だ。
最初は、魔族に囲まれ緊張気味だった俺も、すっかり場に慣れていた。
こうして見ると、なんら人間の酒場と変わらない。
飲み比べをしたり、一気飲みのかけ声があがったり、その場で蹲り口からゲロのようなものを吐き出したり、隅っこで酒を抱いたまま寝てしまったものもいる。
最初にもいったが、魔族たちは楽しそうだった。
俺は今、カルチャーショックを受けている。
勇者をやっていた時から考えれば、想像も出来ない光景だ。
人間味に溢れた――俺の知らない魔族たちの素顔だった。
つと顔を上げる。
見えたのは古い石造りの天井と、ガラスで出来た大きなシャンデリア。
俺が見ていたのは、そのずっと向こう。
人間の魂が集まる天空だ。
心の中で語りかける。
見てるか、ヘーラ……。
きっと、あんたが見たかったのは、こういう光景じゃないのか。
今にも――。
『うふぇふぇふぇふぇ……』
という笑いが聞こえてきそうな気がした。
いや、もしかしたら草葉の陰でうらやましそうに、口惜しそうにこの光景を眺めているかもしれない。
そう思うと、俺も――。
「うふぇふぇふぇふぇ……」
笑ってしまった。
ぶるり、と下半身が震えた。
俺は席から立ち上がる。
「どうしゅたんですか、シショー」
フィアンヌが声をかけてくる。
その顔は真っ赤だ。
目の前にはあの『フィアンヌちゃんを応援する会』のメンバーが、ずらりと並んでいた。さっきからひっきりなしにフィアンヌに酒や食事を提供している。
ちょっとした女王様気分だ。
「ちょっと、ブリッド!! もうギブアップなわけ?」
本家女王というわけではないが、魔王の娘のエスカも絡んできた。
顔を真っ赤にして、グラスになみなみと注がれたワインを揺らしている。
ちなみにドレスの胸元がはだけ、アーシラちゃんに次ぐ巨乳も揺れていた。
思わず目がいきそうになるのを必死にこらえる。
「ば、馬鹿野郎! しょんべんだよ」
「何よ。トイレ……。ここでしちゃいなさいよ。魔王城だからオールオッケーよ」
エスカの目は据わっていた。
こいつ、相当酔ってんな。
「なんでここで俺のナニをさらさなきゃならんのだ?」
「べつにぃ……。私は構わないけどね」
衝撃の発言――。
俺は顔を青くしながら、引いていた。
エスカはどこ吹く風だ。
ぐいっとワインを呷る。
さっきまでのお姫様の気品は吹き飛んでいた。
「シショー、どうぞです!」
「お前はお前で、何をしてるんだ、フィアンヌ!」
何故か、フィアンヌは席の上でくるりと亀の子になる。
最後に大きなモフモフの尻尾をくるりと身体に巻き付けた。
目の前に現れたのは、黄金色の塊……。
まさか――。
「ここにかければ、おしっこしてもわからないです!!」
お 前 は 何 を 言 っ て る ん だ !!
「お前……。まさか里でそんな風習があるんじゃないだろうな!」
だったら、俺は何にモフモフしてたんだよ!
「大丈夫です! 今、思いついたです!」
アホか、貴様! アホの子か!!!!
「アホを通り越して、変態の域だ! それは――! 親の顔が見たいわ!」
「し、シショー。お父さんとお母さんに会うですか?」
両親にご挨拶――的なニュアンスで言わなくいい!
すると今度は横からエスカが腕を取る。
「ちょっと! フィアンヌの前に私のお父様に会いなさいよ!!」
お前の父ちゃん魔王だろうが!
てか、嫌になるぐらい見てきたわ!!
「ええい! 離せ! 俺は便所にいく!」
「早く戻ってきなさいよ!」
「シショー、カムバックです!」
酔っ払いを振り切り、俺は宴会場を後にした。
バイトを始めてから、新設されたトイレで俺は用を足した。
少々気が済まなかったが、宴会場の方へと戻る。
すると、1つ手前の部屋のドアが開いていた。
そこはあの舞台上へと向かう楽屋だ。
すでに宴会芸パートは終了し、舞台上には幕が下りている。
まだ誰かいるのだろうか?
俺はそっと中を覗いた。
1つの精霊光球もついていない。
だが、真っ暗というわけではなかった。
楽屋のすぐ隣が、何故かテラスになっているからだ。
テラスと楽屋は、やたら大きなガラスの扉で仕切られている。
どうやら舞台とつながっているらしく、もしかしたら、宴会場から外の芸が見られるように設計されたのかもしれない。
魔族の中には、この魔王城に入りきれないヤツもいる。
そういう輩のために作ったのだろう。
人間側からすれば、珍しい作りだった。
テラスには1匹の魔族がいた。
白いパーティドレスを揺らし、テラスの欄干に身体を預けている。
手に酒杯を持ち、ぼんやりと空を眺めていた。
珍しいことに空は開けていた。
ムービタルスターも、今日ばかりは休憩をしているかもしれない。
おかげで夜になると真っ暗になる魔王城周辺も、いつもより鮮明に見えた。
「ドランデス……?」
俺が声をかけると、むき出した肩がぴくりと動いた。
尻尾もピンと針金でも通したかのようにつり上がる。
身体を俺の方へと向けた。
【本日の業務報告】
宴会場で酒がふるまわれた。
エスカは酔っぱらった。
色気が+10
フィアンヌは酔っぱらった。
【アホの子】から【変態】へとランクアップした。
次回、最終回です。
ここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございました。




