第67話 UTAGE(食事編:子ドラゴンの丸焼き)
夜中に読む人は注意した方が良いかも!
(そう言いながら、昼前に投稿する作者)
ちょっと長めです。
ゴブリンに、コボルト。
オークに、レッサーデーモン。
マンティコアに、コカトリス。
ついでにスケルトンに、ゴースト……。
魔族魔族魔族。
魔物魔物魔物。
上を見れば、ガス状モンスターが浮かび……。
地面を見れば、マドハンドが酌を注ぎ合い……。
右を見れば、アサルトドアーが邪悪な笑みを浮かべ……。
左を見れば、デモンズウォールが「ひきかえせ~」と叫んでいた。
微笑ましい……?
いやいや、何を言っているのだ、俺は。
これは仮装パーティではない。
モンスターにコスプレした人間ではなく、ガチ魔物なのだ、こいつらは。
でも……。
なんというか華やかだった。
皆、穏やかな顔で笑い、酒を注ぎ合っている。
いつもなら下品な笑い声を浮かべ、人間を襲う魔物達が、まるで酒場で陽気に歌をうたう酔客のように見えた。
魔王城のど真ん中でこういうのもなんだが……。
幸せそうだったのだ。
「みんな~。お酒が行き渡ったかしら~」
何故かビロードの背広を来たオネェタウロスが、仕切っている。
首には赤い蝶ネクタイをつけていた。
「おおおおおおお!」
魔族達は酒杯やグラスを掲げながら応じる。
俺の手にもなみなみと注がれたエールのジョッキが握られていた。
隣のフィアンヌにも、同じようにエールが注がれている。
――こいつ……。酒を呑んで大丈夫な年なのか?
疑問には思うのだが、祝いの席だ。
大目に見よう。ていうか、めんどくさいしな。
さらに、その隣には玉座のような煌びやかな椅子が設置されていた。
座っているのは魔王ヴァスティビオ――の娘エスカだ。
手に持つワイングラスには、血のような赤いワインが注がれている。
本当に血じゃないよな……。
『鋼鉄の処女を使って、人間から搾り取った生き血よ。まさに生搾り!』
とか言い出したら、さすがに泣くぞ、俺……。
それにしても、魔王の娘だな、と思う。
赤ワインと彼女の組み合わせは実にマッチしていた。
どうやら今回の歓迎会は、エスカが仕組んだことらしい。
人間に傾れたあいつらしい企画だと思った。
「よ~し。行き渡ったわねぇ……んじゃ、新人に挨拶してもらおうかしら。まずはフィアンヌから」
「え? フィアンヌです?」
いきなり当てられて、フィアンヌはぴょこりと立ち上がった。
おいおい。挨拶なんて聞いてないぞ。
定番といえば、定番だが。
俺も考えておかなきゃ……。
ええ……。皆さん、本日もお日柄もよくって、結構曇ってるけどね、なんつって!
「え、えっと……。こ、ここここの度は、フィアンヌのために歓迎会を開いていただきありがとうございますです」
ぺこりと頭を下げる。
「フィアンヌは……。魔族のみなさんにすっごい迷惑をかけたのに、こんな……。こんな風に…………うう……」
ぽろりぽろりと黄金色の瞳から涙が落ちる。
フィアンヌは泣いていた。
すると、席の後方でバッと何かが広げられた。
「げっ!」
俺が思わず唸ってしまったのは無理もない。
広げられたのは、横断幕。
そこに書かれていたのは……!
フィアンヌちゃん、がんばれ!!
我らフィアンヌちゃんを応援する会より
なんじゃありゃ!
それはフィアンヌを応援する横断幕だった。
しかも手作りっぽい。
人間の文字に不慣れな者が書いたのだろう。
かなり歪だ。だが、そこが変な味になっていた。
すると、数匹の魔族が立ち上がる。
黄色のはっぴを着ていた。フィアンヌの毛の色を意識しているのだろうか。
魔族たちは「せーの」と合わせると。
「「「「フィアンヌちゃん、頑張れぇぇぇぇえええ!!」」」」
野太い声が歓迎会会場に響き渡った。
フィアンヌは瞼を広げて見つめている。
そりゃあ、驚くはな。
フィアンヌは涙を払う。
前を向いた。
いい顔だった。
「ありがとうございました!」
ぺこりとまた頭を下げた。
それを見て、フィアンヌちゃんを応援する会のメンバーは、拍手を送った。
エスカや、オネェタウロスもそれに加わる。
最初は戸惑っていた魔族達も、手を叩き、あるいは胸を叩いて応じた。
万雷の拍手に変わる。
対して、フィアンヌは頭を下げ続けた。
その目には、やはり涙が光っている。
「じゃあ、今度はブリードちゃん」
だから、ちゃん付けはよせ、オネェタウロス。
俺はよっこらせと立ち上がる。
すると――。
「Buuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!」
何故かブーイングが飛んできた。
首を掻ききるポーズをしたり、親指を下に向けて煽る者までいる。
ちょちょちょ! なんかフィアンヌと違くない!?
俺、なんかしたか!?
てめぇらの糞とか尿とか取ってんの俺なんだぞ(正確にはスィームだけど)。
てか、俺にもファンクラブとかいねぇの?
ラミアとか、アラクネとかのおっぱいサービスはねぇのかよ!!
「てめぇ、この前は気持ち悪いもん見せやがって!」
「引っ込め、アルバイター」
「いつか殺す!」
「貴様ぁ! フィアンヌちゃんに何もしてないだろうな」
「お前がフィアンヌちゃんのぶんまで働けや、クズが!!」
すっごい野次が飛んでくるんですけど……。
てか、やめろよ。
俺、結構メンタルが豆腐なんだよ。
そういう野次って傷つくんだぞ。
あ、やば……。涙が出てきた。
「ちょっと! ブリードちゃん。挨拶挨拶」
オネェタウロスは急かす。
いやいや、状況を見ろよ。
むしろ、まずこのブーイングの嵐を収めてほしいわ!
しかし、オネェタウロスは俺に武闘場で使っていた【拡声】の魔法道具を向ける。
騒がしい中、俺は挨拶をはじめた。
「えー。皆様、こんな俺のためにこのような会――」
無難に切り出し始めたが、そのぼそぼそとした声が、別方向から聞こえた高い少女の声にかき消された。
「みんなぁぁぁあああああああ!! かんぱぁあああああああああいいい!!」
椅子を蹴るように立ち上がったのは、エスカだった。
グラスを掲げると、大きな声で乾杯の音頭を取る。
魔族も酒杯を掲げ――。
「「「「かんぱぁあああああああああいいい!!!!」」」」
と応じ、宴が始まってしまった。
ぽつり――立ち上がった俺だけが1人取り残される。
オネェタウロスも道具を引いて、馬体を翻した。
「え、エスカ……。てめぇ……」
ギロリと睨む。
エスカはワインを一気に飲み干した。
「なによ。どうせ定型文を並べたようなくだらない挨拶をするつもりだったんでしょ」
ぐっ!
相変わらず、勘だけは鋭いヤツだ。
「ほらほら……。愚痴ってないで、乾杯」
再びワインが注がれたグラスを俺の方に向かって傾ける。
少々腑に落ちないが、俺もまた酒杯を差し出した。
そこにフィアンヌが加わる。
「2人ともお疲れ様! かんぱぁあい!」
「乾杯、です!」
「乾杯……」
エスカは楽しそうにグラスを口に付ける。
フィアンヌはニコニコと。
俺も渋々、口を付けた。
「「「ぷっっはああああああああああああ!!!!」」」
3人の声が重なる。
くそ!
やっぱ酒は最高!
しかも――ってちょっと待て。
このお酒って。
「な、なあ、エスカ?」
「何よ?」
魔王の娘は、すでに赤ら顔になっていた。
肌が白いからなおさらわかりやすい。
「これって払いは……?」
「払い? ああ、支払いってことね。安心しなさいよ。魔王城が全部持つから」
ま……。
まじかああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
心の中で叫び、ガッツポーズを取った。
「つまり、それって……。夢にまで見たタダ酒ってことか?」
「ちょ! あんた、なんで泣いてるのよ。若干キモいわよ」
「ううっ……。ありがとうありがとう」
俺はエスカの手をがっしりと握り、むせび泣いた。
「ちょっと! 痛いじゃない! も、もう……。一杯ぐらいで酔うんじゃないわよ。ば、バカぁ!」
手を握られたエスカの顔が、さらに朱色に染まっていった。
「よーし! そうとなったら、遠慮はなしだ。食うぞ! フィアンヌ」
「もふいひゃひゃいへてましゅ、ふぇしゅ(もういただいてます、です)」
フィアンヌはローストチキンに豪快にかぶりついていた。
頬をモグモグと動かし、俺の方を向く。
甘辛の魚醤がべったりと口元に付き、つなぎにも飛び散っていた。
「だあああ! お前、制服についてんぞ」
「およよ、です」
「『およよ、です』じゃねぇだろ。もうちょっと女子としてのたしなみをだな」
「師匠も食うですか?」
フィアンヌは食べかけのチキンを俺の口にねじり込む。
「ふが……。てべぇ、もふよへへんのば(てめぇ、もう酔ってんのか)?」
いや、しかしうまい。
魔族の料理だと侮っていたが、貴族のパーティーに出るぐらい素材、調理ともに追及された味だった。
瞬間、俺はフィアンヌのことを忘れた。
決闘でも出来そうな大きなテーブルに目を向ける。
そこには色とりどりの野菜や、果物。
あるいは魚や肉料理が並べられていた。
視覚的に申し分なし。
臭いもいい。
魔王城のテーブルに置かれているとは思えないほど、食欲がそそる。
何より出来たてがサーブされ、皿がなくなればボーイに扮したスケルトン達がお代わりを持ってくるという徹底さだ。
どれも一級品のディナー。
テーブルマナーはおろか、手づかみで口に運んでいる魔族達が食べる物とは思えない。
正直、シェフが呼んでお礼でもいいたいところだが、やってきたのがごつい石魔人だったり、半ば拉致された人間のシェフだったりすれば、おいしさ半減どころか喉も通らなくなるだろう。
色々考えることがあるが、俺はすべてを忘れ、料理を眺めた。
「ちょっと! 誰か! 私に子ドラゴンの丸焼きをよそってよ!」
声を張り上げたのは、エスカだ。
子ドラゴン……?
俺は嫌な予感がして、目線を上げた。
すると、やや離れた場所に小さな羽根と尾を生やした子ドラゴンが、蹲るように巨大な皿に載せられていた。
全体にソースがぶっかけられ、香草が添えられている。
「おいおい。子ドラゴンなんて食べていいのかよ。一応、お前らの眷属だろ」
「なによ、あんた。細かいことを気にするのね。大丈夫よ。あれは養殖されてるヤツだから」
「養殖!?」
「あら? 知らない? 子ドラゴンの肉って凄く美味しいの。人間も好んで食べるって聞いたけど。違うの」
なんか聞いたことがある。
貴族の間で流行っていて、パーティーなどでは定番料理なのだそうだ。
「人間に凄い高値で売れるから、魔族が養殖をしているの。結構な商売になってるみたいよ」
そんなことを考える魔族なんて、俺は1匹しか知らない。
目線を動かし、例の白衣を探したが、姿はなかった。
理由はなんとなくわかる。
明るい上に、不衛生とは真逆の会場は、リッチには地獄だろう。
でも、眷属が働いているんだから、あいつも来ればいいのに。
そのスケルトンが子ドラゴンにナイフを入れる。
皮膚が柔らかいのか。
はたまた入念に、時間をかけてゆでたのか。
わからないが、あっさり硬いドラゴンの鱗にナイフが入る。
パリパリと音を立てた。
竜鱗が念入りにローストされていたのだろう。
白くつるりとした肉が現れる。
肉汁が、スープをこぼしたようにあふれ出た。
俺とフィアンヌは、それを見ながら生唾をごくりと鳴らす。
やがて野菜といくつかの果実と一緒に、エスカの前にサーブされた。
「うーん……。いい香り」
淑女であることも忘れ、エスカは鼻を広げる。
ドラゴンの肉から沸き立つ湯気を吸い込んだ。
丁寧にナイフで切り、フォークを刺す。
口に運ぶ瞬間まで、肉汁が垂れ、精霊光球に照らされテカテカと光っていた。
「いただきま~す。――はむ!」
一気に口に飲み込む。
大きく頬を膨らませ、咀嚼した。
エスカは目を細め、如何にも「至福」という表情を浮かべた。
喉で味わうかのように、ゆっくりと飲み込む。
「うぅぅぅぅううう!! うまぁぁぁぁああああいいい!!!!」
唸った。
限界だった。
「俺も!」
「フィアンヌも、です!!」
師匠と弟子は揃って手を挙げる。
しばらくして、それぞれの目の前に子ドラゴンの肉が置かれた。
俺はフォークを使い、フィアンヌは手づかみでぺろりと口の中に入れた。
んんんままぁぁぁあああああああああああああ!!!!
俺は叫んだ。
フィアンヌも同様だ。
こんな美味しい物は食べたことがない、と言わんばかりに固まっている。
俺はもう一口食べた。
食べる前は少し筋張った印象があったが、全くそんなことはない。
食感は、どちらかといえば、魚の精巣に似ている。
つるつると肉の感触が口の中で踊る。うかうかしていると、まるで飲み物のように飲み込んでしまいそうだ。
一方、竜鱗のパリパリ感がまたたまらない。
サクッとした食感のあと、肉汁と一緒に溶け合い、絶妙なハーモニーを舌の上で奏でていた。
「「「はああ……」」」
俺とエスカ、フィアンヌは同時に幸せの吐息を浮かべるのだった。
【本日の業務報告】
子ドラゴンの丸焼きを食べた。
体力が2あがった。
素早さが1あがった。
舌が10肥えた。
体重が3上がった。
女性キャラクターたちは悲鳴を上げた。
女性キャラクターは突然、走り始めた(状態:混乱)。
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