第66話 魔族たちの陰謀(後編)
衣類を畳むと、出荷用の木箱の中に入れた。
蓋を閉め、釘を打って密閉する。
ふーと息を吐いた。
額についた汗を拭う。
懐から時計を取りだした。
良い頃合いだ。
「よーし、フィアンヌ。今日はこれまでだ」
「はい、です」
フィアンヌは衣類が入った木箱を置く。
俺と同じように汗を拭うと、腰を伸ばした。
「見た目の割に、結構重労働だろう?」
「いえいえ、です。フィアンヌはへっちゃらです」
と言いながら、腰に当てた手を離さない。
モームが作った衣類を木箱に詰めていくだけなのだが、数が半端がないので割と腰にくる。慣れるとそうでもないのだが、最初はしんどいはずだ。
労働に使う筋肉と戦闘に使う筋肉は、密接しているようでやはりずれている。
たとえ俺が元勇者でも、フィアンヌが黄狐族でも、疲れるものは疲れるのだ。
100や200なら変わらないだろうが、万単位になると如実に現れる。
俺は山と積まれた木箱を見上げた。
ざっと3000箱はあるだろう。その中に5枚ずつ入っているから、計15000枚の衣類が目の前にあるという計算になる。
整理する俺たちも凄いが、1日で作ってしまうモームたちも大したものだ。
そして今なおモームたちは、今着ているつなぎを作り続けている。
まったく……。社員の鑑だな。――ああはなりたくないが。
「業務終了するか」
「はい、です」
俺は顔を上げた。
ネグネが、いつも上から偉そうに指示を出す欄干部分を見つめる。
やはりその姿はない。
「どうしたですか、師匠?」
「あ。いや……。今日って誰とも会わなかったなって」
「そう言えば、魔族さんに会ってないです。あそこにいるモームさんぐらいです」
普段なら、ここで作業しているとネグネは必ず顔を見せる。
ドランデスにしてもそうだ。
どれほど忙しくとも、就業時間の間に1度は顔を見せに来る。来られないならば、何らかの連絡を寄越すはずだ。
なにより……。
何度も言うように、静かすぎる。
魔王城から魔族がいなくなったというわけではない。
何か息を潜めているような感じだ。
生体を探知する魔法を、魔王城全体に展開する手はある。
だが、結構大がかりな上、心配が杞憂であれば、恥をかくのは俺だ。
そもそもめんどくさいしな。
――ほぼ毎日会ってるんだ。お互い顔を合わさない日があってもいいだろう。
俺とフィアンヌはモームの工房を後にする。
長い廊下を抜け、階段を登り、地上に出た。
やはりひっそりとしている。
廊下に出ると、何故か真っ暗だ。
本来、点灯している精霊光球も落とされていた。
フィアンヌは金の耳を瞬きでもするかのように動かした。
「師匠……」
声は強張っていた。
俺もまた自然と構える。
周囲に探るが、真っ暗で何も見えない。
それでも、何かが蠢いているのはわかる。
ひたり……。
足跡が聞こえた。
素足が冷たい石畳みに接地する音だ。
それもおそらく複数。
「師匠!! あれ、です!!」
フィアンヌの声が聞こえた。
俺は振り返る。
モフモフの尻尾をピンと伸ばした獣人娘は、廊下の向こうを指さしていた。
目を凝らす。
やはりというか――魔族だ。
オーク、ゴブリン、ガーゴイルに、スケルトンetc……。
魔族を代表するような種が、群をなしてこちらに向かってきていた。
それぞれ赤、緑、あるいは紫の目を光らせ、廊下を埋め尽くし、近づいてくる。
なんだなんだ、一体……。
「な、なんでしょうか、です?」
「収穫祭の行進の練習って雰囲気じゃないよな」
4大陸では収穫の季節になると、祭りが催される。そこで決まって行われるのが、騎士に扮した子供たちの行進だ。諸説は知らないが、何故か収穫祭の風物詩になっている。
俺たちが見ているのは、やや大きめの鎧に身を包んだかわいげのある子供たちではない。
野獣のように目を光らせ、涎を垂らして進む魔族なのだ。
「ど、どうしましょうか、です!」
「はい、どうぞ――って言って、道を譲るか? フィアンヌ」
問われた自称弟子は、首と一緒に尻尾もぶんぶんと振った。
「なら決まりだ――」
逃げるぞ!!
俺たちは背中を向ける。
脱兎の如く駆けだした。
少し遠回りになるが、なんとか城門を目指す。
「師匠……。あの魔族さんたちはなんですか? なんか殺気だっているような気がするです」
「それだけわかってれば上等だ。俺もそれ以上のことはわからん」
わかっているのは、やたら魔王城が静かなこと。
精霊光球が落とされていること。
そして、何故か魔族どもが正気じゃないってことだ。
背後を振り返る。
魔族の群が、ゆっくりとだが、俺たちを追いかけてきていた。
理由を考える。
考えられるのは、嫁取り――じゃなかった――狐獲り祭りの報復だ。
あれからもう数日は経過している。
なんの音沙汰もなかったが、痺れを切らすには頃合いかもしれない。
「フィアンヌ! 俺が良いというまで、手を出すなよ」
「はい、です。フィアンヌも学習してるです」
走りながら、ビシッと敬礼する。
心強いだかなんだか……。
つと俺の足が止まる。
フィアンヌも同じく――。
だが、俺に倣ったわけではない。
「前に魔族が、です!」
同じだ。
魔族を代表するモンスターたちが、ゆっくりと前方から歩いていてくる。
後ろからも魔族……。
――くそ! 囲まれた!!
俺は歯噛みする。
そして叫んだ。
「ドランデス! いないのか!」
手を出せない以上、上司を呼ぶしかない。
それも最善手とは言い難い。
もしかしたら、彼女も荷担しているかもしれないからだ。
俺の中にもう1つの理由が浮かぶ。
つまりは俺の正体がバレたという可能性だ。
狐獲り祭りの時にあれほど大暴れしたのだ。
会場にはたくさんの魔族がいた。
1匹くらい勘付いたヤツがいても不思議ではない。
「エスカ! ネグネ! オネェタウロス!」
祭りに協力的だった魔族の名前を呼ぶ。
しかしむなしく響くのみ。
少女の声も、子供の声も、オネェの声も返ってこない。
「師匠!」
フィアンヌは俺のつなぎを引っ張った。
また指をさしている。
その方向に目をやると、観音開きの扉が見えた。
「これ見よがしって感じだな」
顎に向かって、汗が滴る。
横でフィアンヌは耳を動かした。
「中に誰かいるです。それも一杯です」
「誘い込まれたってわけか?」
憎々しげに目を細めた。
前門に魔族。後門に魔族。
そして扉の向こうにも、おそらく魔族……。
その距離は、すでに俺の間合いの中に入っていた。
ぐっと拳に力を込める。
考えた末――。
「ええい! ――ままよ!!」
扉に手を突き、思いっきり押した。
昔の人は言いました。
龍の子供がほしかったら、龍の巣穴に飛び込めと。
俺はフィアンヌの手を引き、部屋に飛び込む。
瞬間、目映い光に包まれた。
視界がホワイトアウトする中、俺たちの耳に届いたのは――。
パン!
パパパパパパパパン!!
連続した破裂音だった。
俺は慌てて防御魔法を展開する。
フィアンヌの盾になりつつ、顔を上げた。
火薬の臭いが立ちこめる中、視界がクリアになっていく。
「な――――!!」
浮かんできたのは、予想通りの大量の魔族……。
しかし、その手に握られていたのは――。
「クラッカー?」
そう。
パーティー用の――。
すると、背後からも破裂音が聞こえた。
びっくりして、フィアンヌは思いっきり尻尾を逆立てる。
その耳にかかったのは、紙吹雪だった。
振り返る。
先ほどまで俺たちを追いかけていた魔族たちが立っていた。
同じくクラッカーを持っている。
歯をにぃと剥きだし、笑っていた。
――え? どういうこと……。
俺は呆気に取られるしかない。
その時、部屋に動きがあった。
衣擦れの音が響く。
エスカだ。
銀黒赤が配色されたドレスのスカートを摘み、進み出る。
細い手を指揮者のように振り上げた。
「あんたたち――! さん、はい!」
おつかれさまです! フィアンヌさん! ブリードさん!!
野太い。
そのまま音楽劇の舞台に立とうものなら、観客が一瞬にして失神しそうな呪われた声。
しかし、その言葉の意味は温かなものだった。
そこにいたのは、俺が知る魔族たちだ。
ややぎこちなく――如何にも努力してます――と言わんばかりの笑みを浮かべている。
「な、なんです? これは?」
フィアンヌが俺に尋ねる。
無論、答えが返せるはずもない。
俺もまた、部屋の方を見ながら、固まるしかなかった。
先頭に立ったエスカは、ニコリと笑みを浮かべる。
「驚いてくれた?」
「な、なんなんだ、これは……。エスカ」
「むふふふ……。十二分に効果はあったようね。1度でいいから、サプライズパーティーってやってみたかったのよ」
「さ、サプライズ!」
「まだわかんない」
腰に手を当てる。
少し歯を見せる姿は、まさしく小悪魔だった。
俺は少し首を傾けた。
「ふふん。驚かせて悪かったわね。……これはあんたたちの歓迎会よ」
「歓迎――」
「――会、です?」
エスカは胸を張った。
「そう! あんたたちが魔王城に来てから、ずっとやってなかったでしょ。フィアンヌもアルバイトに入ったし、ここいらでやっておこうと思って」
無邪気な笑顔……。
俺はただただ沈黙した後――。
「な、なにぃいいいいいいいいいいいいい!!」
絶叫するのだった。
【本日の業務報告】
魔族がたくさんあらわれた。
元勇者と自称弟子は、にげだした。
しかし、まわりこまれた。
魔族は、クラッカーをならした。
魔族は、不気味な笑みをうかべている。
元勇者と自称弟子は、呆気に取られた。
攻撃1回休み
歓迎会的なことをやり忘れていたと、作者も魔族も思った回。
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