第64話 そして元勇者の伝説は始まる……??
次回から通常回です。
時間は少し巻き戻る。
魔王を倒し、戦争を終わらせた俺は、昼間の酒場にいた。
客はガラガラというほどでもない。
割とここのランチは安くて、味もそこそこ。
馴染みの連中がちらほら座っていた。
ちなみに今日のランチは、鶏と赤茄子ソースのパスタ。皿に一杯に詰まった野菜盛りだ。
俺は馴染み客で、マスターとはツーカーの仲だ。
「ランチ」と俺がというだけで、鶏と赤茄子ソースのないパスタと、綺麗に磨いた皿を置いてくれる。普段温厚なマスターが「けっ」と客に唾まで吐くサービスまでついてくる。
なかなかのVIP待遇だろ?
これでなんとお値段70エンだぜ。
財布がすっからかんな俺にとって、嬉しくて、素《ヽ》パスタが塩辛く感じちまう。
「ダーリン、どうして泣いてるの?」
「うるせぇ。……お前も食えよ」
前の席には女神マーリンが座っていた。
出会った時とは若干違うが、白を基調としたカクテルドレスを着ている。
花柄の刺繍がついていて、実に華やかだが、場末の居酒屋では明らかに浮いていた。
間違って入ってしまったお姫様みたいだ。
現に、先ほどから常連客がこちらを見ている。
マスターも久しぶりに美人を接客できて上機嫌らしい。
何も言わずそっと正式なランチを彼女の目の前においていった。
いーないーな……。
俺も美人に生まれたかった。
特に胸の大きいな。
毎日眺め放題、触り放題じゃねぇか!
なにその夢のような話。
くそ! あの時、性転換とか出来る神具とか出るまで、もうちょっと回しておけば良かったぜ、ガチャ!
「じゃあ、はい。あーん」
フォークでパスタを巻き取ると、俺の口に向かって差し出した。
俺は手の平を見せて、拒否する。
「お前が食べろよ」
「え? どうして? ダーリン、お腹空いてるでしょ?」
ぐるるるぎゅぎゅううううううう……。
同意するように腹の虫がなった。
「ほーら、やっぱり……。はい、あーん」
「く、ぐうー」
俺は仕方なく口を開けた。
赤茄子のソースが絡んだパスタが、俺の舌へと滑り込む。
うめぇ。涙でそう……。
甘酸っぱい味が広がっていく。
パスタも絶妙な堅さ加減になっていて、歯の裏に良い歯ごたえを与えてくれた。
とにもかくにも、美味かった。
勇者時代にもらった報奨金がすっからかんとなった俺にとって、久しぶりのまともな食事だったのだ。
「あれ? ダーリン、また泣いてる」
「う、うるへぇ……。パスタに絡んだ玉葱のせいだ」
「パスタに玉葱が入ってないよ」
「と、とにかく食えよ。お前も……」
「じゃあ、マリンにも食べさせて」
あーん、と口を開く。
一体どうしてそこまで幸せな顔が出来るのかというぐらい、目の前の女神は嬉しそうだった。
俺はそれを無視して、目の前の素パスタを掻き込む。
大きく頬を膨らせ、咀嚼した。
俺の意思表示を悟ったマリンもまた、頬を膨らませた。
「むぅ……。ダーリンのいじわる」
べー、と舌を出すのだった。
「ダーリン、お仕事をするの!?」
マリンは椅子を蹴って立ち上がった。
2つのティーカップが置かれたテーブルが、がたりと揺れる。
「仕事を探そうと思っている」といった直後の反応が、これだった。
「え? でも、そんなことをしなくてもいいじゃない。ダーリンはマリンが養ってあげるから」
堂々とヒモ女宣言をする。
いや、それってどうなのよ。
元勇者がヒモって……ねー。
意外と多かったりするのだろうか。
「それはマリンに悪いっていうか?」
「全然、そんなことないよ」
「世間体も考えてさ。俺も真面目に働こうかと思ってるんだ」
「世間体?」
純真な子供をそのまま大人にしたようなマリンは、首を傾げる。
そうだな。
例えば、お前の後ろで羨望を超えて、憎悪に歪んだ男達の目から逃れるためだ。
あの~、こっち見ないでもらえますか?
「だから、マリンに訊きたいことがあるんだ?」
「なになに? スリーサイズは教えられないよ」
うん。すげー気になるから、今度教えてな。
「あのな。マリンってか――。まあ、神様全体からもらった神具とか、俺の能力値とかあるだろ。あれって、お金に換算するといくらぐらいなんだ?」
「ええっと……。お金で換算っていわれても……」
「具体的にじゃなくていいから。あくまで目安だ」
「――――――――――――――――――――――――――エンぐらいかな」
俺は言葉を失った。
だが、まあ……予想をしなかったわけではない。
神々の武具や権能なのだ。
それぐらいの価値は当然といえば当然だろう。
改めて数字で訊くと、計り知れないほどの威力を秘めている。
もしかしたら、魔王を倒すよりも難しいことかもしれない。
「な、なるほどな。わかった。……じゃ、じゃあ、それで返すよ」
「何を?」
「お金で――」
「はああああ!?」
マリンはまた机を叩いた。
金色の瞳に「信じられない」と書かれてた。
「ダーリン、何を考えてるの? そんな大金――」
「いや、それはわかってるけどさ。お前ら、神具を返すって言っても受け取ってくれないだろ?」
「人間が使ったから受け取ってくれないの。……ダーリンが触ったものなのに。マリンなら、ダーリンが握ってた柄とか毎晩舐めたいほど、ほしいのに」
だから、お前には返したくないんだよ。
てか、マリンよ。
お前、なんか出会った当初より、変態度が増してないか。
もはや堕天というよりは、駄天だろ!
「だから、何かで返すことができたらなって思ってさ。だったら、手っ取り早くお金で返した方がいいかと」
「そんなのいいよ。そもそもダーリンはすでに代償を支払っているんだよ」
「俺の寿命をあげたところで、半不死のお前たちには無用の長物だろ? それって意味ないだろ?」
「エザルの馬鹿がダーリンの気持ちを計るために行ったことだけど……。だったら、お金だって、マリンたちには不要なものあよ」
「エザルが気持ちを計るためにそうしたなら、お金を返すのも気持ちの問題だ。不要かも知れないけど、受け取ってくれよ」
「ねぇ、ダーリン……。1つ確認したいんだけど」
「な、なんだよ……」
それって、手切れ金ってことじゃないよね……。
冷水に浸した刃のような言葉が、耳を切り裂く。
先ほどまで後光すら感じられた女神の背中から、どす黒いオーラが漏れ出した。
黄金色の瞳は、今にも炎を吹き出さんばかりに赤く光っている。
俺は椅子ごと退いた。
他の客も「おお!」と顔を青ざめさせ、店の端まで逃げていく。
マスターもカウンターの下で座り込み、頭を抱えた。
「落ち着け! それはないから! な? だから、落ち着け!」
ねじ切れるぐらい全力で首を振る。
すると、白い髪が噴き上がるほどの黒いオーラが次第に収縮していく。
すとん、とようやく椅子に座り、落ち着いた。
「よかった!」
満面の笑みを浮かべる。
風雨にさらされた後に、お日様に向かって顔を上げた向日葵みたいに清々しい笑顔だった。
はあ……。魔王なんかより、よっぽどこの女神の方が怖いぜ。
「でも……。大丈夫、ダーリン」
「何がだ?」
「ダーリンってさ。働いたことないでしょ」
ぐさ!
「資格とか持ってる?」
ぐさ! ぐさ!
「スキルとかなら……」
「それって今の人類のお仕事に必要不可欠なのかな」
「う……」
「いっそ、騎士団に入隊した方が――」
散々オファーを蹴って、今さら入隊させてくれなんて言えるかよ!
「と、とりあえず……。ギルドに職探しに行くよ」
「まさか……。あの女の子に会いたいだけじゃないでしょうね……」
再びマリンの後ろで、黒い炎が燃え上がった。
俺はギルドで仕事を見つけた。
なかなか好条件だ。
これでマリンを見返すことが出来るかもしれない。
ふふん、驚くがいい女神よ。
これが勇者クオリティというものだ。
ギルドの外でずっと張り込み、黒いオーラを出しながら、俺とアーシラちゃんのやりとりを見つめていたマリンと合流する。
「見つけたぞ、マ――」
突然、平手が飛んできた。
本当にいきなりだ。
「もう! ダーリン、デレデレしちゃって」
「デレデレなんてしてねぇよ」
ただ……アーシラちゃん可愛いな、とか。
アーシラちゃん、良い匂いだな、とか。
アーシラちゃんの髪さらさらだな、とか。
おっぱい大きいな、とかしか思ってねぇよ。
「絶対ウソ! 鼻の下伸びてた」
「なに!?」
俺は思わず口と鼻を隠す。
すると、突如俺の目の前で青白い光が差した。
俺は視線を移す。
マリンの手に、雷精を帯びた槍が握られていた。
「ダァァアアアアアアアアインの――――ばかぁああああああああああ!!」
「うぎゃああああああああああああああ!!」
俺は絶叫を上げる。
瞬時にして、元勇者の姿揚げが完成した。
食えないけどな……。
「お、お前! 元勇者だから、いいけどな。普通死んでるぞ」
「ダーリンが悪いんでしょ。もう――」
完全にすねてしまったらしい。
頬を膨らませ、マリンはそっぽを向いた。
「――たく。折角、仕事を見つけてきたってのによ」
奇跡的に無事だった求人票をパンパンと叩いた。
日給999,999,999エンという高額条件だ。
思わずにやけ、俺は――。
「うふぇふぇふぇふぇふぇ……」
と笑ってしまった。
それを聞いて、マリンはくるりと白い髪を翻す。
「ダーリンのその笑い方……。なんか久しぶりに聞いたような気がする」
「あん? そうだったけ?」
そういえば、勇者をやってた時は、笑う暇すらないほど戦ってたしな。
そもそもあんまり魔族と戦いたくもなかったし。
「ダーリン、嬉しい?」
「おう。勇者以外の仕事は初めてだし。ちょっと楽しみかな」
俺はニカッと笑った。
なんだか少し……。
子供の頃の気持ちを思いだしたような気がした。
【本日の業務報告】
明日から書く予定です。
勇者がヒモって、異世界ではよくあることです。
過去編はこれにて終了です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




