第64話 そして神の福引きは回る〈後編〉
お待たせしました。
エザルという言葉を聞き、ブリッドは瞼を広げた。
大神エザル。
神々の中でもっとも偉いとされ、ジルデレーンの大地を創造した神の中の神。
神話では、世界を作るため賽を転がしたところ、「4」と出たため、4つの大陸を作ったと言われる。
故に、創造神であるとともに、博打の神様とも言われている。
「うるせぇなあ……。今、面白いところなんだ。ちょっと黙ってろ、お前達」
「な――」
エザルの物言いに、思わず他の神は絶句する。
「幼き者よ。さっきの言葉……。もう1度、言ってみろ」
「マリンの代わりに、僕が神の力を振るう」
「ほほう……。面白い」
「「「「エザル!」」」」
「……1つ訊こう。もし人間が神の力を使ったら、どうなるか知っているか?」
「知らない」
「簡単だ」
お前は死ぬのだ……。
「……そうなんだ」
「驚かないのか?」
「それぐらいは覚悟の上だから。むしろ易いものさ。それに――」
「うん?」
「僕は死なない。……いや、死ねないんだ」
「どういう根拠だ。……それとも、それが人間の感情というシステムか?」
「簡単なことだよ」
「ほう……」
「僕は死ねば、神様の力は振るえない。それって嘘を吐くってことだよね。神様が嘘を吐くって、あり得るのかな?」
ブリッドは笑った。
悪戯っぽく……。神を前にして、挑発したのだ。
エザルは――。
「ぶっわははははははははははは!」
また豪快に笑い始めた。
「まさか……。人間に言葉尻を捉えられるとはな」
「どうなの?」
「ぐふふ……。確かにそれでは嘘つきということになってしまうな」
まだ笑い足りないという風に、声を漏らす。
「では、こうしよう」
『SOUND ONLY』という文字が一際光る。
すると、石版の中から何かが出てきた。
それはブリッドが見たことのない構造物だった。
八角形の箱に、木製の台座がついた用途不明の物体。
箱には回転軸が付けられ、回るようになっている。
中には何かが入っており、ふるとガラガラと音を立てた。
「これは回転式抽選器という」
「回転……しき…………チュー――。なんだって?」
「名前のことなどどうでも良い。我はこれにはまっておってのぅ。八角の箱に穴が空いているであろう?」
確かに。
よく観察してみると、箱の側面に穴が空いていた。
「そこから丸い玉が出てくる。そこに書かれている力をお前にやろう」
「「「「エザル!!」」」」
「もうよい。お前たちは帰っておれ」
さっと光がなぎ払われる。
一瞬にして、他の石版は消滅した。
残ったのは、ブリッドとマリンだけだ。
そのマリンもようやく立ち上がる。
軽傷らしく、ブリッドとエザルのやりとりを見つめていた。
「これをある世界ではくじ引きと呼んでいる」
「ガチャ?」
「うむ。最近のマイブームだ」
「エザル! あなたは何をしようとしているの?」
「黙っておれ、マーリン。お前も、天に還してもいいのだぞ」
マリンはぴくりと固まる。
口を噤み、黙り込んだが、その表情は冴えない。
「本来なら、お金をかけるところだが」
「僕、お金は持ってないよ」
ブリッドはズボンのポケットを引っ張る。
「心配するな。このガチャは普通のガチャではない。故に賭けるものは――」
汝の寿命だ。
「どうだ? それでもやるか?」
「うん」
ブリッドは躊躇わなかった
寿命を賭ける――。
それが寿命を減らすという意味であることなど、頭の良いブリッドには当然理解できていた。
それでも、少年はわずかな逡巡もなく首肯した。
「怖くないのか?」
威圧するように、エザルは尋ねた。
「うん」
「幼きわりには達観しておるな。……どうせ寿命が削られるのも、このまま生き延びるのも、そう変わらない。そう判断したのか?」
「ああ。確かに、そうかもしれないね」
「…………」
「でもね。僕は約束を守りたいだけなんだ」
「約束?」
「ヘーラと約束したんだ。……世界を平和にしてくれって。だから、その手段があるなら、僕は迷わず手を伸ばすよ」
「わかった。……よかろう」
「ブリッド!」
叫んだのは、横で見ていたマリンだった。
「待って! そんなことしちゃ! 世界はマリンが救うの! ブリッドは救われた世界に生きなきゃダメなの」
「マリンの気持ちは嬉しいよ。……でも、神様たちのいうとおりだよ。これは人間と魔族のことなんだ。だから、僕たちが決着を付けなきゃならないって、そう思うんだ」
「でも――」
「それにもう僕には何もない。村も、家も、家族もなくなっちゃった」
「そんな――。ブリッドにはマリンがいるもん」
「うん。ありがとう……。だから、僕は戦うんだ」
もう2度と……。すべてを失いたくないから。
ブリッドは取っ手を掴む。
1度、エザルの石版を見つめた。
『SOUND ONLY』は静かな光を讃えていたが、何か頷いたような気がした。
一気に箱を回す。
ざらりと、音が鳴った。
「だめぇええええええええええええええええええ!!」
マリンの絶叫がこだます。
数回、回転させた後、ころりと台座に小さな球体が転がった。
何かに引き寄せられるように、玉は浮き上がった。
ブリッドの目の前でゆっくりと回転する。
そこには『聖剣エスデラッド』と書かれていた。
「ほう……。聖剣エスデラッドを引いたか。喜べ、幼き者よ。この神具はまだ使いやすく、かつ強力な一振りだ。魔王ですら一刀できるであろう」
エザルは説明する。
だが――。
「う……。うがああああああああああああ!!」
ブリッドは悶えていた。
全身に万の針が刺されたかのような痛みが襲う。
血が沸騰し、息が出来ないほどの苦しみが子供の身体を駆け巡った。
「ブリッド!!」
女神は駆け寄る。
それは阻んだのは、エザルだった。
光の球体が彼女を包む。
マリンを捕縛してしまった。
「大人しくしていろ。マーリン。ここに留まっていることですら、僥倖なのだぞ」
そしてブリッドに向き直る。
「幼き者よ。お前が今感じている痛みは、寿命を削る毒だ。だが、じきに痛みはなくなるだろう。さあ、褒美だ。聖剣を受け取るがよい」
悶えるブリッドの前に、一振りの剣が現れる。
黄金色の剣は、少年を元気づけるように光り輝いていた。
痛みが収まってきたブリッドは、与えられた剣を一瞥する。
次に彼が手にしたのは、聖剣の柄ではなかった。
「何をしている? 幼き者よ」
エザルの語気に、驚愕が混じっていた。
幼い手が握っていたもの……。
それは抽選器のレバーだった。
「こんなものをもらっても、振るうことが出来なかったら意味ないよ」
そして再び抽選器を回転させた。
これにはさすがの大神も慌てふためく。
「幼き者……。そんなことをすれば、お前の寿命も!」
「構わない!!」
――僕は弱い。
ヘーラのように素早く動くこともない。
戦場の経験があるわけでもない。
オーディのように魔法を使うことも出来ない。
その知識すらない。
そんな状態で……。
一振りの力をもらったところで、役に立つとは思えない。
再び抽選器から玉がこぼれる。
『聖剣エクス・ブローラー』と書かれていた。
――ダメだ!!
少年は躊躇わず回した。
地獄の苦しみが全身をむしばむ。
胃液を吐き出し、もがきながらも、その幼い手がレバーから離れる事はなかった。
「ブリッド!」
マリンの悲鳴がやたらと遠くから聞こえる。
半分意識を失いそうになりながらも、少年はレバーを回し続けた。
3回目に出てきたのは『素早さスキルMAX』だった。
それでも満足しない。
歯を食いしばり、ブリッドは回し続けた。
何度も……。
何度も……。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。
血反吐を吐き、尿を飛び散りさせながらも、少年はガチャを回す。
そして20回目。
すでに少年の寿命は、40年以上削られていた。
それどころではない。
大人すらショック死してしまうような痛みを、20度も耐えたのだ。
いくら具体的な損傷がないとはいえ、その精神はいつ崩壊してもおかしくなかった。
それでもブリッドはレバーを回す。
その手を止める者がいた。
目線を上げる。
女神が半泣きになりながら、少年の手を押しとどめていた。
「マー…………リン……。どう、して…………」
どうしてここにいる。
捕まっていたはずの彼女が……。
いや、しかし……。
どうして止めるんだ。
これはぼくがのぞんだことなのに……。
消えゆく意識の中、マリンはブリッドを抱きしめる。
少年の顔が再びふくよかな胸に包まれた。
マリンは涙を流す。
神の涙が、虹色に光っていた。
それが、少年の頭に落ちていく。
「大丈夫だよ。もう――。君は十分強いよ」
そう言葉で聞いた瞬間、ブリッドの中でずっと固まっていたものが弾けたような気がした。
身体が急に重たくなる。
支えることもかなわず、少年は女神の胸に沈む。
「ブリッド!」
すぅすぅ、という寝息が聞こえた。
激しい痛みを負いながら、少年の寝顔は富みに安らかだった。
あと1回だけ、過去編をやって、通常回に戻る予定をしてます。




