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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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第61話 そして勇者の伝説は語られる[6]

このサブタイとも今日でお別れです。

 最後の墓を建てた。


 簡素なものだ。

 土を掘り返し、遺体を埋め、その上に木の枝を立てた。

 縁のある遺品、あるいは道ばたに生えていた野花を手向け、供養した。


 気がつけば、手はぼろぼろだ。


 振り返る。

 同じような墓が、無数に突き立てられていた。

 人数分ある。

 村の人間はもちろん、村を襲ったと思われる野盗の墓も作った。


 ヘーラの望みは仇を取ることではない。

 だから、悔しかったけど……。

 野盗たちの墓も作った。


 気がつけば、3日目の夕方を迎えていた。


 自然とお腹は空かなかった。

 水分は降り続いた雨で補給したが、何か身体の中にぽっかりと空いたものを埋めることは出来なかった。


 仇を討てば、満たされるのだろうか。

 そう思う時もあった。

 でも、すぐにヘーラやオーディ、村長夫妻の顔が浮かんだ。

 妄念を振り払い、天を仰いだ。


 雨は止み、久しぶりの夕焼け空だった。


「行かなきゃ……」


 村の入り口を目指した。

 ヘーラの忠言を思い出す。


 町に行け……。


 黙々と森の中に出来た小道を進む。

 重たい足を引きずり続けた。


 天を仰げば、空は黒く染まり、夜になっていた。


 森の出口が見える。

 よたよたと歩いていた少年の足取りが、軽くなる。

 ついには駆け出し、一気に突破した。


 ブリッドは初めて森を出る。

 冷たい夜気が吹き込み、柔らかな髪の毛を撫でた。

 空気がまるで違う。


「ふわ――――」


 声を上げた。


 そこに大地があった。

 森のない――木のない大地。

 一面を草むらに覆われ、風が凪ぐたびに白く光っている。


 驚いたのはそれだけではない。

 大地のずっと向こう。

 空がくっついていた。

 あれが折り目なのだろう。折れているから、空とくっついているように見えるんだ――と、少年は理解した。


 右の方を見る。

 今度は、大樹よりもずっと大きなものがあった。

 まるで空を隠すように東から西へと続いている。


 なにより空が広い。

 何者に侵されていない自由な空。

 無数の星が瞬き、月が太陽のように輝いていた。


 半分嘘だと思っていた世界がそこにあった。

 こんなにも広いものなのかと圧倒された。


 鬱屈した少年の精神に、夜気に混じって何か吹き込んできたような気がした。


「よし!」


 1つ気合い入れる。

 お腹の下の辺りが、何か定まったような気がした。


 すると……。


 ぐぎゅううううううううううう……。


 腹の虫が鳴った。

 それは数日ぶりの身体からの催促だった。




 一旦村に戻り、旅立ちの準備をした。

 もちろん、腹ごしらえも。

 幸いなことに、村長夫妻が密かに備蓄していた食料が手つかずのままだった。


 焼け残っていた背嚢を背負い、食料と武器、その他諸々を用意する。


 武器はヘーラが使っていたショートスピアだ。

 ブリッドには長すぎるが、柄の部分を切って、自分のサイズにした。

 もちろん、霊前でヘーラにお願いした。


 無傷だった厩の藁にくるまり、その日は夜を明かした。


 気がつけば、日が昇り切っていた。

 かなり疲れていたらしい。

 少し気が抜けたのかもしれない。


 ともかく、ブリッドは出発することにした。


 村を出て、森を抜け、ヘーラにいわれた通り、道沿いを歩いた。


 行けども行けども、町は見えてこない。

 結局、その日は野宿することになった。


 村から持ってきた無傷の布にくるまり、眠っていたブリッドはふと目を覚ました。


 人の声が聞こえたような気がしたのだ。


 身体を起こす。

 すぐに荷物をたたみ、動けるように体勢を整えた。


 すると――。


「助けてくれぇ!」


 人のわめき声が聞こえた。

 男の――おそらく大人だ。


 ブリッドは持った槍に力を込めた。


 声は道の向こうから聞こえる。

 ブリッドはじっと待った。


 すると、男が姿を現す。

 動物の毛皮を羽織った大男。


 村を襲った野盗の1人だ。


 急に頭が熱くなるのを感じる。

 槍を持つ手にさらなる力が加えられ、まだ癒えきっていない手の平からは鮮血が流れた。


 目に血が走るのがわかる。

 視野が狭窄し、にっくき仇を睨んだ。


「助けてくれ!」


 男は再び叫ぶ。

 その声が、ブリッドを少し冷静させた。


 助けてくれ、とはどういうことだろうか。


 見れば、男の顔面は汗や涙、果ては鼻水にまみれていた。

 武器は持っていない。

 まるで悪夢にうなされるように、こちらへ向かって走ってくる。


 すると、何か後ろの方で影が動いた。


「助け――」


 それが野盗の今際の言葉となった。

 脳天から股下まで――真っ二つに切り裂かれた。


 2つに割れた男の身体が、数歩ブリッドの方に歩み寄る。

 ひらりと、おろされた魚のように開いた。

 当然、鮮血は飛び散り、道行く地面にぶちまけられる。


 あっという間の出来事だった。


「あ……。ああ…………」


 あまりの恐怖に、悲鳴すら上げることが出来ない。

 膝は笑い、少年はその場に立ちすくんだ。


 そうしている間にも、野盗を一刀した存在はブリッドに近づいてくる。

 月明かりを受け、その巨体が露わになった。


 丸太のような太い腕。

 逆に足は細く、動物のように体毛がびっしりと生えていた。

 胸板は厚く、また肩幅は広い。

 手には、曲剣が握られ、今吸ったばかりの男の血が垂れている。


 一見すると、人の形だ。

 だが、人ではなかった。


 あからさまだったのは、頭部だ。


 雄羊のような巻角に、馬のような頭。

 ぎょろりとして大きな瞳は、金色に光っていた。

 暗い2つの鼻穴から激しく息を吐き出し、すでにブリッドを捉えていた。

 カッと口を開けると、鋭い牙ではなく、蛇のように舌が蠢いている。


 サタン……。

 おそらくその系統の魔族。


 今までオーディの授業や図鑑の中でしか見たことがないモンスター。

 人類と長年戦争し、今なお人を刈り続ける獣――その眷属。


 それが今、初めて自分の眼で捉える事が出来た。


 魔族に会いたい――。

 そう宣言していた少年も、圧倒的な存在感を前にして、立ちすくむしかなかった。


 ブリッドの受難は続く。


 サタンの後ろに、さらにサタンが現れる。

 その横にも、羽根が生やした個体まで出現し、数を増やしていく。


 気がつけば、十数体のサタンがブリッドを取り囲んでいた。


「子供だ」

「子供だ」

「人間……」

「人間……」

「人間は殺す」

「人間は殺す」

「殺す」

「殺す」


 呪詛を投げかけるように、サタンは口々に呟いた。

 己が武器を掲げる。

 その中心にいるブリッドは、もはや生け贄だった。


 ブリッドは完全に戦意を喪失していた。

 立ちすくみ、瞳を剥きだし、奥歯を鳴らして、サタンたちの動向を見つめるしかなかった。

 ヘーラから受け継いだ槍を落とさないようにするだけで精一杯。

 応戦するなど、頭の片隅にも浮かばなかった。


 助けてぇ……。


 先ほど野盗が叫んでいた言葉をそのまま反復しようにも、喉は渇ききり、声すら出せない。


 サタンたちの武器が高々と振り上げられた。


 ブリッドは目をつぶる。

 終わった、とは思わなかった。

 ただ少年の心に去来したのは――。


 ごめんなさい……。ヘーラ、オーディ、おじいさん、おばあさん。


 謝罪の言葉だった――。


 瞬間だ。


 瞼をこじ開け、光が差し込んできた。

 青白い光。


 すると、今度は何度も大地を穿つ音。

 次いで耳を打ったのは、魔族の歪な悲鳴だ。


 ブリッドは片目を上げる。

 夜明けかと思うほど、光に溢れていた。


 やがて目が慣れ、少年の視界がクリアになっていく。

 現れたのは、光の槍によって串刺しにされたサタン達の姿だった。


「ぶおおおおおおおおお!!」


 断末魔を上げる。

 瞬間、サタン達の身体から黒い霧が漏れた。


 魔力の漏出現象だ。


 オーディから教えてもらった。

 魔族は魔力マナの結晶体であると。

 故に、その結合力が失われた瞬間、身体は崩壊を始め――。


 パン、と砕け散った。


 次々と、サタンたちは消滅していく。

 ついに残ったのは、光の槍とブリッドだけだった。


 槍も光の砂となって、さらさらと崩れ落ちていく。

 魔族達と同じく、ブリッドの視界から消えてしまった。


 一体何が起こったのだろう……。


 つい今し方、初めて魔族と出会った子供には、想像すら付かない。

 ただじっと天を仰いだ。


 ――もしかして、ヘーラ……。


 人の肉体は土に還り、その魂は天に召される。

 ブリッドはそう教えられた。


 もしかしたら、ヘーラは空から自分を見ていて、窮地を救ってくれたのではないか。

 ブリッドは目を閉じ、感謝した。


 刹那――。


 ぷよん、と何かものすごく柔らかいものが、顔を覆った。

 慌てて目を開けたが、視界は真っ暗。

 代わりに鼻腔を突いたのは、とろけるような甘い匂い。


 首元に手を回されているらしく、脱出が出来ない。

 息すら怪しくなってきた。


 ブリッドは水中に落とされたかのようにもがく。

 すると、手が何かに触れた。


 大きさは西瓜キビシュほどだろうか。

 表皮の柔らかさは、出来たてパイ以上だ。

 今まで、ブリッドが掴んだ中で「最高」と断言できるほど手触りが良い。


 少し力を入れて、押し込んでみる。

 すると、手が飲み込まれていくような不思議な弾性を感じた。

 まるでプリンに手を突っ込んだかのようだ。


「あん……」


 不意に声が聞こえた。

 なまめかしい……。

 女性の声だ。


 訳もわからず、ただブリッドは全身の血液が沸騰するのを感じた。


 手を押し込む。


「あ……ああん…………」


 また声が聞こえた。


 手に回されていた力が緩む。

 すかさず、ブリッドは顔を上げた。


 暗闇から浮上する。


 夜気が凪いだ。


 真綿のような白い髪がさっと揺れる。

 丸い月影を思わせるような黄金の瞳には、涙がにじみ、しかし安心させるように口元は薄く笑みを浮かべている。


「あ――」


 少年は言葉を失う。


 すぐ目の前に現れたのは、女性の顔だった。

 それもブリッドが今まで見た異性の中で1番と宣言できるほどの絶世の美女。


 目があった瞬間、ブリッドはそらすことが出来なくなっていた。

 魂を奪われたように、全身が弛緩するのを感じる。


 ――女神かな……。


 さもありきたりな感想を、少年は胸中で呟いていた。


 女神の口端が広がる。

 一層笑顔の色が濃くなった。


 薄い口元が動く。


「大丈夫? 坊や?」


 その声は、奏でられた楽器のように広がっていった。


次回の作者――否――ブリッドの暴走っぷりをご期待下さい。

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