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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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第58話 そして勇者の伝説は語られる[3]

 村の入口に立ったのは、青い修道服の女性だった。


「ここにもいない……」


 オーディは周りを見渡す。

 探しに来た子供の影もなかった。


 膝を折り、しゃがむ。

 大人と子供の足跡が残っていた。

 ここに来たことは間違いないようだが、その後ぷっつりと跡が切れている。


「もう……」


 腰に手を当て、オーディは子供のように頬を膨らませた。


 稽古なら自分でも付けられる自信はある。

 むろん無理は禁物なのだが、ブリッドぐらいならと思うところがあった。


 ブリッドがあの男(ヘーラ)に魅力を感じているのは、知っている。

 それが槍術の腕だけではないことは、オーディも理解していた。

 確かに、不思議な存在感がある元槍兵だ。


 1度だけ、配属された戦地を訊いたことがある。

 だが、まともに答えようとはしなかった。


 1ついえることは、ただ者ではない、ということ……。

 おそらく名の知れた槍兵だったのだろうが、「ヘーラ」という如何にも頼りない名前など聞いたことはなかった。


 おそらく偽名……。

 事実であるなら、村長がいう脱走兵というのも、頷ける話だった。


「困ったわね」


 ともかくブリッドを探さねばならない。

 村にいないとなると、森の中か、そのまた向こうか。

 子供を連れて逃避行というガラでもないだろう。


 村長に見つかる前に、連れ戻さなくてはならない。


 オーディは村の外へと踏み出す。

 その足は、たった1歩目で止まってしまった。


 息を殺し、耳をそばだてる。


 ザッと風が吹いた。

 梢が揺れ、四方からさざ波のような音が聞こえてくる。


 ――――!


 その音は微かだった。


「馬の嘶き……」


 それも複数だった。



 ◆



 汗だくになったヘーラは、枯れ葉にまみれた地面に倒れ込んだ。

 額には玉のような汗が浮かび、胸を大きく動かして、息を切らす。


「ちょっと……。はあはあ……。休憩……。……はあはあ」

「ええ……。もう……?」


 ブリッドは眉間に皺を寄せる。

 まだ物足りないと言う風に、お手製の棒を振るった。


「年寄りは労るもんだ」

「ヘーラはまだ三十路前だって、この前いってたじゃん」

「ば、ばーか。……年なんてやる気次第なんだよ。ムチムチの巨乳ねーちゃんと、洟垂れ小僧の前では、年が変わってくるの」

「そうなの?」

「そういうもん。だから、休憩……」

「ぶー」


 ブリッドは頬を膨らませる。

 一向に立ち上がろうとしない師匠に痺れを切らして、座り込んだ。


「ねぇ。ヘーラはどうして兵士になったの? ヘーラが子供の頃って、まだ“じんるいそうりょくせんごうれい”は発令されていなかったんでしょ」

「まあな……。とはいっても、兵士になって人類のために戦うのは当たり前みたいな風潮は、もうあったけどな」

「でも、ヘーラってさ。空気読まないでしょ」

「さらっと嫌味いう(ディスる)のをやめてくれない」

「だからさ。人にやれって言われて、する人じゃないでしょ、ヘーラは」

「…………」


 苦虫を噛み潰したような渋い顔を浮かべる。

 反論の余地はない。

 全くその通りなのだが、子供に言われるとカチンとくるものがあった。


「だから――」


 ブリッドの言葉を遮り、ヘーラはおもむろに上半身を起こした。

 めんどくせぇ、という風に、黒髪の頭を掻く。


「魔族に会いたかったっていったら、お前はどう思う? 信じるか?」

「信じるよ」


 ブリッドは即答した。

 逆にヘーラの方が驚き、眼を広げた。


「どうして?」


 と聞き返す。


「だって、ヘーラだもん」

「はあ……」


 大きく息を吐く。

 また頭を掻いた。


「俺の親父はさ。とある王国で、魔族の研究をしていた。魔族の死体を漁って、その強さのメカニズムを解明したり、軍に同行して、習性や生活習慣なんかを観察していたんだ」

「すごい!」

「そう感心するけど、お前……。家の中が魔族の糞だらけになったこともあったんだぞ。それを親父がにこやかな顔で、食事が置かれるテーブルで繊維の滓みたいなのを1つ1つ漁っていくんだ。正気の沙汰とは思えないぞ」

「うー。確かに、それは嫌かも……」

「だろ……。まさしく糞親父だ。けどまあ、そんなどうしようもない親父だったけど、仕事をしてる時は、子供みたいに目を輝かせてた。そういう親父の背中を見る方として、一体親父は何をそんなに楽しそうにしてるんだろうって思っちまうもんなんだ。わかるか、現在進行形お子さま」

「わかる!!」


 ブリッドはうんうんと頷いた。

 目の輝きが異様すぎて、ヘーラの方が腰を引いてしまうほどだ。


「でも……。だったら、ヘーラは魔族の研究者になりたかったんじゃないの?」

「一時はな。でも、親父の部屋であるものを見つけたんだ」

「あるもの?」

「部屋には、魔族を素描した絵がたくさん置かれてた。俺はその中の1つに心が奪われたんだ」

「へぇ……」


 感嘆の声を上げて、続話を期待する。

 しかし、ヘーラは口を閉ざした。

 何故か、ブリッドから目を反らす。頬が少し赤くなっていた。


「やっぱ……。この話はやめだ」

「えー! なんで!!」

「…………笑わないか?」

「笑わない笑わない」


 ぶんぶんと髪を揺らし、ブリッドは首を横に振る。


 気を取り直し、ヘーラは咳を払った。


「あらかじめ言っておくとな。魔族ってのは、基本的に服を着る習慣がない。上位魔族の一部の中には、人間的な習慣をまねて、着衣するものもいるが、基本的に真っ裸なんだ」

「…………うん」


 ブリッドは唇をむずむずさせた。

 話の雲行きが怪しくなってきたことを、直感的に感じる。


「で――。俺が見たものってのはな。アラクネというモンスターでな。下半身が大蜘蛛。上半身が女の姿をしているのだ」

「…………」

「でな。さっきも言ったが、魔族は服を着ない」

「くく……」

「それで何が起こるかというとだな……。――おい。大事なことなので、もう1回いうけど、笑うなよ」

「う、うん……。ぷくく」

「笑ってんじゃねぇか」

「ごめんごめん」


 謝るが、ブリッドは今にも吹き出しそうだ。

 ヘーラはしばし逡巡した後、続きを話した。


「で――。つまり、アラクネは、乳を放り出し放題になってるという状態でな」

「ぷぷぷ……。その……。アラクネに会いたくて、兵士になったの?」

「おうよ」


 ヘーラは胸を張った。


 …………くく。


 ぷふふ…………。


 あふ……。ははは…………。


「あはははははははははははははははははははははははははは!!!!」


 雛が卵の殻を破るように、少年は一気に爆笑した。


 ブリッドはお腹を抱え、転がるように笑う。

 子供の軽やかな笑声が、森の中に響いた。


「おい! こら! 笑うなって言ったろ!!」

「ごめんごめん。でも、だってさ……くくく。つまりはあれだよね。……おっぱい見たさに、兵士になったってことだよね。……痛い! お腹が痛い!」

「馬鹿野郎! それだけじゃねぇよ。人類を救うという崇高な精神の元だな」

「はいはい。ぷくくく……」

「一蹴するんじゃねぇよ! あと笑うな、くそ!」

「いいじゃない。ヘーラらしいよ。むしろ人類を救うとか言いだした方が問題だよ」

「お前の俺様像って一体どうなってんだよ」

「それにね。……気持ちはわかるよ」

「ああん?」


「僕も魔族に会ってみたい……」


 ヘーラは息を呑む。

 ブリッドが本気だとすぐにわかった。


 子供の目は好奇に輝いていた。

 同じだ。

 自分もかつてそんな瞳をしていた。

 世界のすべては“善”に見えている――そんな光だ。


 ――まったく……。こいつを見ると、思い出したくないことまで思い出す。


 そもそも自分の過去を人に語ったことなど、一度たりともなかった。

 なのに、ブリッドの前では妙に素直になってしまう。

 いや、童心に戻るのだ。

 まだ何も知らなかった子供の頃に――。


「魔族は会いたいといってアポとれるほど、生やさしいヤツらじゃないぞ」


 そんな忠告を付け加える。


「じゃあ、戦争を終わらせればいい」

「は?」

「人類と魔族が仲直りすればいいだけでしょ?」

「お前――」

「僕は魔族にも会いたいし、この森の向こうの世界にも行きたい。今は、そのために強くなろうって思ってる」

「魔族と仲良くするために、殴る力を極めるのか? 本末転倒だろ?」

「違うよ」


 ブリッドは自分の手をさする。


「魔族と同じ強さで握手をするために、強くなるんだ」

「…………」


 ヘーラは思わず呆然としてしまった。

 自分の胸ぐらいの背丈しかない子供をじっと見つめる。


 ブリッドは続けて言った。


「オーディがいつも言ってるんだ」

「巨乳ねーちゃんが?」

「魔族と戦うことよりも、争いをなくす方が難しいって」

「…………」

「そのために、正しい強さを身につけなきゃダメだって。悪い力に飲まれれば、その時は良くても……。また争いが起きるんだって」


 理想論だな……。

 ヘーラは思う。


 けど、どうしてだろうか。


 ブリッドが言うと、そんな気もしないわけでもない。

 こいつなら、あるいは……。

 変に気を持たせるのだ。


 ――いかんいかん……。


 ヘーラは首を振った。

 こんな子供に何を期待してるのだろうか。


 ヘーラは口を開く。

 たった一言、ブリッドに声をかけるのが精一杯だった。


「お前……。ホント変わってるよな」


 正しい……。

 ブリッドも、そして後押ししたオーディも……。


 それでも世界は簡単に変わらない。

 魔族の糞よりも、糞みたいな存在がこの世にはびこり過ぎている。


 女神マーリンが、天罰でも落とさない限り……。

 ジルデレーンが変わることはないだろう。


「そうかな。……ヘーラの方がよっぽどだと思うけど」

「ぬかせ」


 槍の柄の方で、ブリッドの額をこついた。


 少年はそれを払いのける。


「じゃあ、そろそろ稽――」


 ブリッドの視線がみるみる空へと上がっていく。

 その変化に、ヘーラも気付いた。


 振り返る。

 黒い煙がたなびいていた。

 煙突の排煙にしては、色が濃い。

 すると、かすかに何かが焼ける臭いが、2人の鼻腔をついた。


「まさか――」


 ヘーラは声を張り上げる。

 脳裏に、最悪を予想した。



 【本日の業務報告[回想出張版]】

 ヘーラ[ステータス]

 ちから     78【隻腕時】

 すばやさ    121

 たいりょく   98

 まりょく    55

 ちのう     82

 弱点      おっぱい!!


ブクマ・評価・感想をいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いします。

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