第5話 元勇者、初勤務なう。
改名いたしました。
いきなりややこしくてすいませんm(_ _)m
今後ともよろしくお願いします。
しかし……。広い。
ひたすら広い。
というか、広いって感想しか出てこねぇわ。
ぽつんと廊下に残された俺は、改めて魔王城を見上げた。
高すぎて見えない天井。
目が眩むほど長い廊下。
石畳みや壁に組まれた石の1つ1つもデカい。
石というよりは、岩だ。
ありきたりだが、なんだか小人にでもなったような気分だ。
前に潜入した時、そんなに気にならなかったんだがな。
そりゃそうだろ。なんて立って、昔と今じゃここにいる理由まるで正反対なのだ。
以前、勇者。今は、バイト。
魔族をぶっ殺すためにやってきた城の床を磨くことになるなんて、おそらくどんな占い師でも予言できなかっただろう。
「はあ……。やるか……」
1つ息を吐き、俺はモップを水の張ったバケツに突っ込む。
軽く絞って、石畳を磨き始めた。
少しして気付く。
――これ……。十年で終わるのか?
もう1度、魔王城の廊下を見つめる。
しかし……。広い。
ひたすら広い。
同じ感想を呟いてしまうほど、呆然とした。
当たり前だが、魔王城は今目の前にある廊下だけではない。
千の部屋に、万の廊下があるといわれるほど広く、しかも複雑に絡みあっている。さらに隠し部屋などを入れると、その限りではない。
10年どころの話ではない。
100年経っても、終わるとは思えなかった。
10年適当に働き、借金を返し、小金を持ちながら、余生を面白楽しく過ごす俺の計画がご破算だ。
むろん、10年経ったら、情け容赦なく辞めれば済むことなのだが、相手は魔族だ。人間の常識が通用するとは思えない。まだ利口そうなドランデスですら、ああなのだ。
鎖に繋いででも、俺を終身雇用させるかもしれない。
それこそ死ぬまでだ。
【元勇者が魔王城の激務の果て、ストレス死!?】
なんて身だしなみが踊った日には、恥ずかしくて地獄にもいけねぇ。
――くそー。やっぱ辞めるか。
だが、あの日給は捨てがたい。
というか、天文学的数値の借金を返すためには、ここで働く以外に方法はない。
俺は様々なことを考えながら、結局床を磨いた。
単純作業って色々考えちゃうよね。
しっかし、汚ねぇ。
思ってた以上だ。
唾の跡。
土足の跡。
これなんかなんだ? 菓子の屑か?
それにしてはデカすぎる。俺の拳ぐらいはあるんじゃなかろうか。
まず掃き掃除をした方が良さそうだ。
俺はロッカールームに戻って、ちりとりと箒を持ってくる。
掃除道具は一通り揃っていた。
ないのは、一瞬にしてゴミを吸い取ってくれるような未来の道具みたいなヤツだけだ。もちろん吸引力が衰えないヤツな。
ゴミ袋もちゃんとあった。
やたらと伸縮性がいい。しかも薄い。中まで透けて見えるほどだ。
きっとこれも、魔物の体液かなんかを固めたものなんだろう。
訊いたら、仕事が嫌になりそうだから訊かないけど。
どうせ蜘蛛女が尻から出した糸なんだろう。
そういうと、なんかエロいな。ゴクリ……。
単純作業って色々考えちゃうよね(2度目)。
菓子屑をゴミ袋に入れていく。
今日のところはロッカールームの周りぐらいは綺麗にしたいものだ。
しばらく作業すると、だいぶ片づいた。
なかなか気持ちいい。
俺は汗を拭った。
ごごごごごごごごごごごごごごごごごご……。
いきなり地響きが鳴り響いた。
薄暗い廊下に光が差す。
何事かと思い、俺は振り返る。
観音開きの城門が開いていく。
ヌッと顔を出したのは、巨大な龍の顔だった。
手をかけ、重厚そうな門を自分の力で押し開いていく。
現れたのは、長い龍の顔を持った人族だった。
つまり、頭の上は龍。身体は人間に近い形状をした魔族というわけだ。
龍顔族。
龍族と魔族――それぞれの亜種で、人類の中では魔族と認識されている。
高い知能、高い戦闘力、高い耐久性の三拍子がそろっており、その力を買われて魔王城周辺の護衛を任されている種族だ。
その中にあって、一際首が長く、大きな龍顔族がいた。
他の龍顔族が鉛色の鎧なのに、そいつは金の鎧を装備している。
持ち手に握られた戦斧も、かなりデカい。振り下ろすだけで、魔王城の城壁を1発で崩せそうだ。
「今日の見回りはきつかったですな。ルゴニーバ様」
龍顔族の1人が、商人のように手揉みしながら、ご機嫌を窺う。
俺は台詞の中にあった名前に反応した。
――ルゴニーバ? なんか訊いたことあるな。
金ぴかの鎧を纏った黒い龍顔族のことだろう。
黒――。
「あ! 黒龍のルゴニーバか!」
俺はごく自然に指をさして、名前を呼んでいた。
――あ。しまった……。
反省した時にはもう遅かった。
龍顔族の瞳が、魔力の籠もった石のように光る。
「なんだ? こいつは?」
「人間じゃないか!」
「何故、こんなところに人間がいるのだ!」
「それよりも今こいつルゴニーバ様のことを尊称も付けずに叫んだぞ!」
「なんと恐ろしい……」
「うるせぇ! お前ら! オレ様に喋らせやがれ!!」
ルゴニーバは長い首を上に向け、叫んだ。
口々に騒ぐ部下を押しのけ、俺の前へとやってきた。
鼻息をふんと拭くと、煙のようなものを吐き出す。
ちなみに、こいつは龍顔族でも珍しいタイプで、火が吹ける。
体内に宿る火袋が引火したいみたいに、赤い瞳を炎のように燃え上がらせていた。
ルゴニーバは首を下ろし、俺の方へと向けた。
舐めるように見つめる。
実際、チロリと舌を出して、威嚇した。
「貴様、人間だな」
「まあな」
「まあな?」
「あ。そうです」
俺はルゴニーバの部下よろしく揉み手に愛想笑いを浮かべた。
数年前ならまだしも、あっちは雇い主の部下で、こっちはしがないアルバイターである。どっちが立場が上かなんて、さすがの俺も心得ている。
「なんでここにいる?」
ルゴニーバの声はやたらと大きい。
そして息くさい。
魔王城の清掃の前に、こいつの口内を清掃してやりたい気分だ。
頼むから、あと1歩下がってくれない?
「今日から雇われたアルバイトです」
「アルバイト? アルバイトってなんだ?」
ルゴニーバは首を巡らす。
部下に尋ねたが、答えは返ってこない。
結局、獣臭がする口は、俺の方に戻ってきた。
「えっと……。この魔王城を掃除する仕事です」
俺は余計な文言は省いて、馬鹿でもわかりやすい説明をした。
すると――。
「プッ――! くあははははははははははははは!!」
大声で笑い出す。
釣られるように部下も笑った。
うるさいのなんのって。
耳を塞いでも聞こえるぐらいだ。
これで俺の耳が聞こえなくなったらどうすんだよ。
あ。そういえば、労災っておりるのかな?
などと心配していると、再び龍の顔が戻ってきた。
「魔王城を掃除するだと。一体誰にそんなことを命令されたのだ」
「ドランデス様ですが」
――――!!
ピンと緊張の糸が張る。
先ほどまで騒々しかった空気が、一瞬にして硬質化してしまった。
龍顔族の顔は笑っていたが、その声は時が止まったかのように停止する。
代わりに大量の汗が浮かんだ。
ルゴニーバにしても明らかに表情が違う。
眉間というか――目と目の間に深く皺を作って、俺を睨んだ。
「本当だろうな」
「嘘なんてそんな……。なんだったら、ドランデス様にご確認を」
「チッ」
舌打ちする。
ルゴニーバは首を持ち上げた。
ようやく臭気地獄から解放される。
さすがはドランデスだ。
名前を出すだけで効果絶大。
それもそうだ。
ルゴニーバはドランデスの側近の1人。
上司の命令ならば、従わざる得ない。
と――。
思ってた時期が俺にもありました……。
突如、轟音が鳴り響いた。
魔王城の壁の一部が崩れる。
巨大な岩が次々と落ち、石粉が舞い上がった。
何事かなど問うまでもない。
ルゴニーバが突然、戦斧で魔王城の一部を壊したのだ。
やがて地鳴りは止む。
煙が落ち着いた頃、ルゴニーバの赤い眼が俺を捉えた。
「おい! アルバイター」
「は、はあ……」
「ゴミだ。掃除しろ?」
――は゛あ゛?
通常の俺なら真っ先に凄んでいたところだろう。
いや、普通に手を出していたかもしれない。
だが、俺は堪えた。
どこでどう実装されたか、自分でも検討が付かない愛想笑いを浮かべている。
「はあ」
実に、やる気のなさそうに返したのは、せめてもの抵抗だ。
ルゴニーバは再び戦斧を振り上げる。
また壁の一部が崩れた。
「聞こえなかったか、アルバイター」
聞こえてるよ。お前の声はすっごいデカいし。
あと、アルバイターって呼ばないでくれる?
なんか覚えてたての専門用語をひけらかしたい子供みたいだぜ、お前。
――っていえたら、さぞかし気持ちいいだろうなあ。
そう思いながら、俺が我慢する。
「お前、ドランデスに命令されてやってるんだろ?」
「はあ」
「俺はそいつの部下だ。つまり、お前は俺の部下でもある」
お前がドランデスの部下だってよく知ってるよ。
てか、その説明なに?
「だ。」と「つ」の間に、一体どんな理論が展開されたんだよ。
「さあ、片づけろ! アルバイター。働け」
にやりと笑う。
まさに蛙を睨む蛇のごとくだ。――あ。こいつ龍だっけ。
さあて。どうすっかな……。
【本日の業務日誌】
龍顔族があらわれた。
龍顔族の先制攻撃。
くさい息を吐いた。
本当に臭かった。
今朝のハイファンタジー部門で日間59位でした。
評価・ブックマークしていただいた方、本当にありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします。
次は夜の予定です。