第55話 そして勇者の秘密は語られる。
今日はちょっと短めです。
「返・済・金?」
マリンは小首を傾げた。
綺麗な白髪が揺れる。
垂れた髪は、黒い衣に重なった。
まるで深夜に降る雪のようだ。
帯の上に乗った胸は、「巨乳です! どうですか!」と無言の主張を繰り返す。
黄金色の瞳を、一層丸くし、マリンは俺を見つめていていた。
改めて紹介しよう。
彼女の名前は、マーリン・ゴールド。
俺の借金取りにして、勇者の力を与えてくれた――。
ジルデレーンの女神だ!
こんな可愛い子が借金取り?
それもジルデレーンの女神?
お前、何言ってんの?
設定盛りすぎなんじゃないの?
そんなマヌケ――失礼――呆気にとられた顔が見えるようだぜ。
しかし事実だ。
はっきり言おう。
こいつがいなかったら、俺は勇者にはなれなかった。
さらにいえば、ジルデレーンは未だに魔族と戦争していたかもしれない。
いや、それならまだいい。
もしかしたら、人類は魔族に屈していたかもしれない。
そんなプロフィールを持つお方が、今目の前にいるマリンなのだ。
ジルデレーンの影の勇者と言っていいだろ。
で――。
そんな女神様に俺がなんで借金をしているかというと、理由は簡単だ。
――――――――――――――――――――――――――エンという天文学的な値。その借金のほとんどが、この女神から買った聖剣やら魔法道具の使用料なのだ。
つまり、俺は戦時下で使った聖剣の使用料を返すため、アルバイトを始めたというわけだ。
決して、飲んだくれたり、博打で負けが込んで借金したわけじゃない。
それなりに理由があったのだ。
わかった!?(念押し)
ようやく理由を暴露できた俺は、今一度マリンを見つめた。
笑っているか、泣いているか、憎悪を振りまいているかだった女神の顔が、いつになく真剣になっていた。
終いにため息まで吐く始末。
元がいいから、妙に色っぽく見えてしまう。
「ダーリン……。まだそんなことを言ってるの?」
マリンの声音は、どこか辟易としていた。
自然と肩も下がっているようにも見える。
「でも、お前いったじゃん。『もしお金で返すなら、――――――――――――――――――――――――――エンだって』。だから、俺……。仕事も始めて」
「マリンが言ったのは覚えてるよ!」
マリンの語調が強まる。
やや苛立たしげに、自分の長い髪をいじくり回した。
「でも……。マリンはもうダーリンから代償はもらってるんだよ」
「それは知ってる。けどよ。お前はそれでいいのか?」
「少なくとも、聖剣やら宝武具を与えた件については……。でも、しいていうなら」
「しいていうなら……?」
「ダーリンと結婚してないってこと……」
や、それはちょっと……。
「ねぇ。ダーリン、マリンと結婚しよ」
そう言った時のマリンの瞳は濡れていた。
唇を震わせ、少女は哀願したのだ。
俺の動揺は一瞬だった。
何度と受けてきた逆プロポーズなのだ。
マリンは続ける。
「マリンはダーリンのすべてを知ってる。ダーリンのすべてを理解できている。この世で唯一の女の子なんだよ。……きっとダーリンを楽しませることが出来る。保証する。だから――」
マリンと結婚して……。
女神の哀切は、激流のように紡がれた。
「…………」
俺は沈黙した。
ただじっと真剣な表情のマリンを見つめた。
彼女は本気なのだ。
いや、いつだってそう……。
ふざけてなどいない。
全力で一生懸命な女神であり、女の子なのだ。
正直に言う。
彼女の言うことはすべて本当のことなのだ。
おそらくこの世で唯一彼女こそが、俺のすべてを知り、すべてを理解できる女性。
さぞかし、マリンとのハネムーンは楽しいだろう。
なんの気兼ねもなく、なんの後ろめたさもなく、そしてなんの隠し事もなく、接することが出来るのは、真実として――今目の前にいる女神だけなのだから。
「マリン……。素直にいうと、嬉しい……」
「だったら――」
マリンは袖の下をあさる。
またあの『婚姻届』を広げようとした。まだ持っていたらしい。
俺は首を振る。
「それは出来ない」
「なんで、どうして!?」
断言する。
別にマリンがめんどくさい女だからとかそういう意味ではない。
確かに、その愛に重たさは感じる時もある。
でも、俺にとって彼女は、出会った時からどストライクで、好意を抱くに足る十分な魅力を秘めていることは確かだ。
それでも、俺が彼女の逆プロポーズを断る理由。
それは――。
ガタン!
突然、マリンは立ち上がった。
涙に濡れた頬を振り乱し、挑みかかるように机に乗り出す。
そして叫んだ。
「わかってるの? ダーリンはもうすぐ死ぬんだよ!!」
黄金色の瞳を赤くし、奥歯をぐっと噛みしめる。
事実に対する絶望に、渾身の力を込めて抗っているように見えた。
そう――。
それも事実だ。
俺はもうすぐ死ぬ。
おそらく4つ節季が巡る頃。
元勇者は……。
ブリッド・ロッドは死ぬのだ。
「そんなことになったら……。マリンはどうしたらいいの?」
手で何度も涙を払いながら、マリンは嗚咽を上げた。
人の気がなくなった店内で、女神の声だけが響く。
遠くの方で、女性店員と店長が呆然と光景を見つめていた。
俺は腰を浮かす。
自ら彼女の側に座った。
小さな頭を胸に引き寄せる。
白い髪を梳くように何度も撫でた。
子供をあやすように。
「うわぁぁぁああああんん……。うううあああぁぁぁぁんん……」
それでもマリンは泣き止まなかった。
突如、ポーンという音が鳴る。
振り子時計が時間を示していた。
懐かしい音だ。
俺は顔を上げる。
ふと目に浮かんだのは、懐かしい故郷の空だった。
【本日の業務報告[休日出張版]】
ブリッド・ロッド【ステータス】
ちから MAX
すばやさ MAX
たいりょく MAX
まりょく MAX
ちのう MAX
状態 来年の勇者祭までの命
しばらくマジモードな話が続きますが、お付き合いいただければ幸いです。
作品の1つの谷場なので、作者も全力で描いていこうと思っていますので、
よろしくお願いします。




