第54話 元勇者、天敵と遭遇す。〈後編〉
「はむはむ……。うーん! あまぁぁぁぁい!」
目の前に現れたのは、巨大なパフェという代物だ。
大きなガラスのグラスの中には、アイスクリームやチョコレート、シリアルが入っている。その1番上には、大きな苺が乗っていた。
マリンはスプーンで苺をすくい取り、口の中に入れる。
幸せそうな笑みを浮かべた。先ほどまで仏頂面が嘘のようだ。
どうやら機嫌を直してくれたらしい。
これを作った店側の苦労が、少しは報われるというものだろう。
「はい。ダーリン」
マリンはスプーンを差し出す。
高価な銀で作られたスプーンの上には、大きなアイスクリームの塊が乗っていた。
「おい。そんな一気に――」
「あーん」
「いや、ちょっと……」
「アーン」
声音を変えるな!
「わかったわかった。食べるから!」
俺は出来るだけ大きな口を開けた。
ふふふ、と笑みを浮かべ、マリンはアイスクリームを突っ込む。
ふむ。……確かに甘い。なかなかうまい。
けど、寒い。
当然だ。
今、ここら辺は勇者祭が終わったばかりの『灰色の節季』。
この季節はぐっと気温が下がる。
いくら喫茶店内は暖炉の火で暖められているとはいえ、アイスクリームを食べるにはちと早い節季なのだ。
「美味しい?」
「う、うまい」
それでもにこやかに返さなければならない。
そう――。俺にはそうする――いや、しなければいけない理由があった。
「な、なあ……、マーリン」
「むぅ」
後光すら感じられたマリンの笑顔が、落日のように消えていく。
大きく頬を膨らませ、白い顔は赤くなった。
「ダーリン!」
「は、はい!!」
「その名前は禁止っていったでしょ! 覚えてる!?」
「ははは、はい! 覚えてます! ……でも、ま、マーリンって名前もかわいいと思うぞ」
「ふん!」
「す、すいません! マリンちゃん」
「マーリンって名前は。なんか男の名前みたいで嫌なの。前にも行ったでしょ。あとちゃん付けも禁止。マリンって呼び捨てで呼んで。その方が夫婦感があるから」
め、めんどくせぇぇえええ……。
てか、俺たち夫婦でもなんでもないんだが。
俺的に他人以上友達未満な関係だと思ってるんだけど。
俺は気を取り直した。
声の調子を取り戻そうと咳を払う。
先ほどのアイスがまだのど元に残っていたらしく、舌の根に甘い味が広がった。
俺はひっつくマリンから逃れ、向かいに座る。
「どうして向かいに座るの。一緒に座りましょ」
教えてやろう! 俺はお前と恋人でもなければ、夫婦でもないからだ!
ああ、言いたい! 面と向かっていいたい!
でも、俺には自重しなければならない理由がある。
それがなければ、今すぐにでも高飛びするのに!
そんな言葉が喉まで出かかる一方、マリンは何やらごそごそと袖の下を漁りはじめた。
「そうそう。マリンね。ダーリンに見せなければならないものがあるの」
「へ?」
すると、机に広げたのは、大きな紙だった。
見たことがない材質だ。
麻でもなければ、植物の繊維というわけでもない。
触ってみると、やたらとなめらかだった。
おそらくジルデレーンで流通しているものではないだろう。
紙の上端には、こう書かれてあった。
婚姻届
なんだ、この字? それとも模様?
やたらと画数が多いっていうか。
どうやって書くのかもわからんぞ。
遠目からみたら、黒い塊にしか見えないんじゃないか?
書かれているのはそれだけではない。
四角が無数に描かれ、中に似たような字か模様かが記載されている。
端には豆粒ぐらいの――俺ですら目をこらさなければ見えないような――文字も書かれていた。
俺は指さす。
「これはなんだ、マリン」
「ジルデレーンで言うところの婚姻届よ」
……………………。
気化した血液が、全身の毛穴から出ていっているのではなかろうかと思うほど、血の気が引いていくのがわかった。
「ナ、ナンノコトデスカ?」
かちかちになった顎を動かし、首を傾げた。
「やだわ、ダーリン。私たち、結婚するんでしょ」
「いつ? いつ決まったの」
そんな恐ろしいこと!!
「今よ。今――」
「ちょ! 待て待て待て待て! プロポーズも何もしてないぞ!」
「ええ……。今からしてくれるんでしょ。ダーリン」
キラリン、と目を光らせた。
マジだ! マジの目だ。
あらかじめ断っておくが、俺はただ単に呼び出されただけだ。
故に、深紅のバラも、給料90日分の結婚指輪も用意していない。
呆気にとられていた俺だったが、すぐに気を取り直した。
いや、なに……。
こんなやりとり。マリンとは日常茶飯事なのだ。
これぐらいで精神の安定を取り戻せないほど、俺のメンタルは弱くない。
これでも弱耐性スキルも、精神感応スキルもMAXレベルの元勇者様なのだ。
小娘1人が婚姻届を突きつけてきたところで、動揺するはずなどない。
俺は顔を上げた。
「なあ、マリン……。おでたちぱいが――」
かみまみた……。
Take2。
「なあ、マリン……。俺たちの愛がこんな紙切れで左右されてどうする? こんなものはなくても、俺たちの心は一緒のはずだろ?」
「ダーリン!」
自分で言ってて血でも吐き出しそうな台詞に、マリンは目を輝かせた。
若干潤んでもいる。
両手を組み、まるで神に祈るように告解した。
「ダーリン……。マリンが悪かったわ。そうね。私たちのブラックホールよりも深く、深宇宙よりも広い愛は、こんな紙切れで測れるものではないですものね」
あ、うん……。
てか、ぶ、ブラックホール? 深宇宙?
なに……。なんか物騒な響きなんだけど。
と、ともかく納得してくれたらしい。
「そ、そうか。じゃあ、この紙切れはもういらないな」
「そうね! 店ごと燃やしちゃいましょう!」
やめんか!
店になんか恨みでもあんのかよ!
というか、お前がオーナーだろうが!
「と、とりあえず、婚姻届は俺が預かっておく」
「わかったわ」
ふふふ……。
今度、アーシラちゃんに見せて、アピールの材料とするのだ。
この婚姻届は、ジルデレーンでは使えないけど、今度本物の婚姻届をもらいに行こう、とかなんとか言って。
いやー、なんか照れるな。
「どうしたの、ダーリン。顔が赤いよ」
「な、なんでもない。ま、マリンとの今後のことを思うとね」
「キャ! 嬉しい!」
すると、マリンロケットは発射された。
向かいにいる俺にダイブする。
再び首に巻き付き、俺の息を奪った。
俺の頬に自分の頬を当て、猫のようにスリスリしてくる。
「むっふっふっふー。ダーリンの臭いがする」
そりゃそうだろ。
なんて言ったって、本人だしな!
てか――ぐ、ぐる゛じい゛……。
横からひそひそとカップルたちの声が聞こえる。
いそいそと会計をはじめる客もいた。
そ店員が平謝りをしている。
気がつけば、店内にいるのは、俺たちだけになってしまった。
なのに、マリンは全く人の目を気にしない。
さらに身体を押しつけてきた。
そして、プリン! プリンだ……。
おそらく知る中で、最大最強の巨乳が俺を押さえつけていた。
すっげー柔らかいの。
てか、この性格がなければ、今からでも教会へ行って、ゴールインしたくなるほど、マリンの胸はデカいのだ。
血管が一気に沸騰し、パワーが下腹部へと集中する。
ぐあ! やめろ! そんな元気、俺はいらねぇ!
「ぷはっ!」
俺は力尽くでマリンのホールドから逃れる。
命からがら向かいの席に逃れた。先ほど、マリンが座っていたぬくもりが残っている。
「もう! ダーリン! 逃げないで!」
俺が逃げたのを確認すると、マリンは再びロケットの発射体勢に入る。
だが、俺が直訴状を掲げるかのように手を挙げた。
「待て! マリン! 俺からも話がある」
「なになになに? プロポーズ? きゃ!」
1人で盛り上がるマリンを横目に、俺は席の側の鞄を拾い上げた。
木のテーブルに置く。
やたらと重く、存在感があふれた皮の鞄は、俺には見慣れたものだった。
対して、マリンは首を傾げている。
その反応は当然だ。
贈り物にしては味気がなさすぎるし、ブランド物というわけでもない。
俺は鞄を開く。
詰まっていたのは、目映いばかりの金貨だった。
マリンの瞳が、光を受けて一層輝く。
やがて、俺の方に向けた。
「ダーリン」
その瞳は少し潤んでいた。
「わかってくれたか、マリン」
「うん。ありがとう」
涙を払う。
「別に……。責務だからな」
「まさかダーリンがここまで考えていてくれてたなんて」
「いや、そりゃあ。考えてるだろ。そのために仕事を始めたんだし」
「うん。じゃあ、大事に使うね」
「何に使うのかは知らんが、ご利用は計画的にな」
「何いってるの、ダーリン? これは結婚資金でしょ」
「なんでそうなるんだよ!」
思わず俺は机を叩いてしまった。
マリンはビクリと肩をふるわせる。
そして小首を傾げた。
「違うの?」
「違うに決まってんだろ! わからないのか? このお金は――」
お前に借りた借金の返済金だ!
店内に響くほど、俺は目一杯声を張った。
マリンは丸い瞳を数回瞬かせる。
きょとんとしていた。
そうだ。
何を隠そう……。
今、俺の目の前にいる娘こそ、俺の天敵にして、唯一頭が上がらない存在。
元勇者の借金取りである。
【本日の業務報告[休日出張版]】
マリンの正体は、借金取りだった。
マリンの【ステータス】
ちから 勇者を絞め殺せるぐらい
すばやさ 勇者が逃げられないぐらい
たいりょく 勇者が根をあげるぐらい
まりょく 後ろからオーラが出るぐらい(黒)
ちのう 勇者が呆れるぐらい
【宣伝1】
延野デビュー作『0.000000001%デレない白い猫』が各電子書籍サイトにて、各巻120円とお求め安くなっております。『元最強勇者(ry』がお好きな方は絶対好きになる作品ですので、是非ともこの機会にお求めください。
【宣伝2】
みやこめっせ様で開催されます第一回文学フリマ京都に出店いたします。
既刊本に加え、使用したプロット、メインキャラの設定書などをお付けする予定ですので、是非とも【くー8】にお立ち寄りください。




