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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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第53話 元勇者、天敵と遭遇す。〈前編〉

お待たせしました。

 自分でも言うのもあれだが、俺は結構強い。


 それは心が強いとかじゃなくて――いや、精神ももちろん強いのだが――有り体にいえば、腕っ節が強いということだ。


 ジルデレーンを1周したところでガチで対抗できる戦力は、魔王ぐらいなものだろう。


 油断も慢心もしていないが、はっきり言って無敵である。


 そんな俺でも天敵という者が存在する。


 万物には何かしら弱点というものがある。

 すなわち火に水。

 もしくはセイバーにアーチャー。

 あるいは、拳骨親父にかみさんといった具合だ。


 元勇者である俺も例外ではない。


 そして、どういう因果か、俺は今日そいつと会う約束をしている。

 弱点である存在と会うなど、愚の極みといわざる得ない。

 それでも、会わねばならない理由があった。


 待ち合わせは、村にある喫茶店だった。

 最近できたらしく、どの調度品も真新しくピカピカだ。

 特に気に入ったのが、ソファのような長椅子。

 ふかふかしていて、くつろぐのにはもってこいの代物だった。


 その恩恵かどうか知らないが、客の入りも上々。

 ウッド調の店内の雰囲気もいいからだろう。

 天井からぶら下がったシャンデリアの下で、カップルが向かいあったり、長椅子で肩を寄せ合ったりしながら、食事を楽しんでいた。


 デートスポットとしては悪くなさそうだ。

 今度、アーシラちゃんを誘ってみようかな。


 宿での一件について、まだ謝ってないし……(※第51話参照)。


 しかし……。

 どうしてこんなところに呼び出したんだ、あいつは。

 周りがカップルだらけで落ち着かないんだが。

 てか、普通に羨ましい。


 俺は店員の視線に負けて、4杯目の紅茶を頼むのだった。


 そんな時だ。

 ヤツが来たのは。


 扉についたカウベルが鳴る。

 俺は視線を向けた。

 入ってきたのは、黒眼鏡をかけた女だった。


 真綿の雪のような白い髪。

 肌も白く、黒基調の服装が一層際立たせていた。

 その服も一風変わっている。

 足元まですっぽりと覆うような長衣を何枚も重ね、その上から太い帯で絞めている。ジルデレーンはあちこち行ったが、はじめて見る衣装だった。

 黒基調とはいったが、花や鳥の刺繍が入っており、全体的に派手な服装になっている。


 思わず仰け反ってしまうような服装の麗人。

 実際、対応した店員は、なんとか営業スマイルを作っていた。

 麗人は何事か質問する。店員が俺の方に手を向けるのが見えた。


 ささっ!


 俺は反射的に机の下に顔を隠す。

 だが、時すでに遅し……だった。



「ダァァァァァアアアアアアアリィィィィィイイイイイイインンンンン!!」



 奇声が店内にこだます。

 何事か顔を上げたのが、運の尽きだ。


 視線を上げた瞬間、麗人が飛んでいた。

 ゆるやかな袖の部分をはためかせ、矢のように飛来してくる。


 何故か、腕をクロスさせて……。


 回避しようとしたが、遅かった。


「ぐうぇ!」


 潰れたカエルみたいな声を上げる。

 ちょうどクロスした腕の部分が、俺の喉元を直撃したのだ。


 そのまま俺たちは長椅子に雪崩れ込むようにして倒れる。

 下になった俺は強かに頭をぶつけた。


「痛ててて……」


 頭を撫でる暇さえなかった。

 片目を開けると、麗人の姿が見えた。

 懸けていた黒眼鏡を取る。


 現れたのは、クリッとした丸い黄金の瞳。

 全体的に幼い少女の顔だった。

 フィアンヌと同じ性質ではあるが、あいつはまま(ヽヽ)子供なのに対して、こっちはどこか大人の色気が漂ってくる。

 服装のせいだろうか。


 顔が段々と近づいてくる。

 否――。

 すでに首筋に回された腕によって、飛んでもない力で俺は引き寄せられていった。


「ダーリン、会いたかったわ!」


 目一杯抱きつく。


「ふ! うぐっ!」


 息が止まる。

 しかし、尚も少女は俺を抱きしめた。

 骨が軋むのが聞こえる。

 みるみる自分の顔から気色がなくなるのがわかった。


 俺は少女の背中をパンパンとタップするものの。


「まあ、ダーリンも私と会えて嬉しいのね。マリンも嬉しいわ!」


 一層強く絞めてくる。


 違う違う! そういうことじゃないの!

 絞まってる! 呼吸できないの! お願い! だから離れろ!!


 元勇者、絶対絶命のピンチだった。

 いっそ聖剣を呼び出して薙ぎ払いたいのだが、詠唱すら許してくれない。


 そもそも……。

 こいつに効果(ヽヽヽヽヽヽ)があるかどう(ヽヽヽヽヽヽ)かは使ってみ(ヽヽヽヽヽヽ)ないとわから(ヽヽヽヽヽヽ)ないが(ヽヽヽ)……。


 勇者のピンチに駆けつけてくれたのは、相棒の美少女戦士――。

 ではなく、女性店員だった。


「あの~、お客様。誠に恐れ入りますが、他のお客様の迷惑にもなりますし、店内でそういうことは――」


 なんとも申し訳なさそうに断ってくる。

 謝りたいのはこっちの方だ。店員の腰の低さに涙が出てきた。


 すると、その店員の忠告が効いたのか。

 大蛇の如く巻き付けられていた腕の力が緩む。


 自らをマリンと呼ぶ少女は、すっと俺から離れていった。


 ぷはぁ――ようやく息が出来たぜ。


 マリンは立ち上がり、店員と対峙する。

 サッと白髪を掻き上げ、目の前の異性を睨んだ。

 この時、すでに店員は及び腰だ。

 なんとか営業スマイルで乗り切ろうとしているが、落城寸前だった。


「あなた……。マリンがここの店のオーナーだって知ってる?」

「え? ええ?」


 え? ええ??


 店員は恐れを通り越して、驚いていた。同じく俺もだ。

 ホントですか? と言う風に、俺の方に視線を向ける。


 俺はぶんぶんと首を振った。

 悪いけど、俺も初耳だ。てか、知るわけがない。

 そもそもここに来たことも初めてなのだ。


 だが、勇敢にも俺を助けてくれた店員に援護射撃をしてやらねばならんだろう。


「な、なあ……、マリン。変な嘘はつかずに、紅茶でも飲も――――」

「ダーリンは黙ってて」


 あ、はい……。


 援護射撃は虚しく不発に終わった。

 俺は縮こまり、無意識に長椅子の上で正座する。


「ちょっとちょっと! 君ぃ! オーナーに何をしてるんだ!」


 飛んできたのは、壮年の男だった。

 喫茶店の店長らしい。


 マリンに向かってペコペコと謝り始めた。


 ちょっとちょっと! と言いたいのはこっちの方だ。

 マジでこいつがオーナーなのか。


「店長……。ちょっと店員の躾がなってないんじゃないの?」

「すみません。申し訳ありません。失礼いたしました。お詫び申し上げます」


 店長は平謝りだった。

 謝りすぎだろ。どんだけ、オーナーが怖いんだよ。

 てか、躾て! 犬か!? そこは社員教育だろ。変な意味に聞こえるじゃないか!


「気が収まらないわ。……この子」


 マリンの黄金色の瞳が、赤く光り始めた。

 にぃ、と口角を上げる。


 店員と店長は恐れ戦き、何度も頭を下げている。


 コロシチャオウカシラ……。


 喉の奥から聞こえてきた声は、まるで呪詛のようだった。


「やめんか!!」


 反射的にマリンの後頭部をひっぱたいた。


 赤い光が収縮する。


 くるりと振り返った。

 俺は思わず仰け反る。

 怒っているのかと思いきや、マリンは涙目になっていた。


「ダーリンがたたいた」


 ぽつりと呟く。

 口をへの字に曲げ、目に溜まった涙は今にも決壊しそうだ。


「あ……。その……。わりぃ、つい――。てか、お前も悪いぞ。だって、人間に魔眼を使うなんて」

「ダーリンがたたいた」

「わ、悪かったって。すまん。ごめん。ごめんなさい」


 今度は、俺が謝りに謝った。


「機嫌なおしてくれよ。さ。一緒に紅茶飲もうぜ」

「……わかった」


 なんとか取り直してくれたらしい。

 すとんと長椅子に座った。

 もちろん、俺の隣にである。


「ダーリン……」

「あ、ああ……。なんだ?」

「頭を撫でて」

「……! あ、わかったわかった」


 頭を撫でてやる。

 白い髪は滑らかで触り心地は抜群だ。

 フィアンヌの尻尾といい勝負だ。


 それでもマリンは一向に下を向いたままだった。

 ぶー、という感じで頬を膨らませ、機嫌がなおる気配すらない。


「いい店だな。……お前がオーナーなのか」

「そうよ。ダーリンとデートするために作ったの」

「え゛?」


 笑顔のまま、俺は固まった。


 すると、視線を感じた。

 まだ席の横に立っていた店員たちだ。


 オマエカ……。オマエガキッカケカ!


 何か恨めしそうに見つめてくる。

 いやいや……。そんな目で見られても、寝耳に水なんだが……。


 俺はただ苦笑で返すしかなかった。


「な、なあ……。注文しようぜ! 何がいい?」

「じゃあ、苺パフェ……。ジャンボサイズで」


 苺はわかるが、パフェってなんだ?

 まあ、いいや。


「そのいちごぱふぇを1つ!」


 俺は指を一本立てる。


 店員と店長は深々と頭を垂れて、去っていった。

 その背中に向かって、マリンは追加注文をする。


「あとナッツね。最高級のヤツ……」


 店員が振り返ると、マリンの目は再び赤く光っていた。

 2人はシャキンと背筋に剣でも差し込んだように直立する。

 慌てて「はい」と返事をすると、店員たちは奥へと引っ込んでいった。


 お願い……。

 1人でやるのは良いけど。

 俺を巻き込むのはやめてくれ。


 どうやらアーシラちゃんと店でデートすることは、敵わぬ願いになったようだ。


 俺は背もたれに背中を預けると、マリンの髪をなで続けた。




 【本日の業務報告[休日出張版]】

 元勇者は、天敵と出会った。

 喫茶店の店員の好感度が10下がった。


後編(明日)へ続く……(CV キートン山田)


マリンについては、次回。

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