第52話 ドランデスは勇者の夢を見るのか。
またいつもと違いますが、過去のお話がメインです。
わたしの名前は、ドランデス。
【嵐龍】といわれ、四天王の一角を担う存在。
魔王様の秘書を仰せつかっております。
魔族ではありますが、わたしも人類と同じように夢を見ます。
高度な知能を持つものであれば、どんな種族にもある現象です。
故に、今日のお話は夢の話。
わたしが最近見る、忌々しく――そして後悔に満ちたお話を、ご紹介いたしましょう。
……最近、わたしは同じ夢を見ます。
かなりの頻度で。
何故かはわかりません。
ただ1ついえることは、あの方がアルバイトとしてやってきた日からということ。
その夢の書き出しはいつもこうです。
――激しい剣戟が空間全体に響いていた。
◆
激しい剣戟が空間全体に響いていた。
音の凄まじさと相まって、爆発的な衝撃波が巻き起こり、大気をかき回す。
崩れた高い天井。折れた大柱。捲り上がった石畳。
薄暗い室内は半壊寸前だ。
まるで鬼神同士が争ったかのように、あるいは竜巻と地震が同時に襲いかかってきたかのように、荒れ狂っている。
争っているのは、2つの影。
1匹は鬼のように角を生やし、尻尾を振るう男装の竜の御子。
もう1人は人間――全身をフルメイルで覆い。黄金色の剣を握った騎士。
1匹と1人は、目にもとまらぬ速さで、1合1合を積み重ねていく。
2つの存在にあるのは、闘争のみ。
衝撃波が巻き起こり、室内が崩れても気にはしない。
血煙が吹き出しても、速度が変わることはない。
攻撃を繰り出し、あるいは破るの繰り返し。
防御はなく、1匹と1人は壮絶な打ち合いを数刻もの間続けていた。
「ぐあっ!!」
魔獣の咆吼のような雄叫びを上げたのは、竜の御子だった。
すでに着ている執事服はぼろぼろ。
チェーンの付いた眼鏡の半分も割れている。
口から鮮血を流し、美しい顔は痣と埃にまみれていた。
グレーのパンツの下から伸びる足首は、すでに竜化し、鋭い爪が石畳を掴んでいる。
そこから血が流れていた。
少し止まっているだけで、どす黒い血溜まりが出来上がっていく。
相手に傷つけられたものではない。
限界以上の動きを重ね、すでに肉体が悲鳴を上げていたのだ。
「ドランデス……。そろそろ諦めてくれねぇか?」
「うるさい! 黙れ!!」
相手の言葉を、あっさりと一蹴する。
野獣のように瞳を歪めた。
歯牙をむき出した口から、鮮血がこぼれ落ちる。
すると、竜鱗が浮き出た腕で、それを振り払った。
対して騎士は涼しい顔だ。
こちらは常に最強の一手を打ち込んでいる。
なのに、ギリギリのところでかわし、あるいはいなしてくる。
強さの底がしれない。
もしかしたら……。あるいは……。
この男は我が主君に匹敵する存在なのか!
【嵐龍】のドランデスは首を振る。強く、激しく。
あり得ない!
己を叱咤するように尻尾を地面に打ち付けた。
石畳が再びめくれる。
ヴァスティビオ様より同等な人間などいるはずがない。
それはもはや人ですらない。
化け物の類いだ。
――少しわたしは弱気になっているのかもしれない。
魔王様と目の前の【勇者】ブリッド。
どちらが強いかなど、詮のない考えだ。
何故なら……。この男はここで死ぬ。
わたしの爪によって!
「グォン!!」
ドランデスは吠えた。
すでに限界である身体に、さらなる鞭を与える。
痛覚など当の昔に壊れていた。
死など怖くない。
もっとも恐ろしいのは、勇者を玉座にいかせること。
何人もあの方が待つ部屋に入れさせることなど出来ない。
地を蹴った。
竜の御子の姿が空間から消える。
気づけば、勇者の側面に回り込んでいた。
「まだ速くなるのかよ」
聖兜ミルスの奥から声が聞こえた。
だが、ドランデスは聞く耳などもたない。
竜の爪を伸ばし、勇者に肉薄する。
3本の鋭い凶爪が閃く。
大気というよりは、空間そのもの削り取ったような音を立てた。
勇者は翻る。
完全に裏を掻いたと思ったが、優雅ともいえる動きで戦位を変えた。
盾を呼び出し、受ける。
ギィン!!
ギャラリーがいれば、皆が皆――己が耳を塞いであろう。
鋭いというよりは、ひどく耳障りな音が響き渡る。
ドランデスの渾身の攻撃が、あっさり盾受けされた。
一瞬、驚いたが、すぐに切り替える。
次々と凶爪を放った。
押し切ろうと考えたのだ。
勇者は身じろぎもしない。
巨木のように盤石な体勢で、ドランデスの攻撃をいなしていた。
まるでダメージが通る気がしない。
裏腹に、傷ついていくのは、ドランデスの方だ。
爪の付け根から血がほとばしる。
そしてついに――。
キィィィィィィィイイインンン!
鉛同士をぶつけた時のような音が鳴った。
空気を切り裂き、何かが放物線を描いて落ちてくる。
ケーキに突き立てる蝋燭のように岩に刺さったのは、ミスリルよりも硬いといわれた竜の爪だった。
「あ――」
声を上げた。
攻撃手段の1つを失った。
何より、自分の1番誇れる部位が折れたのだ。
いくら忠義に厚く、主君のため命すら躊躇うことなく捧げる竜の御子も、この時ばかりは動揺を隠せなかった。
「ドランデス! もうやめろ! お前、死ぬぞ!」
気遣う言葉が響く。
皮肉にも勇者の忠言が、彼女の我を取り戻させた。
大きく息を吸い込む。
肺腑の奥が煮えたぎるのを感じた。
「かっぁぁぁあああああ!!」
一気に吐き出す。
薄い唇を一杯に開け、吐き出したのは紅蓮の炎だった。
あっという間に勇者は火だるまになる。
その間、ドランデスは一旦距離を置いた。
爪が突き刺さった場所へと戻り、屈む。
その爪を抜き、手に握った。
勇者は、というと、炎を一刀する。
その風圧で、最高温度3000度に達する竜の炎息をなぎ払ってしまった。
――化け物め……。
ドランデスは苦々しい思いで、神の奇跡に匹敵する光景を見つめていた。
わずかな休息は終わりを告げる。
少し時間を稼ぐためだけに、命を削らねばならないとは皮肉な話だ。
立ち上がろうとする。
しかし、よろけ、尻餅をついた。
顔を上げる。やけに天井が高く見えた。
力が入らない。
――いよいよ限界か……。
いや、すでに限界だったのだ。
それをただ強い主君への忠誠心だけで、無理矢理動かしていただけにすぎない。
もはや竜化する力すら残っていなかった。
しかし、彼女は諦めなかった。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」
なりふり構わずといった感じで、雄叫びを上げる。
その声は魔王城全域に聞こえ、外で戦っていた人類や魔族を居すくませた。
ドランデスは立ち上がっていた。
全身を緋色に染めてなお、忠義の証を立てる。
それを見て戦いたのは、勇者だった。
1歩退く。
ドランデスは笑う。
一体いつだろうか……。
こんなに愉快なのは。
1歩……。また1歩……。
ドランデスは勇者に向かって歩いて行く。
その度に、赤い花のように血が広がっていった。
自分でもどこからこんな力が出てきているのかわからない。
頭はぼやけ、主君の顔すら思い浮かべることは出来ない。
ただ願いは1つだけ。
“この男を魔王様の元に行かせない”
たったそれだけだった。
勇者は1歩退いただけで、そこからは動なかった。
竦んでいるのかと思ったが、そうではない。
構えを取る。
実に隙がなく、優雅で、典雅……。
何より気迫が凄まじかった。
爪は割れ、火袋の燃料は尽きた敵の姿。
満身創痍のとなってなお、勇者はドランデスを敵として扱ったのだ。
崇高ともいえる姿勢に、賞賛すら送りたくなる。
だが、バカな考えだと、ドランデスは笑った。
足はとっくに超スピードに耐えられなくなっていた。
それまでの何百倍という時間をかけて、ドランデスはようやく接敵する。
勇者はまだ盾と剣を構えたままだ。
握った爪を掲げる。
そのまま振り下げた。
が――。
「あれ……」
地面が近づいていく。
どうして、という間もなく、ドランデスは砂城が崩れるように倒れた。
もう何もかも動かない。
瞼を開けて、勇者の方を向くのが精一杯だった。
とどめを刺される。
そう思ったが、予想に反して勇者が取った行動は顕現した聖剣と盾を別次元内に収納することだった。
「はあ……」
長い息を吐くのがわかった。
肩を落としたような気もする。
化け物としか思えない勇者の姿が、この時ひどく人間じみて見えた。
「俺の負けだ、ドランデス」
「なん、だと……!」
思わぬ敗北宣言に、ドランデスはのしかかった疲労を忘れて驚いた。
勇者は肩の辺りを指さした。
そこには深々とドランデスの爪が鎧の隙間に突き刺さっていた。
軽く血が流れている。
「すごい一撃だった」
「ふ、ふざけ――」
「だからさ。お前が必死に守ろうとした魔王様を俺は殺さない」
…………。
「は?」
「でも、まあ会いには行くけどな。そもそもそれが目的だったんだ。ずっと話をしたかったんだよ、魔王と――」
「貴様! 何を考え――」
怒りがドランデスを奮い立たせた。
もはや空っぽと思っていた力が、体内に沸き上がる。
手をつき、必死に上半身を持ち上げようとした。
すると、どぼりと血の塊が落ちてくる。
手が滑り、ドランデスはまた突っ伏した。
「おいおい。無理するなよ。もう致命傷に近いだろ、お前」
「うるさい! 魔王様を殺さないだと! 話すだと! そんなの信じられるものか!?」
「…………」
「お前は、何万何千という同胞を殺してきた憎き仇敵だ! 今さら、魔王様を殺さないなど信じられるか!?」
ドランデスは狂犬のように吠え立てた。
水滴が垂れる音が耳朶を打つ。
血だと思ったがそうではなかった。
かすかに朱が混じっているが、それは透明な色をしている。
「あれ? ……あれ?」
目頭が熱い。
頬に何かが伝っているのを感じる。
ドランデスは竜鱗の腕で顔を拭った。
やはり――。
それは涙だった……。
己の涙滴を見た瞬間、ドランデスから渦巻いた感情はただ――。
悔しい……。
――だった。
悔しい……。悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい……。
勇者に負けて悔しい。
魔王様を殺さないと言われて悔しい。
勇者の前で、何も出来ない自分が悔しい。
情けをかけられた自分が――。
魔王様を守れなかった己が――。
何より、勇者の言葉に淡い期待を抱いている自分が悔しい……。
魔王様を殺さない……。
その甘言にすがりつきたくなっている自分が、愚かしいほど悔しかった。
すっと黄金色の籠手が伸びてくる。
ドランデスの涙を拭った。
気がつけば、勇者がすぐ側に来ていた。
今なら一太刀浴をびせることができるかもしれない。
攻撃する覚悟を決めた時、勇者の口からこんな言葉が漏れた。
「美人には涙は似合わねぇ……」
「は――――」
思わず絶句した。
瞬間、怒りも憎しみも、反抗する意志さえも消えてしまった。
ただ呆然と勇者を見つめてしまった。
「ふざけるな」
力なく、そう言うのが精一杯だった。
「別にふざけてなんかいねぇよ。ただ――」
「?」
「お前、結構綺麗だと思うぜ」
勇者は立ち上がる。
「わたしが綺麗だと?」
「ああ、嘘じゃない」
本当だ。信じろよ。
そういうと、勇者は翻った。
聖兜の中で熱くなった顔を隠すように……。
何か照れているように、ドランデスには見えた。
「運が良かったら、また会おうぜ。【嵐龍】のドランデス」
ナンパした女性に別れでも告げるように、気さくに勇者は手を振った。
ドランデスは唖然とその後ろ姿を見つめ続けた。
玉座へと続く廊下の闇に飲まれても、その紺碧は瞳は、勇者の背中を追いかけていた。
◆
「う……。ううん……」
ドランデスは瞼を上げた。
顔を上げると、堆く積まれた書類が見える。
いつもの書斎の光景だった。
「寝入ってしまったようですね」
ドランデスは眼鏡をかけ直す。
かけたまま眠ってしまったが、幸いにもフレームは歪んでいなかった。
すると、背後で人の気配がした。
振り返る。
いたのは、ブリッド――いや、アルバイトのブリードだった。
「よ、よお……。ドランデス、お目覚めか」
「ブリード。こんなところで何を――」
質問を途中で止める。
ブリードの手には、厚手の布が握られていた。
どうやらドランデスにかけようとしていたらしい。
「いやー。気持ちよく寝てたからさ。きょ、今日は少し肌寒いから。その……風邪を引くかもしれないから」
「私は魔族ですので……。風邪は引きません」
「そ、そうか……。でも、万が一――」
「ご心配なく。万が一もありませんから」
「そ、そう……」
しょぼんと肩を落とす。
前から思っていたが、このアルバイトは実に顔に出るタイプだ。
――まるで、あの……。
ああ、そうだ。
まるであの時の勇者のようなお人だ。
ドランデスは忌々しく思う一方、何か愉快に思えて、クスリと笑った。
「でも……。お気遣いありがとうございます、ブリード」
「お、おう」
とそっぽを向く。
顔が少し赤くなっていた。
「お前もあんま無茶すんなよ」
「ご忠告ありがとうございます」
「そんなこと言って、聞いた試しがないくせに……。あの時だって――」
「あの時ってどんな時ですか?」
「ああ、いや! なんでもない。こっちの勘違いだ」
ブリードはぶんぶんと手を振った。
アルバイトが慌てる姿を、ドランデスはゆらりと尻尾を揺らして見ていた。
「じゃ、じゃあ……。俺はこのままあがるわ」
「もうそんな時間ですか。本日もご苦労様でした。今、給与を――」
「明日でいいよ。それよりも俺の精神衛生のために、ちょっと休んでくれ。じゃあな」
ブリードはバイバイと手を振った。
ドランデスはキョトンと見つめる。
ブリードが部屋を出て行っても、じっと扉を凝視していた。
似ていた。
重なったのだ。
あの時の勇者の姿に――。
――まさか……。
あり得ぬ話だ。
ここは魔王城。
勇者にとって因縁の地。
近づくことすらはばかるような場所だ。
そんな人間が、訪問することすら希有であるのに、アルバイトとして働きにくるなどあろうはずがない。
ドランデスは腰を下ろす。
その口元は、何故か微笑んだままだった。
【本日の業務報告】
ドランデスの好感度が4あがった。
お正月の間、たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。
おかげさまで、また日間総合に戻ってきました。
ブクマ・評価をいただいた方、読んでいただいた方、感想をいただいた方、
改めて感謝を申し上げます。
今後ともよろしくお願いします。




