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元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


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第51.666……話 魔族のおとしだま〈後編〉

お待たせしました。

後編です。


いつもより長くなってしまったので、

お時間がある時に読んで下さい。

「うぉおおおおお!!」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 雲が近い。地面が遠い。

 見ろ! 人間がゴミのようだ、ふはははは……というほど、人間の姿はないが、森や池がまるで飴細工で出来た作り物のように見える。


 俺は今、空の上にいた。


 元勇者の俺からすれば、さして驚くべき光景ではない。

 それでもテンションが高いのは、現在乗っている物が原因だ。


 俺は股ぐらの下には、硬い鱗がびっしりと詰まった表皮があった。

 左右を見れば、大樹の枝を思わせるような雄々しい翼。

 振り返れば、先端に三つ又が付いた太い尻尾が翻り、前を見れば、今にも炎息を吐き出さんばかりの大きな口が開いていた。


 その赤い眼がこちらを向く。

 「うるさい」と目で訴えているのがわかった。

 俺は拝み手で謝ると、その生き物は前を向き、大きく翼をはためかせた。


 俺が騎乗しているのは、竜だ。


 それも最高クラスの竜族『グランドドラゴン』。

 とにかく“巨大”の一言に尽きる。

 全長は、魔王城には負けるものの、王都にある城よりも大きい。

 背中も、船の甲板のように広々としていた。


 ちょっとした空の要塞だ。


 その上に、俺は跨るというよりは座り、束の間の空の旅行を楽しんでいた。


 同乗者はドランデス、エスカ、ネグネ、そして――。


「あ~ら。ブリードちゃんは、空の旅行ははじめてぇ?」

「うるせぇ。わりぃかよ」


 オネェタウロスもいる。

 一完歩一完歩――しなを作るように、竜の背中を歩いてくる。

 気持ち悪いのは、空も地上も変わらないらしい。

 あと“ちゃん”付けやめろ。


 他にも500匹ほどの魔族が乗り込んでいた。

 オークに、ゴブリン、死霊系――種族も、多種多様だ。


 さらにグランドドラゴンの周りにも竜種が飛んでいる。

 俺たちと同じように、背中には魔族たちが乗っていた。


「竜に乗るぐらいで興奮するなんて、ブリードもお子さまよね」


 と言ったのは、エスカだ。

 激しい風圧の中、テーブルクロスを広げて、お茶を楽しんでいる。

 ティーカップがぱしゃぱしゃと波立っていた。

 こんな時でも、ティータイムを欠かさないとは、さすが魔王の娘といったところだろうか。


「こちとら人間でね。竜に乗るのは、子供の頃からの憧れなんだよ」

「あら、そうなの? じゃあ、今度私と2人で竜に乗って旅行でもしましょうか?」

「なんで?」

「なんで――って!」


 何故か、エスカはぽやんと顔を赤くする。

 カップをひったくるように掴むと、ぐい飲みした。


「ふむ……。竜を乗っての旅行か。なかなか商売の臭いがするのぅ」


 と言ったのは、黒い箱だった。

 やたらと偉そうなのに、子供みたいな高い声が聞こえてくる。

 ネグネが中に入っているのだ。


「どうでもいいが……。お前、そんな箱の中に入ってまで来るなら、地上から行けばいいじゃないか?」

「愚か者め。この箱は我の最高傑作だぞ。土属性の我が空を飛ぶために編み出した方法なのじゃ。これさえあれば、どんな引き籠もりも外へと出ていけるというわけだ。フハハハハ……」


 笑い出した。妙なテンションだ。

 あと、引き籠もりっていう自覚あったんだな、お前……。


 すると、何かまた気に障ったのか、竜頭がこちらを向いた。

 やはり怒っているらしい。


「すいませんね、ジーロース」


 竜鱗を撫でたのは、ドランデスだった。


「もう少しの辛抱です」


 語りかけると、ジーロースという名前のグランドドラゴンは、低く嘶く。

 そして前を向いた。


「やけに気を遣ってるな、ドランデス。お前の部下だろ?」

「はい。ですが、彼の方が長く生きてますので。……気位が高いのです。それにこんなところで癇癪を起こされると、全員が地上に真っ逆様ということになります」


 なるほど。それで気を遣っているのか。

 いるいる。万年平社員なのに、年上だからって偉そうにして、若い上司を困らせるヤツが。

 こういうところでも、我が上司は苦労しているらしい。


 すると、ジーロースは再び竜頭をこちらに向けた。

 まさかお前も、心が読めるレベルで勘がいいのではなかろうな。


 しばらく赤い眼が俺を金縛る。


「着きましたよ。ジーロース、着陸を」


 上司の声にようやく前を向いた。

 翼を広げ、旋回しながら、ゆっくりとジーロースは高度を下げていった。




 やってきたのは、魔族領の外れだった。


 見渡す限りの荒れ地だ。

 何もない。


 だが――。


 俺は地面に向かって手を伸ばす。

 落ちていた兜を拾い上げた。

 付いた泥を払う。見覚えのある王章が露わになった。

 おそらく小隊長以上の者の兜だろう。

 少なくとも、人間のものであることは確かだった。


 顔を上げる。

 もう1度、周りを見渡してみた。

 そこら中に、武具あるいは防具が転がっている。


 人間のものだけではない。

 魔族が着用していたと思われる大きさのものもある。


 そして中には、骨もまた散在していた。


 俺にはここがどこだかわかる。


 大戦において、最後の激戦地となった因縁の地。


 【ライドブリッツ荒地】だ。


 人類軍100万。魔族軍80万。

 未曾有の大総力戦が行われ、最終的に人類軍が勝利した戦い。

 いや、勝利というのも、しっくり来ない。

 5割の人類兵が死亡。魔族も7割が倒され、魔王城に撤退していった。


 もし、魔族が撤兵していなければ、どちらかが全滅するまで続いていたかもしれない。


 それほど、ひどいいくさだった。


 俺も参戦していた。

 大活躍だ。俺の名が知れ渡ったのも、その時の功績が大きい。


 周りからは鬼神のような戦いぶりだったと言われた。

 俺はただ必死に「早く逃げてくれ」「兵を退いてくれ」と矛盾した気持ちを抱えながら、剣を振っていただけなんだが……。


 思えば、あれからこの地に訪れたことはない。

 まさか魔族に連れられてこようとはな。

 俺は因果に一笑を禁じ得なかった。


 魔族たちはそんなところで集まっていた。

 何をしているかというと、ずだ袋を片手に戦場に落ちた武具や防具、あるいは骨を拾っていた。

 言い方は悪いかもしれないが、ゴミ拾いをしていたのだ。


 俺も拾った兜を袋の中に入れる。

 もう随分と溜まっていた。

 そのほとんどが骨――それも人骨だ。


 戦争が終わって、数年……。


 この人骨は、全く人の手が入っていなかった証でもある。


 魔族領という理由はあるだろう。

 だが、骨の回収までされていないのは、死んでいった仲間たちに申し訳が立たないと思った。


「よーし。今回はこれぐらいでいいんじゃないかしら」


 窮屈なドレス姿で、自ら指揮を取り、骨拾いにも参加していたエスカが顔を上げる。額についた汗を、ハンカチに吸わせると、フーと息を吐いた。


「なあ、エスカ……」

「なーに、ブリード?」

「毎年、こんなことをしてるのか?」

「……まあね」

「すまんな」

「なんで謝るのよ」

「そ、それは――」


 エスカはプッと笑った。


「あんたの気持ち……。なんとなく察するけど。仕方ないんじゃない? ここは魔族の領土だし。うちが管理するのが筋でしょ?」

「ま、まあ……。そうなんだが」

「それに……。今年、あんたが参加してくれた。死んでいった人類の兵士は、浮かばれるってもんでしょ?」

「ならいいが……。なあ、来年も参加していいか? あと他にも、もしこういう大戦に関する催事があるなら言ってくれ」

「ふっふーん」

「なんだよ」


 俺を覗き込むと、エスカはニヤリと笑った。

 少女の視線から目を反らす。顔がやたらと熱かった。


「あんた、やっぱ勇者ね」

「“元”な。後学のために訊くが、どの辺が勇者に見えるんだ?」

「普段はだらしない癖に、責任感だけは一丁前にあるていうか」

「悪かったな。普段、だらしなくて」

「ふふ……。いいわよ。ますます――」

「あ?」

「なんでもない。さ――。メインステージが始まるわよ」

「メインステージ?」


 エスカは背を向け、歩き出す。

 すると、魔族たちも集まりはじめていた。


 中心にいたのは、あの黒い箱――ネグネだった。


 ごそごそと何やら動いている。

 すると、箱がばたりと横倒しになった。

 ぎゃ、という悲鳴が聞こえる。


「だ、だれか~。助けて~。おごじで~」


 しばらくして情けない声が聞こえた。

 慌てて部下のスケルトンたちが寄ってくる。


 箱の蓋を開けた。

 中からネグネが、ハイハイしながら出てくる。


「ふー。死ぬかと思った」


 お前、リッチだろうが!


 すると、エスカがパンパンと手を叩く。


「はいはい。ネグネ卿……。鉄板ネタはもういいから」

「ネタではないわ。本当にそう思ったのじゃ!」

「とっとと祭事にかかってくれる」

「わかっておる。そうせかすな」


 ネグネは黒いローブをパンパンと叩いた。

 居ずまいを正す。


 魔族の群衆をかき分け、広い荒野に立った。


 微塵の恐れも感じさせない。

 ネグネからすれば気が狂いそうになるほど広い土地なはずだ。

 だが、彼女はしっかりと大地を踏みしめていた。


 それほど祭事とやらに、集中しているのだろうか。


 部下のスケルトンから骸骨の付いた杖が手渡される。

 ネグネはそれを受け取ると、高々と掲げ――。


 振る。


 しゃらりと髑髏が鳴った。

 杖を引くと、構え直し、また振る。

 翻って、体位を変え、一歩踏み出す。今度は、突きを放った。


 そのローテーションを繰り返す。

 次第に早くなり、激しくなる。

 あまり音はしない。

 優雅だった。


 “舞い”だ。


 俺は思った。


 人間にも神に感謝の意を表す際、舞いを奉納することがある。

 おそらく魔族にも、そういう慣習があるのだろう。


 それにしても見事だ。

 引き籠もりのリッチが踊っているとは、とても思えない。


 すると、その動きが止まる。

 再び髑髏がしゃなりと鳴った。音が派手なのは、中に鈴か何かが入っているからだろう。


「かの地に眠る我が英霊たちよ。鎮まりたまえ。我らはそなたらと意志を等しくするもの。眷属なり。どうかその御霊を鎮め、暗く闇の世界へと還られることを」


 呪文というよりは、祝詞だ。

 そこに魔力は込められていない。

 英霊に対して、子孫としての言葉を贈ったのだ。


 ネグネは恭しく頭を下げた。

 すると、魔族たちも倣う。

 俺もまた頭を垂れた。


 典礼的な儀式だ。

 そう思った瞬間、場に変化が起きた。

 頭上から、青白い光が見えた。

 顔を上げる。


「あ――」


 少し言葉を発し、俺はそのまま絶句した。


 空に浮かんでいたのは、青い炎の塊。

 人間でいうところの人魂に近いものだった。


 それも無数にある。

 数えきれないほどだ。


 普段、雲に覆われ薄暗い魔族領が、今は青白い光に包まれていた。


 さらに光は増えていく。


 すると――。


 光は落ちてきた。

 まるで雨露が葉からこぼれ落ちるように。


 無論、俺の上に降ってくる。

 慌てて防御魔法を展開したが、その腕は掴む者がいた。


 振り返る。


 男が立っていた。

 真っ白な髪に、威厳のある髭。

 赤い瞳は油断なく光っている。


 服装はドランデスが着ているような執事服。

 老齢だが、背は俺より頭一個分ほど大きく、肩幅も広い。


 落ち着いたというよりは、どこか老獪な戦士を思わせる佇まい。

 不意に浮かんだ推測を、俺は躊躇わず口にした。


「ジーロースか?」


 「はい」「いかにも」という答えは返ってこなかった。

 ただ黙って、目を伏せた。


 ドランデスと違い、角も尻尾もない。

 完全に人間だったが、俺はその立ち姿だけで、見事正体を当てて見せた。


 そんなやりとりをしていると、青白い光は俺を透過し、地面に吸い込まれていった。


 特に何ともない。

 寒くもなければ、熱くもない。

 人魂らしき物体は、なんら身体に干渉することはなかった。


 ジーロースは俺の腕から手を離す。

 顔を上げろ、と言わんばかりに、上を向いた。

 俺も倣う。


 青い光が次々と落ちていく。


 暗い雲と相まって、夜空の流星のように俺たちに降り注いだ。


「綺麗……」


 横でエスカが感動している。


 ドランデスもレンズに神秘的な光景を映し、ぼんやりと眺めていた。


「これは、なんだ……」


 誰に問うわけでもなく、俺は呟く。

 すると、ジーロースが重い口を開いた。


「魔族の残滓たましいだ」

残滓たましい?」

「人間は泥の中から生まれた存在だ」


 いきなり古い迷信を持ち出す。

 今ではいろんな解釈がされているが、昔は人間もまた畑の泥から生まれたと、ジルデレーンでは考えられていた。

 故に、今でも土葬が主流になっている。


「死ねば、その魂は天上へと還るのだそうだな」

「あ、ああ……。本当かどうかはわかならいけど」

「我々魔族は魔力マナから生まれた。つまりは、空気の中からだ。そして我々にもお前たちと同じく神が存在する。その代行者たるものが、我が主君だ」

「だから――」

「我々の神は、この地下におわす。よって、その残滓たましいを地下へと還すのだ。それがこの儀式……」

「なるほど。……魔族なりの供養ということか。でも、意外だな」

「意外?」


 ジーロースはギロリと俺を睨んだ。


 俺は構わず答えた。


「あんたらは、横の連帯が薄いと聞いた。正直、死んだものに対して、興味がないと思っていたよ。……怒るなよ。今、その認識が変わったって話さ」

「確かに……。魔族の中には、そういう者がいる。むしろ大半といっていい。だが、人間にも死者に対して興味はないものがいるであろう」

「ま、まあな……」


 思えばそうだ。

 あれほど死体の山を積んだ戦争が終わった日だというのに、人間たちは馬鹿騒ぎをしている。

 それが悪いこととは思わないが、戦った者(おれ)からすれば、今魔族がやっていることの方が、よっぽど健全なように思う。


「1ついえることは、我々にとって人間などどうでもいいということだ」

「人間を前にして、はっきり言うね」

「無論だ。私は魔族だからな。……戦争をしたことも、お前たちを殺めたことも、なんら責任も感じない」


 ホントはっきり言う爺さんだ。


 俺は思わず苦笑しそうになった。


「だが、それによって同胞が死んだことは、我々の責任だ。戦争をしたのは魔族であり、指揮したのは残った者であるからな」

「指揮したのは、魔王じゃないのかよ」

「“様”を付けよ、人間。その首……。かみ砕くぞ!」


 ジーロースは赤い眼を燃え上がらせた。

 圧倒的な迫力だが、そういう目つきには慣れている。


 俺はただ肩を竦めるだけだった。


「悪かったな。その魔王様が指揮されたのではないのか?」

「魔王様はお命じになっただけだ」


 なるほどな。

 戦争をしろといったのは魔王で、戦争の仕方を命令したのは、また別ということか。


「ああ……。最後についでとして訊いておきたいのだが」

「噂には聞いていたが、貴様かなり剛胆な性格だな。さっきから私が殺気をぶつけているのに気付いたいないわけではあるまい」

「それを言うなら、あんたの背に乗っている時からだろ。別になれちまったよ。もう数ヶ月も魔王城で働いてるんだぜ、こっちは」

「…………で、質問とは」

「おとしだまってなんだ?」

「わからぬか?」


 ジーロースは再び上を見上げる。


 引き続き、地上に出現した流星群が幻想的な光景を生み出していた。


「“たま”とは、人間も使う“たま”という意味だ。つまりは魂……。それが、地下へと落ちていく様を言うのだ」

「ああ……。故に『としだま』か。結局、洒落じゃねぇか」


 俺はジーロースにツッコミを入れる。

 しかし、老練な魔族の戦士は、その場を後にしていた。


 ふと目が合ったのは、ドランデスだった。


 俺とジーロースが喋っているのを傍目から見ていたのかもしれない。

 ちょっと心配げな顔で、俺の側に寄ってくる。


「ジーロースに何か言われましたか?」

「いや、何も……。ちょっとレクチャーを受けていただけだ」


 俺は首を振った。

 そして魂の流星を見つめる。


「綺麗だな」

「ええ……。でも、少し悲しくもあります」


 一緒に見上げる。


 ドランデスの白い顔が、一層青白く光っていた。



 【本日の業務報告】

 元勇者は、おとしだまに参加した。

 ジーロースと出会った。


おとしだま企画はいかがだったでしょうか?


いつもふざけた話と、あまりジルデレーンの慣習などに触れていないので、

これを機に書いてみました。


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