第51.333……話 魔族のおとしだま〈前編〉
超お待たせしました。
お正月企画ものです。
ちょっといつもよりしんみりな感じです。
4大陸世界【ジルデレーン】。
俺が住む世界には、4つの節季が存在する。
すなわち『種まきの節季』『緑の節季』『収穫の節季』『灰色の節季』だ。
その4つの節季を巡り、【1年】とあらわされる。
節目を決めるのは神官の神託や、動物の鳴き声など――地方によって様々なため、年によって変動はするものの、約360~370日が1年の日にちになる。
名前に農業の用語が多いのは、ジルデレーンでもっとも最初に発達したためだ。
一昔前は、『種まきの節季』が1年の最初。
『灰色の節季』が1年の終わりとされてきた。
しかし、そのシステムはある時を境に終わりを告げる。
きっかけは対魔大戦の終焉だった。
魔族との戦いが一応の決着を見るや、人々は浮かれに浮かれた。
城、町、村――様々な場所で祭りを催された。それほど皆、跳び上がって喜んだのである。
だが、それがいけなかった。
戦争によって疲弊していた上に、どこの国も盛大に祭りを行ったのだ。
お金がなくなるのは、自明の理といえた。
1年の始まりである種まきの節季の時季が来ても、本来であれば祭りを催すところが、お金がなかったため、折角の新年が迎えられなくなってしまったのである。
そこで考え出された妥協案が、ちょうど戦争が終わった『灰色の節季』を、1年の始まりとするものだった。
どの国でも案はすぐさま、了承された。
戦争終結の祭りと、新年の祭りを同時に行うことによって、国の出費を抑えることが出来るからだ。
よって戦争終結を意味し、またその功績をたたえられ『勇者祭』が生まれると共に、新年も同時に祝うようになったのである。
長々と説明したが、平たく言えば――人類は現在、新年の真っ最中であり、『勇者祭』に浮かれているというわけだ。
なんてことはない。
街中で、木彫りや泥、あるいは石で作った勇者の像が置かれ、あるいは勇者のお面が出回り、謎の勇者酒といわれる酒がふるまわれたりするだけの至って、シンプルな祭りだ。
地方によって、その像を燃やしたり、崖から突き落としたり、水に沈めたりと、祝い方は様々である。
自分ではないので、別に何しようと人の勝手だ。
だが、世界を救った人間を象ったものを、そんな風に扱っていいものだろうかとは思う。
せめて美女が接吻するとか、そういう気前がいいものにしてほしいものだ。
そもそも偶像崇拝なんてものは、その人が亡くなってからするもんだろ?
俺、まだ生きてんだけどなあ……。
まあ、人前に出ることもないから、人々にとっては死んでるも同然なのかもしれないが……。
とにかく、歌え、踊れ、酒を飲めの大騒ぎ。
「勇者万歳!」「勇者最高!」の大合唱。
右を見ても、左を見ても、「勇者」「勇者」というわけだ。
結局、みんな――騒ぎたいだけで、勇者はそのだしでしかない。
ま、どうでもいいけどな。
で――。
みんなが新年に浮かれる中、当人は何をしているのか。
講壇にでも上って、当時の体験談を語っているわけでもない。
部屋で新年を寝て過ごすわけでもない。
何故か、その足は魔族領の地面を踏んでいた。
顔を上げる。
すぐ目の前には、大きな尖塔が並んだ巨大な城がそびえていた。
そう――魔王城だ。
人類が祭りに浮かれる一方で、こちらは静かだった。
静か――というのも変だな……。
いつも通りというか、ひっそりとしている。
ムービタルスターが空を覆い、時折腹の虫でも鳴らすように音を立てていた。
城門横の人間サイズの扉を開け、中に入る。
運動会でも出来そうな広い廊下が、ずっと奥まで続いている。
すぐ隣にあったロッカールームの精霊光球は落とされ、城の周りと同じくひっそりとしていた。
俺は着替えることなく、真っ直ぐ進む。
付き合った場所に、部屋があった。
扉を開ける。
最初に飛び込んできたのは、ややかび臭いにおいだった。
壁伝いに棚が並び、ぎっしりと本が並べられている。
部屋の中央。
無数の書籍と、書類が並んだ木机が置かれていた。
扉が開いたことによって、空気が動いたのだろう。
1枚の書類がひらりと机から落ちた。
そこで仕事をしていた魔族は、やや苛立たしげに声を上げる。
「ルゴニーバ……。部屋を開ける時は、ノックをとあれほど――」
「あ。わりぃな」
落ちた書類に手を伸ばした腕が、はたと止まる。
顔を上げる。
尻から伸びた尻尾をゆらりと振り上げた。
「ブリード!?」
「よ、よう……。ドランデス」
ちょっと苦笑しながら、俺は手を挙げる。
一方、我が上司ドランデスは目を見開き驚いていた。
まさに鳩が豆鉄砲なんたらというヤツだ。
ただ我が上司は、豆鉄砲ぐらいで驚いたりはしないだろうが。
「今日はお休みのはずでは……?」
「ま、まあ……。そうなんだがな。何故か、自然とこっちに足が向いちまった」
「はあ……。そ、そうなんですか?」
浮かした腰をドランデスはゆっくりとまた椅子に預けた。
ホッと胸を撫で下ろす。
責任感が強いドランデスのことだ。
自分に落ち度があったのではないか――とでも思ったのだろう。
ドランデスの言うとおり、俺は休みをもらっていた。
『勇者祭』が行われる7日間は、どこの商会も休みをとるからだ。
そうした商習慣を取り入れ、はからずも休みを手にすることができた。
「フィアンヌは里に帰ったんだな」
「ええ……。暇を与えました。一応、彼女もアルバイトなので」
「そうか」
今、フィアンヌは魔王城近くの社員寮に住んでいる。
かなり気合いを入れて、ネグネが作ったらしく、俺の部屋なんかよりも断然広く、間取りもいい。最近、そっちに引っ越そうかと考えているぐらいだ。
「どうぞ。おかけになってください」
机の前に置かれた椅子を勧める。
俺は遠慮なく背もたれのついた椅子に座った。
なかなか居心地は悪くない。
「どうしたんですか? 祭りには?」
「どうも騒がしいのは苦手でな」
あちこち俺の名前を叫ぶ祭りなのだ。
当人が気が気でないのは、想像に難くないだろう。
つまり、俺は祭りから逃げて、おそらく静かであろう魔族領に逃げてきたというわけである。
「悪いな……。仕事をしてる最中に」
「いえ。取り急ぎというわけではないので。単に私も魔族を待っているだけなのです」
「出かけるのか?」
「ええ……」
「そうか」
まさか『勇者祭』に参加するとかじゃないだろうな。
でも、ドランデスは人間との窓口だから、どこかの国に招待を受けていても不思議ではない。
俺は少し気になった。
「な、なあ……。行き先を訊いても――」
と言いかけた時、ノックが聞こえた。
「どうぞ」
「ドランデス。用意が出来たわ」
入ってきたのは、エスカだった。
俺は思わず腰掛けたばかりの椅子から立ち上がる。
「ブリード! あんた、なんでこんなところにいるの?」
「なんじゃ? どうしたのじゃ?」
横からひょこりと顔を出したのはネグネだった。
いつもの白衣姿ではない。
金糸の模様が入った真っ黒なローブを着ていた。
エスカもドレスだが、いつもと配色が違う。
銀黒赤という構成は変わらないが、若干黒の分量が多いような気がする。
それにいつもなら見えている胸元も、大きな黒薔薇の飾りによって隠されていた。
「なんじゃ? アルバイトではないか……」
「よ、よお……。エスカに、ネグネ……。お前たちもお出かけか」
「え、ええ……。というより、あんたこんなところにいてもいいの? 今、人類は『勇者さ…………。あ。なるほど」
すべてを理解した、と言わんばかりに、エスカはニヤリと笑う。
扇をひらりと広げ、口元を隠す。
相変わらず、勘がいいお姫様だ。
「何が『なるほど』なのじゃ?」
「ネグネ卿は黙ってて。こっちの話だから。ね、ブリード」
一際、俺の名前を強調する。
どうやら気持ち悪いほど見透かされているらしい。
「それよりも、ネグネ。その格好は?」
「これか……。よくぞ気付いた。なかなか威厳ある格好であろう?」
胸を張る。
というより、お前が地上に出ていて、妙にテンションが高い方が俺には気になる。
「今から祭事を執り行うからな。これはその衣装なのだ」
「祭事? 祭りでもやるのか?」
「愚か者……。祭りではない。我々魔族は、人間のような乱痴気騒ぎなどせんよ。新しい年というのは、もう少し厳かに行うものだ」
「じゃあ、一体……?」
「ブリード……。折角だから、あんたも来なさいよ」
提案したのは、エスカだった。
「え? いいのか?」
「言葉で説明するよりもね。見た方がいいと思うわ。あながち、あんたに関係ないことでもないし。むしろ、そっちの方があんたにはあってるかもね」
「……?」
首を傾げる。
俺はドランデスの方を向いた。
「姫様がそうおっしゃるなら」
てっきり説明があるかと思いきや、上司はただ首肯するだけだった。
「決まりね」
俺の腕に掴み、身体を寄せる。
弾力感たっぷりの胸の感触が、俺の触覚を刺激した。
や、やわらけぇ……。
しかし、そんな夢見心地な気分は、すぐに吹き飛んだ。
エスカは容姿に見合わぬ膂力で、俺を引きずっていく。
部屋の外に出ると、何匹かの魔族が大人しく整列していた。
「な――」
俺は驚く。
一方でエスカは。
「じゃ、行くわよ」
声をかけると、魔族たちは群をなして、外へと歩き出す。
依然として俺の腕を取ったエスカに尋ねた。
「おい! 一体、何をするつもりなんだ?」
まさか今から人類に殴り込みにいって、祭りをぶっ壊すとかじゃないだろうな。
だが、そういう雰囲気でもない。
人間に嫌がらせすることを心情とする魔族たちのことだ。
もし、そうであるなら、もっとテンションが高いはずである。
そう――魔族たちは静かだった。
まるで今から葬式に参列でもするかのように。
俺の質問に答えたのは、横を歩くネグネだった。
「おとしだまじゃ」
「おとしだま?」
「じきにわかる」
そう言ってネグネは、抜けた歯を見せて笑うのだった。
【本日の業務報告】
本日、勇者祭休暇のため記載なし。
後半はなるべく早めに更新します。
お待ち下さい。




