表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元最強勇者のバイト先が魔王城なんだが、魔族に人間知識がなさ過ぎて超優良企業な件  作者: 延野正行


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/76

第51話 元勇者、同僚と同衾する。

お待たせしました。

「ふんふんふっふーん♪」


 フィアンヌの鼻声が風呂場から聞こえる。

 随分と機嫌が良さそうだ。

 よっぽど風呂が気に入ったらしい。


 俺はというと、部屋の椅子に座っていた。

 机に置かれたルームサービスの一覧を、無意味に眺めている。

 何故か、めくる手は震えていた。


 ――オチツケ。オチツケ、オレ……。


 何度も言い聞かせる。

 メニュー表に意識を集中しようとした。


 薄い磨りガラスの向こう……。

 女の子が、お風呂に入っている。

 たとえ、獣人であろうと、子供みたいな容姿だとしても、慎ましい胸であっても、それが『異性(おんな)』であることに変わりはない。


 最初は全く意識などしていなかった。


 そもそもあのロリも、貧乳も、ケモノ娘も、俺の守備範囲外だ。

 大暴投も甚だしい。


 断言する!

 俺はフィアンヌから、微塵もエロチシズムなんぞ感じたことがない(尻尾は別)。


 しかし――しかしだ!


 この部屋は、まさに男にとって――ある意味――拷問部屋だった。


 なんとこの磨りガラス……。

 風呂場からの光に照らされ、入っている者のシルエットが見えるのだ。


 すると、どうなるのか。

 あら、不思議……。


 女の身体が現れるのである。

 胸こそ慎ましいのだが、女性らしい身体の曲線がシルエットによって、より強調され、俺の視覚が「女」だと認識してしまう。


 おかげでさっきから心臓がバクバクだ。

 自然と息が荒く、衝動が震えとなって襲ってくる。

 意味のよくわからない鼻歌すら、美女の甘い声に聞こえてくる始末だ。


 あのシルエットの正体が、フィアンヌであると連呼しなけえば、頭がどうにかなってしまいそうだった。


 ああ、そうだ……。

 挙動不審ぶりから、もうわかっただろう。


 俺は異性と同じ部屋で寝るという行為が初めてだった(家族以外)。

 それはどういうことか。

 言わずともわかるであろう。


 つまり、そういうこと(ヽヽヽヽヽヽ)である。


 師匠と呼ぶ男がこれほど苦しんでいるのに、黄狐族の少女の鼻歌は続く。

 俺は理性を抑えるのに必死だった。




「師匠!」


 フィアンヌの声が聞こえた。

 俺はハッとなって顔を上げる。


 どうやら眠っていたらしい。

 いや――意識を失っていたという方が正しいかもしれない。

 心の痛みに耐えかねて、脳が寝ることを推奨したらしい。

 それほど激しい葛藤だった。


 振り返る。


 風呂場の入り口からフィアンヌが顔を出していた。


 俺はぎくりと肩をそびやかす。


 フィアンヌの身体は濡れていた。

 風呂に入っていたのだから当たり前だろう。


 白い肌からぽたぽたと水滴を垂らしている。

 黄金色の髪が頬に貼り付き、その頬はやや上気していた。


 その姿が妙にそそって(ヽヽヽヽ)しまった。


「ど、どうした?」


 どうした、と尋ねたいのは自分自身だった。

 動揺しすぎて、声がどもってしまう。


「も、申し訳ないのですが、着替えをとっていただけないでしょうか、です?」

「着替え? あ、ああ……。着替えな」

「師匠の手を煩わせるのは非常に心苦しいです。けど、濡れた身体で部屋を歩くのは……です」


 そういう分別があったんだな、お前。

 いや、ナイス判断だ。

 濡れたままはともかく、裸のままでウロウロされたら、色々と何かが吹き飛びそうである。


「よ、よし。ちょっと待ってろ。――って、どわ!」


 慌てた俺は、テーブルの脚に自分の足をひっかける。

 そのまま転倒してしまった。


「し、師匠!!」


 フィアンヌが風呂場から出てくる音が聞こえた。


「来るな!!」


 一喝する。

 床を恨みがましく見つめ、奥歯に力を込めた。


「絶対に来るんじゃねぇ……」


 まるで呪詛でもかけるかのように俺は言った。

 今にも目から血がこぼれてきそうなぐらい、充血しているのが自分でわかる。

 俺の迫力に、フィアンヌは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げた。

 翻って、風呂場の方に戻っていく。


 ふー。


 一息つく。

 顔を上げた。

 俺は黙って、クローゼットへと向かう。

 絨毯には生々しいフィアンヌの足跡と水滴の跡が残っていた。


「着替えって、制服のつなぎでいいのか?」

「は、はい、です!」


 フィアンヌは今、あのきわどいビキニメイル以外に、制服しか持っていないらしい。なので、常備されたロッカールームから何枚か持ってきていた。


 明日、出社前に服屋に寄らないとな。

 せめて寝間着ぐらいは用意しないと。

 たとえば、ちょいエロの……。


 …………!?


 な、何を考えてるんだよ、俺!

 なんか色々と変遷していってるような気がしてならないんだが……。


「ありましたか、です?」


 フィアンヌが声を張り上げる。


「お、おう。ちょっと待て」


 俺は慌てて1着のつなぎを荷物から出す。

 風呂場に持って行くと、入口付近に置いた。




 ルームサービスを取って、部屋の中で食事を済ませた。


 部屋を出る気がしない。

 何度も言うが、知り合いにこんなところを絶対に見られたくない。


 中にあったカードゲームを使って、フィアンヌと戯れる。

 意外と盛り上がり、おかげで俺の気も静まってきた。


「また負けたです」

「ふふん。……お前は顔に出すぎなんだよ」

「師匠はやっぱりスゴいです」


 えっへんと獣娘の前で胸を張る。

 その横で、フィアンヌは欠伸をかみ殺した。

 目を擦る。


「眠たいか……?」

「は? すいませんです。折角、師匠が自慢をしている最中に欠伸をしてしまったです」


 なにげに、心に刺さるんだが……。


 時計を見る。

 俺からすれば、これからが活動時間なのだが、フィアンヌにとってはもう寝る時間なのだろう。


「寝るか」

「はい、です」


 いざ、という風に俺たちはベッドへ振り返った。


 ハート型のベッドが「待ってました(^o^)」と言わんばかりに、視界に入る。


 俺は固まる。

 フィアンヌも、どうしようという感じで、ゆらりと尻尾を振った。


 ベッドは1つである。

 ちなみに今まで言ってなかったが、枕も1つ。

 ベッドと合わせるようにハート型だ。


「フィアンヌ……」

「は、はい、です」

「俺は床で寝るから、お前はベッドで寝ろ」

「ええ? そんなこと出来ないです。師匠が寝て下さいです」

「あほぉ……。ここはレディファーストだ」

「師匠に敬意を払うのが、弟子の勤めです」


 1歩も引かない。

 なかなか強情な弟子である。

 取った覚えはないが……。


 しばしにらみ合い。


 すると、フィアンヌの方から口を開いた。


「では……。2人で寝ましょう」

「なんでそうなる!」

「し、師匠の気持ちは嬉しいです。けど、フィアンヌも折れるわけにはいかないです。だから、2人で寝るです」


 フィアンヌの耳が、徐々に赤くなっていく。

 股の辺りをもじもじさせ、尻尾をゆらゆらと揺らした。


「し、師匠の考えてることはわかってるです。……フィ、フィアンヌも男の人と一緒に寝るのは恥ずかしいです。でも――」


 俯き加減だったフィアンヌの顔が、ゆっくりと角度を上げた。

 俺の視線と交わる。


 その瞳は、空に浮かぶ太陽よりも純粋に輝いていた。


「師匠のこと……。信じてるです」


 ――――!


 顔が熱い。

 俺は反射的に顔を隠した。

 見なくてもわかる。

 今、俺の顔は真っ赤に熟れた赤茄子よりも、赤くなっているだろう。


 くそー。フィアンヌのくせに……。

 俺の方がよっぽど動揺してるじゃねぇか。


「なんだったら……。でも、えっちぃことは――」


 言うな! それ以上言うな!


 てか、こいつ度胸あるな。

 もしかして、経験済みじゃないだろうな!?


 そうなのか?

 お前は、俺がまだのぼったことのない階段の向こうにいる存在なのか。


 よ、よし!

 ならば、俺もこの階段をのぼらねばなるまい。

 何故か?

 それは目の前に階段があるからだ。大人の……。


 なんか変なギアが入ってしまった俺は、覚悟を決めた。


「じゃあ、2人で寝るか」

「はい、です」


 我ながら錯乱気味であることはわかっている。

 部屋に踏み入れた時点で、俺の頭のねじは1本抜け落ちていたのだ。


 先に横たわったのはフィアンヌだった。

 対して俺は背中を向けるように寝っ転がる。

 引き続き、心臓がバクバクいっていた。

 ベッドを通して、振動がフィアンヌに伝わっているんじゃないかと思うほど、鼓動が強い。


「光球……。消すですか?」


 先に聞いたのは、フィアンヌである。


「は、はひぃ」


 声がうわずってしまった。


 フィアンヌは側にあった光球に手をかざす。

 すると、騒がしい桃色の明かりが消えた。

 現れたのは闇だった。


 どうしてか、ホッとする。

 赤系の色よりも、今は闇を見ている方がよっぽど落ち着く。


 次第に目が慣れてきた。

 少し顔を上げ、窓を見つめた。

 星が出ている。4大陸世界【ジルデレーン】の夜の空だ。


 窓の外からは、夜の喧騒が聞こえる。

 客引きや、酔客の叫び声が風に乗ってやってきた。


 耳をそばだてていると、すぐ隣で寝息が聞こえてくる。

 規則正しく――どこかかわいげがある……。


 ちらりと振り返った。

 いつの間にか、背を向けていたはずのフィアンヌがこちらを向いていた。

 面食らった俺は、顔を背ける。

 やがて、そっと少女の顔を見た。


 長い睫毛が下を向き、小さな薄い唇が動いている。

 黄金色の髪がさらりと揺れ、鼻をくすぐると、フィアンヌは鬱陶しそうに顔を顰めて、無意識に手で払った。

 背後には、モフモフの尻尾が動いている。

 いつでもどうぞ――とでも言うように、誘っているかのようだった。


 とどめはソープの香りだ。


 おそらく風呂場に備え付けられていたものだろう。

 妙にいい香りだ。

 昼間、魔物の檻にいたから、余計かぐわしく感じる。

 しまいには、少女の白い頬が、ソープみたいに思えてきた。


 鎮火寸前だった“ある種”の炎が、再燃する。


 くるりと背中を向けた。

 必死にその“火”に水をかける。


 そして俺は耳と目を閉じ口を噤んだ人間になろうと考えたのだ。


 天国のお父さん……。お母さん……。

 結局、大人の階段をのぼらなかったチキンな俺を許して下さい。


 そうして夜は明けていった。




「師匠、おはようございます!!」


 元気な挨拶が聞こえた。


「お、おう……」


 枯れてしおしおになった花のような声を上げたのは、俺だった。


 フィアンヌは首を傾げる。

 俺をのぞき込んだ。


「どうしたですか、師匠? お目々が真っ赤です」


 俺は側にあった手鏡で自身を見つめる。

 ある意味、朝からギンギンだった。


 手鏡を置く。


「な、なんでもねぇ……」

「もしかして寝てないです?」

「寝てる寝てる。ちょー寝てる! つーか、これは特異体質だから。朝はいつもこんなん何だよ。あまり見つめるな。魔眼が発動して、お前を石にしてしまうかもしれない」

「な、なんと! そんな能力が! さすが師匠……です!」


 はわわわ、という感じで、フィアンヌは1歩退く。

 いつもの反応だ。俺としては割と助かる。

 昨日は、お互いどうかしていたのだ。


「ともかく、宿を出るぞ。服とか身の回りのもんとか。それに宿とか変えないと」

「ほへ? またここで泊まらないですか?」


 まだ寝ぼけ眼も取れない状態のフィアンヌは、首を傾げた。


 こいつ……。わざと言ってるんじゃないだろうな。

 だったら、相当な策士だぞ。


 そんな疑心暗鬼に囚われるほど、俺の精神状態はやばい。

 一刻も早く宿屋から出て行った。


「着替えるぞ。朝食は適当に近くの食堂でとろう」

「はい、です」


 俺たちは手短に身支度を調える。

 そそくさと宿屋を出た。


 それがいけなかったのだろうか。

 それとも、俺の頭が冷静な判断が出来ず、その事態を予期できなかったのか。

 俺は最大の失敗を犯すことになる。


 宿屋の前。



 出勤途中のアーシラちゃんに出会った。



 その眼には、バッチリ――俺とフィアンヌの姿が映っている。


 この時、彼女が何を思ったか。

 昔、王様ににぶちん(ヽヽヽヽ)と称された俺でもわかった。


「…………」

「…………」


 俺とアーシラちゃんはしばし見つめ合う。


 先に動いたのは、アーシラちゃんだった。

 背を向ける。まさしく逃げるように、元来た道を引き返した。


「ちょ! ちょっと! アーシラちゃん! どこ行くの?」

「早退します!」


 早退って、まだギルドにすらたどり着いてないよね!!


「心的外傷後ストレス障害で早退しまぁぁあああすす!!」

「アァァァアアアシラちゃあああああああああああんんん!!」


 元勇者の叫び声は、通勤の人間でごった返す朝の村の中に響き渡るのだった。




 【本日の業務報告】

 元勇者は、【チキン野郎】の称号を手に入れた。

 フィアンヌの好感度 +4

 アーシラの好感度  -1000


改めまして、

あけましておめでとうございます。


今年もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ