第50話 元勇者、同僚と外泊する。
今年ラストの投稿です。
来年もよろしくお願いします。
外も派手だが、中も派手だ。
桃色の精霊光球が使われ、敷かれた絨毯も深紅に染まっていた。
入ると、すぐフロントがあった。
普通の宿とは違う。
カウンターの向こうに人はいるのはわかるのだが、顔というよりは視線が合わさないように仕切りがされていた。
俺たちが前に立つと。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声で挨拶された。
「1泊したいんだが……」
「かしこまりました。……お2人でよろしいですか?」
やや遠慮がちに尋ねる。
いまいちその態度についてわかりかねたが、俺は否定した。
「いや、1名だ。こいつだけ」
カウンター越しでもわかるように、俺は指をさした。
やや背の高いカウンター越しに、フィアンヌの顔がひょこりと現れる。
……。
一瞬の沈黙の後、慇懃な声が返ってきた。
「お客様、申し訳ありません。当宿所は2名利用を基本とさせていただいておりまして……」
「1名じゃダメなのか?」
「はい。申し訳ありません」
「師匠、どうしましょうか?」
フィアンヌは俺の方を見る。
その顔も、垂れた尻尾も不安な感情を示していた。
「なんとかならない? ……他の宿も探したんだけど、どこも満室でさ」
俺は食い下がってみる。
「残念ながら、当社の規定ですので……」
「……弱ったなあ」
ガリガリと頭を掻いた。
フィアンヌの顔がますます潰れて、今にも目から涙が決壊しそうになっている。
最悪、俺の部屋に泊めれば済む話なのだが、はっきり言うが断固入れたくない。
考えてもみてほしい。
こいつは獣人だ。
きっと抜け毛の1本や2本残していくだろう。
そして仮に、俺のアーシラちゃんが、部屋に泊まることになったとしよう。
――そんなことは万に一つもねぇよ、というツッコミはなしだ。
『ブリッドさん! この金色の毛は誰のですか?』
『待て、アーシラちゃん! これは誤解なんだ!』
『ひどい! アーシラというものがありながら、他の女を連れ込むなんて』
『それは同僚がここに――』
『魔族と寝たんですか!? 田舎に帰らせてもらいます!!』
『アァァァァァシラちゃああああああああああんん!』
――という最悪なシナリオを迎える可能性がある。
そうなれば、お先真っ暗だ。
一体、アーシラちゃんの胸以外――違う違う――アーシラちゃんのあの笑顔以外に何を愛でて生きればいいのかわからない。
死よりも辛い人生だ。
そんな訳で、なんとしてでも、フィアンヌを招き入れるわけにはいかないのだ。
「……? 師匠、どうしました?」
カウンターに手を置きながら、件の獣人娘は尋ねた。
かくなる上は、仕方がない。
「わかった。2名で泊まるよ」
「師匠も一緒に泊まるってことですか?」
「ああ。そうだ」
不本意だがな。
これも輝かしいアーシラちゃんとのバラ色の人生のためだ。
そんな俺の思惑も知らず、フィアンヌは手を挙げて喜んでいる。
「師匠とお泊まりだ」とはしゃぐ姿は、久しぶりに年上のお兄さんに出会って喜ぶ姪のようだ。
まあ……。俺には兄姉も、まして可愛い姪もいないがな。
再び慇懃な声が、カウンター越しから聞こえてきた。
「かしこまりました。それではお部屋のタイプはいかがいたしましょうか?」
「1番安い部屋でいいんだけど」
「かしこまりました。それでは先にお会計をさせていただきます」
俺は言われた額のお金を渡すと、部屋のキーをもらった。
「ごゆっくり……」
落ち着いた声が返ってくる。
俺たちは案内に従い、部屋へと歩き出した。
廊下も相変わらず派手だ。
深紅の絨毯を、精霊光球の淡い桃色の光が包んでいる。
「師匠とお泊まり♪ 師匠とお泊まり♪」
フィアンヌはスキップしながら、廊下を歩いて行く。
モフモフの尻尾をぶんぶん振っていた。
元気だな、こいつ……。
こっちは獣人娘と1つ屋根の下になるだけで、戦々恐々としているのに。
獣人ってのもそうだが、フィアンヌはいわゆる幼顔だ。
容姿・態度とともに、子供にしか見えない。
せいぜい立派なのは、魔王城に殴り込みをかける度胸と腕っ節ぐらいなものだろう。
こんなところ、知り合いに見られたら……。
そんなことを考えていると、すぐ側の扉が開いた。
やたら高級なコート、ドレスを着たカップルだ。
そろいもそろって、顔には大きな黒眼鏡をかけている。
室内なんだから取れよ。
変装してるつもりか?
「「あ……」」
と、カップルの声が揃う。
俺は思わず。
ほんの一瞬、カップルが舐めるように俺たちを観察したことがわかった。
「あ。ども……」
何故か挨拶してしまった。
カップルはそそくさと入り口の方へと歩いていく。
ひそひそ声が聞こえた。
『ちょっと……。あの人、獣人と寝る気よ』
『マニアックだな』
『しかもまだ子供じゃない』
『そっちにしか興味がないんだろうな』
『たたないの間違いじゃない』
やめろよ!
そんな『可哀想な人』みたいな発言は!
こっちだって、好きで宿に泊まりたいわけじゃねぇ!
てか、獣人じゃない方がギンギンにたつわ。
なんだったら、見せてやろうか、この野郎!!
俺は涙を飲んだ。
ようやく部屋の前にたどり着いた。
扉に手を突き、俺はすでにげんなりしていた。
あれから同じようなカップルに3度ほど遭遇した。
わずかな時間に3回もである。
なんというか……。
俺の人生、いざという時に限って、遭遇率高くないか?
モンスターどもがいやがる【聖水】でも振りかけておけば、確率は下がるのだろうか。
お願いだからこれから泊まる人間と、今からチェックアウトする人間が鉢合わないような構造にしてくれよ。今後でもいいからさ。
「師匠! どうしたですか?」
俺が精神的に削られる一方で、フィアンヌは異常に元気だった。
この状況下で身体のどこも悪くしていないのは、一種のスキルといえるかもしれない。
ともかく、俺は中に入った。
暗い。
手探りで精霊光球を見つけると、手に触れた。
微細な俺の魔力を感知し、光球の中の精霊が励起し始める。
部屋の外にもあったピンク色の光が、室内を照らした。
「げぇ!!」
反射的に声を上げた。
これでもかというほどピンクに彩られた天井や壁。
触り心地の良さそうな絨毯は、鮮やかな赤をしている。
そこまではいい。
見飽きた光景だ。
驚いたのは、部屋の中央にでんと置かれたベッド。
およそダブルサイズぐらいの大きさだが、問題はその形である。
まるで「子作りどうぞ」と言わんばかりに、ハート型になっていたのだ。
「おお! 可愛いです!」
フィアンヌは目を輝かせる。
すると、ベッドに向かってダイブした。
ぽよ~ん、と弾む。
さらに1人では広いベッドを縦横無尽に転がった。
――食いつくのか、この悪趣味なベッドに……。
俺は大きく息を吐く。
側のクローゼットに荷物を置いた。
改めて部屋を観察する。
内装の悪趣味さはさることながら、なかなか広い部屋だ。
天井には小ぶりだが、シャンデリアが下がっていて、ガラスが桃色の光線を反射している。
調度品も割といいものを使っていた。
さすがに王家や貴族が使っているものと比べるレベルにはないが、庶民が手を出すには少々難しい。
何より酒が常備されているのが、好印象だった。
これで、普通の宿屋の2泊分の値段なら安いかもしれない。
「師匠、師匠! 大変です」
「ん? どうした?」
いつの間にかフィアンヌはベッドを抜け出して、隣の部屋にいた。
そこは磨りガラスに囲まれていた。
フィアンヌはのぞき込み、尻尾を振っている。
俺も倣った。
「おお!」
そこにあったのは、風呂だった。
施設の中に風呂があるのは、高級な宿にはよくあることだ。
だが、部屋の中にあるのは4大陸中の宿屋を回った俺からしても、初めてのことだった。
小型で人が2人、入れるかどうかという大きさ。
俗に家風呂とかいわれているタイプで、王族とか貴族ぐらいしか持っていない。
それをリーズナブルな値段で泊まることが出来るとは……。
正直、ここのオーナーの正気のほどを疑うレベルである。
風呂にはすでに湯が張られていた。
随分と時間が経っているのだろう。かなり温くなっている。
「これじゃあ、風邪を引くかもな」
「入れないですか?」
「水浴びするのと変わらねぇってこった」
「フィアンヌはそれでも構わないです!」
力強く断言した。
どうやらすでに“フィアンヌお風呂モード”に移行してしまったらしい。
尻尾が犬みたいに興奮していて、残像が浮かぶレベルに達していた。
しゃーねーな。
「ちょっと待ってろ」
俺は手を握る。
「火神の加護を……。我が手に……」
呪文を呟く。
すると、俺の手が真っ赤に染まった。
横で見ていたフィアンヌは「おお」と歓声を上げる。
その手のまま俺は温くなったお湯に突っ込んだ。
鋭い音が鳴る。
しばらくして、湯気が立ちこめ、風呂場を包んだ。
やおら手を引き抜く。
俺は魔法を解除した。
改めて、手で温度を計る。
「こんなもんか……」
「良い感じです、です」
フィアンヌも確かめ、元気よく頷いた。
俺は軽くかき混ぜる。
「よし。入っていいぞ」
「わーい、です!」
フィアンヌは子供のように喜び、服を脱ぎ始めた。
【本日の業務報告】
元勇者は、大人の階段をのぼった。
しかし、本人は気づかなかった。
自称勇者は、大人の階段をのぼった。
本人は意味わからず、興奮している。
連載が始まって日が浅いですが、改めて感謝申し上げます。
おかげさまで、予想以上の反響をいただきました。
引き続き投稿していきますので、来年もよろしくお願いします。




