第49話 魔王城、着々とホワイト企業の道を歩む。
「本日もご苦労様でした」
「「お疲れさまでした」」
ドランデスは頭を下げる。
俺とフィアンヌも、上司に向かって頭を下げた。
フィアンヌは目をごしごしと擦る。
欠伸しそうになったのを、無理矢理かみ殺した。
結構眠っていたはすなのだが、まだ寝たりないらしい。
まあ、里から直で来て、いきなりバイトだったから仕方ないかもしれない。
「では、ブリード。今日のお給料です」
ドランデスは999,999,999エンが入った鞄を俺に差し出す。
俺は「へ、へへぇ」と恭しく手を差し出して、受け取った。
相変わらず重い……。
しかし、この重さがたまらない。
今日はどこで飲もうかしら。げへへへ……。
「あと、フィアンヌさん」
「は、はい……」
フィアンヌはピンと尻尾を伸ばす。
俺がもらった鞄の中身から、ドランデスに向き直った。
「あなたの給料は、借金から天引きされる形になります。ただ生活に困っているなら、お金をお貸しします。勿論借金に加算されることになりますが」
「いえ。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた。
「あと、社員寮の話なのですが」
「はいです」
…………!
なんですとぉおおおおおお!!!!
「ちょちょちょちょちょっと待って。今、なんつった! やたら魔王城にあるまじき素敵ワードが聞こえたような気がしたのだが」
「素敵ワード? なんの事ですか? 私は社員寮の話をしているだけですが」
「はいです。ドランデスさんは、フィアンヌのために社員寮を作ってくれるそうです」
それだよ!! それ!
「なんだよ。社員寮って! 俺は聞いてないぞ!」
「いえ。……ブリードには話をしてないので。そもそもあなたは自宅通勤ではありませんか」
「いや、そうだけどよ。魔王城に社員寮って……」
「大きな商会やお城などでは、社員や奉公人のために敷地内に家を造ることになっていると聞いたのですが、間違っていますか?」
ま、間違ってはいないのだが……。
なんか。気付けば、この魔王城。
どんどん待遇がよくなって来てるよな。
給料はべらぼうに高い。
遅刻はOK。
休日はあるし、有給はとりやすい。
加えて、社員寮だ。しかも、魔王城は黒字経営だと先日聞いた。
これに社員食堂まで出来た日には、超優良企業じゃねぇか!
「その社員寮ですが、建設が遅れています」
「え!?」
「今、ネグネ卿が陣頭指揮をとって、スケルトンたちを24時間働かせてますが、どうしても2、3日はかかるそうです」
24時間って……。
前もそんな話を聞いたような。
てか、スケルトンってネグネの話では、人間の魂を媒介に動かしてんだろ?
大変だな。骨になってまで、人間だった頃よりも労働を強いられるって。
前言撤回……。
やっぱブラックだわ、魔王城。
「魔王城に隣接する予定なので、どうしても堅牢に作らなければならないと。あなたに恨みを持つ魔族もいるとは思いますし」
「うう……。それは仕方ないです。でも、しばらくどこに住めばいいのでしょうか?」
「そうですね」
ドランデスの眼鏡が光る。
その光が俺の顔に命中した。
次いでフィアンヌも、じっと俺の方を見つめる。
慌てて手を振った。
「待て待て! 俺の部屋はダメだぞ! 散らかってるし、もう1人寝るには狭いつーか」
「前にお邪魔しましたが、もう1人ぐらいなら泊められるのでは?」
「フィアンヌは狭くても気にしません。なんだったら屋根裏……――ってちょっと待って下さい、です!!」
「あ? なんだ?」
「今、ドランデスさんは『前にお邪魔しました』と言ったです」
「それが何か……」
フィアンヌはピンと尻尾を立てる。
ふらつきながら、1、2歩と後退した。
「まさかお2人は恋人同士!」
なんで、そうなる!!
と、その時だった。
鋭い――鞭を鳴らすような音がロッカー前に響いた。
見れば、ドランデスの尻尾から湯気が立ち上っている。
表情こそ変わらないが、眼鏡の奥にある紺碧の瞳は怒っているような気がした。
「違います!」
力強く否定する。
事実だから、仕方ないが、若干その力強さは傷付くぞ、ドランデス。
「前に俺が風邪を引いた時に、お見舞いにきてくれたんだよ。スィームも来てくれたし、エスカも来た」
「さ、三股!?」
変なところ想像逞しいなあ、このアホっ子狐娘は!!
ドランデスは俺に向き直った。
「何とかお願い出来ないですか?」
「とは言ってもな……」
俺は頭を掻いた。
これでもフィアンヌは女だ。
正確な年までは知らないが、容姿はまだまだ子供だ。
元勇者が子供を自室に引き込んだなんて噂を立ってみろ。
末代まで語り継がれるぞ。
だが、まあ……。
上司であるドランデスがこうして頼んでいるのだ。
無下にはできない。
狐獲り祭の一件もあるしな。
ここらで好感度をアップしておかなければならないだろう。
「わかった……。まず知り合いに当たってみるよ」
ドランデスとフィアンヌは同時に胸を撫で下ろした。
こう見ると、親子みたいだ。
顔は全く似てないけどな。
「よろしくお願いします」
「不束者ですがよろしくお願いしますです」
嫁に行くわけじゃないんだぞ、お前……。
変な雰囲気を出すなよ。
こうして俺は、フィアンヌの宿泊所を探すこととなった。
◆
「ほへー……。ここが、師匠が住んでる村ですか?」
俺が住んでる村の入口にようやく辿り着く。
すっかり陽は沈み、雲一つない夜天には星が瞬いていた。
空は真っ黒なのに、俺の村は光り輝いている。
お伽話に出てくるような黄金の国のようだ。
――どうしてこうなった……。
正直、俺も驚いていた。
毎日帰ってるので、村が徐々に変化していっていた事には気付いていたのだが、明らかに数十日前とは変わっている。
それも劇的な勢いで、だ。
精霊光球をふんだんに使ったネオンの建物。
黄金色のど派手な建物が並んでいる。
道は街灯付きで整備され、高貴な身分の人間が乗る馬車が、ひっきりなしに村を出入りしている。
極めつけは高い城壁。
これは村ではなく、もはや立派な城塞都市だ。
一体何があったんだろうか?
俺はまだ2日酔いが残る頭を掻いた。
「ともかく宿を探すか」
「え? 師匠の家に泊まらないですか?」
「ばーか。お前、俺の家に泊めたら、変な誤解されるだろ」
「誤解? フィアンヌは別に気にしないですが」
俺は気にするんだよ。
「行くぞ!」
と先に歩き出した。
「えっと……。宿は?」
弱った。
久しぶりに宿屋街なんて来たのだが、そこらじゅうが変わり過ぎていて、道がわからなくなってしまった。
馴染みの宿屋があったのだが、見当たらない。
潰れたか、はたまた改築したのか。
ともかく影も形もない。
そもそも街自体が、別物に変わっていたのだ。
見事に周囲はキンキラキン。
あまりに眩しすぎて、目が痛くなりそう。
しかも、どこの宿もやたらと背が高い。
城の尖塔よりも高い建物が、まるで壁のようにそびえている。
さらにその周りにいる人間も、随分と羽振りがいいらしい。
流行のリナールから、老舗の高級仕立て屋のドレスを着た女たちが、成金男と腕を組んで歩いている。
村を警護する衛士たちの装備も、最高級品に変わっており、街の平和ではなく、今日の自分の装備についての自慢話に、花を咲かせていた。
何人かに「はぁい、ブリッド」と声をかけられたが、誰が誰だかさっぱりなぐらい村人たちは、変貌していた。
結局、無駄骨になり、俺は近くの宿に入ることにした。
幸いなことに、金ならいくらでもある。
目に留まった宿屋の中に入ったのだが……。
「お客様……。申し訳ありません。今夜は全室満室になっておりまして」
「え? は?」
「誠に申し訳ありません」
恭しく頭を下げられる。
俺はその後、何軒か宿屋に当たったが、同じような回答だった。
もしかして俺たちみたいな庶民はお断りしているのかと思ったが、どうやらマジで満室らしい。
俺はフィアンヌを伴ったまま途方に暮れた。
すると、俺たちと同じく庶民的な服を着た中年のオヤジに声をかけられた。
やたら人懐っこそうな笑顔を浮かべている。
「兄ちゃん、宿を探してるのかい?」
「あ、ああ……」
頷く。
オヤジは「ダメダメ」という感じで手を振った。
「探すだけ無駄だぜ。ここらの宿屋はどこも予約で一杯だ。3ヶ月待ちらしいぜ」
「3ヶ――!!」
「おうよ。それもこれも、教会の隣に立ったカジノの客が泊まってるのさ。各国の首脳や高官、その親族なんかが遊びに来ているって話だ」
「マジか……。なあ、なんか空いてる宿を知らねぇか?」
すると、オヤジは俺とフィアンヌ――交互に見つめた。
やや黄ばんだ歯を見せ、イヤらしく笑う。
「よし。ついてきな」
言われ、やってきたのは――。
赤、緑、黄、桃色に、紫――。
様々な精霊光球が光るど派手な宿屋だった。
な、なんじゃこりゃあ……。
俺とフィアンヌは呆気に取られた。
そんな俺に、オヤジは首に手を回して、顔を寄せた。
酒臭い……。
「にーちゃん。……嬢ちゃんが可愛いからって、あんまり無茶なことはさせるなよ」
オヤジは俺の背中をはたく。
そしていい顔で去っていった。
俺とフィアンヌは顔を見合わせる。
お互い首を傾げた。
「ま。とりあえず泊まれるなら、この際仕方ないな」
「は、はいです。ちょっと恥ずかしいですが……」
まあな。気持ちはわかる。
こうして俺たちは宿に入っていった。
宿の名前は『不夜城』……。
まあ、魔王城よりは縁起がいいだろう。
【本日の業務報告】
魔王城の企業レベルが8になった。
ブリッドが住む町のレベルが481になっていた。
ブリードは給料を手にした。
獲得給金 999,999,999エン。
残高 不明。
ptが5000を突破しました。
ブクマ・評価をいただいた方ありがとうございます。
今後も精進して参りますので、よろしくお願いします。




