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第4話 それは魔王様だから

評価・ブクマいただいた方ありがとうございました。

本当に励みなります。

 俺は名札の文字をじっと見つめていた。


「あの……」


 横のドランデスが、声をかける。

 尻尾をふりふりと動かし、身体をモジモジさせていた。

 心なしか、顔が赤いような気がする。


「もしかして、字が間違っていました?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

「そういうわけじゃない? じゃあ、字が汚いとか」

「…………」


 俺は何も言わなかったが、さすがに表情に出てしまったらしい。


 ドランデスは顔ではなく、尻尾をシュンとさせた。


「すいません。徹夜で練習はしたのですが」

「練習?」

「いえ……。そのぉ、人間の文字を書くのははじめてで。それに魔族はあまりこういう細かいことを苦手としているのです」


 俺は想像した。


 机に向かい、蝋燭の光を浴びながら、懸命に紙に向かっているドランデスの姿を。


 やだ、ちょっと……。なんか可愛く見えてきた。

 この子なんて健気なんだろう。


「これから人間との交流が増えていくため、なるべく文化に馴染むように努力してはいるのですが」

「いやいやいやいや……。いいって! 気にするな、ドランデスさん。最初から上手くいかないことなんて誰にでもあるさ」


 と励ます。

 魔族――しかも、昔殺し合いまでした相手を激励するのは、なんか複雑だ。

 まあ、可愛いから許すけど……。


「じゃあ、俺は着替えるんで」

「わかりました」


 俺は渡された制服を広げる。


 見れば見るほど、地味なつなぎだ。

 しかも、薄いグレー。

 汚れとか目立ちそうだな。


 おもむろに俺は、上着のボタンを外そうとした。

 ふと気付く。


 振り返った。


 何故か、ドランデスが先ほどと全く同じ姿勢で立っていた。

 俺がちょっと怪訝な表情を浮かべると、紺碧の目をちょこちょこと瞬きさせる。

 首を傾げると、何故かドランデスも首を傾げた。


「着替えないんですか?」

「いや、着替えないんですか――じゃなくて。むしろ俺も、なんでいるんですかって訊きたいんですけど」

「私はあなたの上司ですから」


 訳の分からない返答がかえってきた。


 なんだ。

 自分は上司だから、部下の健康管理のため裸を見てもいいだろうってか。

 よし。ドランデスさんよ。今から俺に2、3人部下をつけてくれ。もちろん、女な! 女! そして毎日、健康管理と称して裸を見てやるぜ、げへへへ。


 めくるめく社内ハーレム的な妄想を行ったところで、俺は口元の涎を拭く。

 その唇を以て反論した。


「ええ……。俺、今からパンいちになるんですけど」

「パンいち?」

「パンツ一丁ってことね。つまりは半裸ってこと。もっとわかりやすくいうなら、裸ってこと」

「はあ……。あ――」


 ドランデスはポンと手ではなく、尻尾で地面を叩いた。


「人間の文化を調べた際、人間は裸を見られるのを恥ずかしがる習性があると」

「そうそう。それそれ」

「やはり、そうですか。ブリードさんも」

「うんうん。だからね」

「なるほど。魔族にはそんな習性がないもので。申し訳ありません」


 それって、魔族だったら裸見放題ってことか?


 ああ、そう言えば魔族ってそういうところ奔放だよな。

 蛇女系とか、蜘蛛女系とか、人魚系とかの半妖系のモンスターって、普通に乳を諸だししてるし。

 はじめ出会った時は、あまりにも眩しくて戦闘どころじゃなかった。

 若かったな、俺……。


 しみじみとしていると、ドランデスが顔を覗き込んできた。


「あの……。業務支障を来すので、早く着替えてもらえませんか?」

「いや、やっぱ出てってもらわないと、心情的に」

「私は気にしないので大丈夫です」


 俺が気にするんだよ!


「それに男は女に裸を見られると興奮すると聞いたことがあります」


 ちょ! それどこのソースだよ!

 いや、あながち間違ってないっていうか。

 男が女に裸を見せる時って、だいだい決まってるんですけど!


「これから魔王城で仕事するという緊張状態をほぐすためにも、ある程度の興奮状態で仕事を望むのは悪いことではないかと」


 さらっと危ない発言してるンじゃねぇよ!

 穏やかに言えば、なんでも許されると思ってんじゃねぇだろうな。


 ともかく、俺はなんとかドランデスを説得し、ロッカールームから出ていってもらった。


 全く……。先が思いやられるぜ。


 そうして、俺はやっとズボンを脱いだ。



 ~~~~  元勇者着替え中  ~~~~



 着替え終えると、俺はロッカールームの引き戸を引いた。


 ドランデスが待っていた。


「サイズは如何ですか?」

「ええ。ぴったりです」


 驚くほどピッタリだった。

 しかも伸縮性もあって、動きやすい。

 このままどっかへ行って、身体を動かしたい気分だ。


「これも魔王城で作ったんですか?」

「はい」


 さっき細かい作業をするのは、魔族は苦手だといっていたのに。

 こんなのを作れるヤツがいるんだな。

 素直に感心した。


「作ったのは、モームです」

「ブッ!!」


 俺は思わず吹きだした。

 口元を拭きながら、聞き直す。


「モームって、あの固い殻に覆われてて、口から粘液を吐き出す」

「よくご存じですね」


 ああ。存じていますとも……。

 やたらと防御力は高い。すぐに仲間を呼ぶ。瀕死状態になると、攻撃力が1.5倍増しになる。

 いつだったか、モームの子供をからかって遊んでたら、いきなり大人のモームが集団で襲ってきたことがあったな。

 あの時のモームはやばかった。

 目の前にいるドランデスよりも強かったかもしれない。


 ――と、そこまで懐古して、俺は改めてつなぎを見た。


 とても暴走特急モームが作ったとは思えない。

 なんか変なにおいとかしないだろうな。

 試しに嗅いでみたが、さほどにおいはしなかった。


「モームには、絵を見せるとそれとそっくりなものを糸で作るという習性があるのです」

「へぇ……」


 もはや感心する以外のリアクションしか取れなかった。


「さ。仕事をしてもらいましょう」


 ドランデスはモップを差し出した。

 とりあえず、俺はそれを受け取る。


「で? 俺はどこを掃除したらいいんだ?」

「? 今さら何を言っているんですか? 魔王城ですよ?」

「それはわかってるんですけど……。どこからどこまでとか。担当区画的なものってあるじゃないですか?」

「あなたの担当区画は魔王城ですが」

「そんなアバウトな!」

「残念ながら、分担できるほど人材はいません。今のところ、清掃員のアルバイトを申し込んできたのは、ブリードさんだけです」


 だろうと思ったよ!

 魔王城って知ったら、誰でも回れ右するわ!


「いや、そういうことじゃなくて。魔族にやらせればいいだろ?」


 ギロリ、とドランデスは眼鏡の奥から俺を睨んだ。

 その雰囲気ははじめて出会った時とそっくりだ。


「残念ながら、魔族に清掃という概念はありません」


 堂々と言い切るなよ……。


「じゃ、じゃあ……。なんで清掃員なんて雇ったんだよ。掃除とかしないってことは、汚れてんのを気にしないんじゃないのか?」


 知らず知らずのうちに、俺は語気を強めていた。


 再びドランデスは、眼鏡をピカリと光らせた。


「命令なのです」

「命令……。誰の?」

「決まっています。魔族に命令できるのは、たった1人しかいらっしゃいません」

「それってもしや」

「そう――」



 ……魔王様です。



 沈黙が降りた。

 魔王城の奥の方から、低い吠声と唸りが聞こえた。


 俺は何も言えなかった。

 やがてドランデスは口を開く。


「なるほど。ブリードさんは魔王様が生きていることを知らないのですね」

「え?」

「人間界では、極一部の国のトップだけが知っていることなのですが、もう1度言いましょう。魔王様は生きてらっしゃいます。つまり、勇者には倒されていなかったのです」


 勇者――という単語を聞いて、俺は背筋が凍った。


 一応、表明しておこう。

 俺は魔王が生きていることは、当然知っている。

 その極一部のトップに伝えたのも、この俺だ。

 世間に「魔王は死んだ」と伝えたのは、その国の代表たちで、俺は関わっていない。


 平和が訪れたということを民衆にわからせるためにも、「世界は平和になった」というより、「魔王が死んだ」と標榜する方が理解しやすいと判断したのだろう。


 魔王を殺すことは、正直不可能だった。

 何故なら、ヤツは不死だったからである。


 では、死んでいないのに何故、ヤツは人間との交流を決めたのだろうか。

 負けていない相手と、なにゆえ和睦を結んだのか。


 それは俺にもわからん。


 ただ1つ言えることは、魔王というヤツは非常に気まぐれな野郎だ。


 清掃の概念がない魔族がうようよいる魔王城に、人間の清掃員を雇って綺麗にさせようとしている。

 それは何故か。

 つまりは魔王だから。


 百人いたら百人が二度見するような三段論法が、あっさりまかり通る変人……。

 それが魔族のスタンダードかとも思ったが、ドランデスの様子を見ると、そうではないようだ。


 ともかくだ。


 俺はすべてに納得していた。


 魔王城がなんで人類を雇ったか。

 何故、清掃員なのか。


 他人はどうかは知らないが、俺はやっと腑に落ちたのだ。


「理解していただけましたか?」


 ドランデスは魔王が生きていることから、何故清掃員を雇ったかを懇切丁寧に教えてくれた後、そのように締めくくった。


「ええ……。とっても」


 至極いい顔で、俺は頷いていたに違いない。


「では、よろしくお願いします」


 ドランデスは――魔族にしては珍しく――頭を下げて、城の奥へと歩いていった。

 人間の文化に準拠したというよりも、魔族も礼を述べる時には、頭を下げるのだろう。その動作は、ひどく自然なものだった。

 ただ彼女がいつも頭を下げている上司を思い浮かべると、その心境は如何にと考えてしまう。


 尻尾を振りながら、去りゆく龍の御子の背中を追いながら、俺はそっと――。



 あんたも頑張れよ……。



 と心の中でエールを送るのだった。



 【本日の業務日誌】

 元勇者はつなぎを装備した。

 防御力が6あがった。

 魔法耐性が2あった。

 元勇者はモップを装備した。

 攻撃力が2あがった。

 お掃除のスキルが3あがった。


次は、少し空いて、お昼に更新します。


今しばらくお待ち下さい。

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