第47話 かくてひとまず大団円。でも、あともうっちょっと続くんじゃ
ちょっと長めです。
読む際には注意願います。
スタジアムでは、フィアンヌの謝罪が続いていた。
1周して、なるべく多くの人に謝りたいそうだ。
魔族たちはいまだに拍手を送っている。
その歓声とも、ただの遠吠えともいえる中、俺は武闘場から退いた。
入場口に向かう。
ドランデスが立っていた。
空気が緩んだスタジアムとは対称的に、薄暗い空間だけは冷ややかだった。
龍の御子は顔を上げる。
眼鏡の奥の緑光は、冷たく讃えていた。
どことなく周囲の空気を硬質化させていっているような気さえする。
魔力を使いすぎて、少々疲れた俺は、雰囲気を察して丸めていた背筋を伸ばした。
「ど、ドランデス?」
声をかける。
すると、四天王の一角――自称魔王の秘書は目をつむった。
ぽつりと呟く。
「お疲れさまでした」
労われているのに、言葉はどこか刺々しい。
「あ、ありがとな。……えっと。怒ってる?」
「いいえ。別に」
なんか、その言い方がすでに怒ってるよね。
「多少強引な進め方ではありましたが、善手ではあったかと。魔族たちのストレス解消にはなったでしょう」
「まるで最善手ではなかったと言いたげだな」
俺は肩を竦めた。
「はい。最善手は、最後の最後にあの娘をこの場で惨たらしく殺すことですから」
ま。確かにな……。
魔族側からすれば、それが一番良かったかもしれないな。
「悪いな。こっちの最善手を打たせてもらって」
「もう済んだことです」
「主戦派の連中は、これで満足してくれたかな」
「ある程度の効果はあったと思います。……ただ、レベスタに関しては常に注視しておかなければならないでしょう」
「そうだな」
…………。
なに? この沈黙……。
やっぱ空気が重いんですけど。
何を話そうか迷っていると、先に口を開いたのはドランデスだった。
「1つ訊いてもいいですか?」
瞼を開け、ドランデスはこちらを見つめる。
いつになく真剣……。
むしろ――どこか敵視しているような趣きすらある。
アルバイトを始めた頃……?
いや、もっと前だ。
そう――。
こいつと初めて対峙した時……。
魔王の玉間へ行かせまいと、身体を張った四天王の目に似ていた。
「なんだ?」
俺は体を正した。
龍の眼鏡が光る。
「何故、レベスタを攻撃しなかったんですか?」
「……え?」
「10万匹の魔族を幻惑させる魔法の技術……。そしてかつて見せた龍族を軽々と吹き飛ばす膂力。それらを持ち合わせたあなたであれば、レベスタと同等――いや……」
……四天王を圧倒できたかもしれない。
言葉に、若干怒りが混じっていることに、俺は気付いていた。
口にすら憚る語句であっただろう。
自分と同格にある魔族を“圧倒”と評するのだ。
気持ちのいいものではない。
怒りが滲むのも納得できる。
それでもドランデスは、静かに尋ねた。
腹に渦巻く炎を必死に抑えているのがわかった。
「答えてください、ブリードさん」
ドランデスの心情を理解しながらも、俺は少し唖然としていた。
折角正した体勢を、いつの間にか解いていた。
ガリガリと頭を掻く。
そして言った。
「お前が言ったんだぞ、ドランデス」
「え?」
予想外の返答だったのだろう。
眼鏡の奥の瞳が、大きく見開いた。
「覚えてないか? バイト初日に、お前が言ったんだ」
「たとえ、挑発しても魔族を攻撃しないでいただきたい」
何か思い詰めていたドランデスの顔が、どんどん驚愕に変化していった。
見てるこっちは、案外楽しい。
上司のこんな表情――滅多に見られるものではないからな。
「で――ですが、私はこうも言いました。業務を妨害されるなら」
「別に業務を妨害されているわけでもないしな。手を挙げるわけにはいかないだろ」
「う……。で、でも――。1歩間違えれば、あなたが命を落としていたんですよ。もし幻惑の魔法が効いていなかったら!」
「ま、まあ……。どうにかなるんじゃないかなって」
ドン!!
まるで爆裂魔法が炸裂したような音が鳴る。
今後、目を丸くしたのは俺だった。
ドランデスの足元の石床が、踏み抜かれていた。
ヒビが入り、一部は剥離して裏返っていた。
「あなたは! なんでそう――! 自分の命のこととか。……危険だって思わないんですか!?」
「いや――。その……」
「スライムの時もそうです。私は大丈夫だといったのに、あなたは身を挺して私を助けてくれた」
「そ、それはお互い様だろ!」
「病気をしているのに、魔王城に来たり!」
「あれはさ。……連日飲みある――」
「そもそも、なんで危険な魔王城にアルバイトをしにきたのですか?」
「お、おおおお前がそれをいうのかよ!」
ぜぇぜぇはあはあ……。
ぜーはーぜーはー……。
俺たちはしばし切れた息を整えた。
「はあはあ……。あ、あなた……。自分の命を、はあ……。なんとも思ってない」
「……いや、だからさ。はあはあ……。お互い様だろうが」
なんていうか。
微妙にエロい空気が流れる。
「あなた……。はあはあ……。あなたは――」
……一体、何者なんですか!?
その質問を俺の胸に深々と突き刺さった。
キュッと閉じた口の端を、やがて上げる。
俺は笑った。
「言ってるだろ? 俺は単なるアルバイトだよ」
自分を指さした。
ドランデスは頭を振る。
それは答えではない――そんなジェスチャーだった。
「わかりました。……いや、詮索するのも無粋ですね。だけど、ブリード。もうこんな無茶はやめて下さい」
「俺もそれを望んでいるよ、ドランデス」
ニカリと笑う。
すると、ドランデスも微妙に口端を緩めた。
◆
「皆さん、お世話になりました、です!」
修復され、新品になった城門前で、フィアンヌは頭を下げた。
棍棒の代わりに、その背中に大きな荷物を背負っている。
下げると、エスカに選別と渡された紅茶の袋が落ちた。
フィアンヌはそれをいそいそと拾い上げる。
微笑ましい光景を見つめていたのは、俺、エスカ、オネェタウロス、スィーム、ドランデスだった(ちなみにネグネは、最近の働き過ぎと地上暮らしでグロッキー状態になっていて、欠席)。
「元気でね」
エスカが手を振る。
「はい。ありがとうございますです。紅茶大事にするです。でも、拷問はいけないと思うのです。自分で使うのが一番です」
「ちょっと! 私は自分で使わないわよ」
「え? そういう趣味の人と聞いたです」
「誰よ、そんなことを言ったのは! 私は拷問道具を愛でるのが好きなだけ――。ちょっと……。ブリード、なに笑ってんのよ」
青い目を燃えさからせ、こちらを見せる。
俺は慌てて真顔になった。
「別に……」
「あんたでしょ! この子に変なことを吹き込んだのは!」
俺の胸倉を掴む。
「違う違う。俺はお前が拷問器具が好きとだけしか言ってねぇよ。あいつが誤訳してるだけだ」
「じゃあ、なんで笑ったの?」
目を細める。
対して、俺は目を泳がせた。
「それは、その――」
「あとで私の部屋に来なさい。たっぷりお仕置きしてあげる」
拷問部屋で、一体俺はどんなお仕置きをされるのだろうか。
そんな俺たちを尻目に、前に進んだのはオネェタウロスだった。
「まあ、バカップルは放っておいて」
「カップルじゃねぇし!」
「カップルじゃないわよ!」
俺は激しく否定し、エスカはぶんぶん尻尾を振り回した。
オネェタウロスは無視する。
ポンとフィアンヌの頭を撫でた。
「ま~、相変わらず撫で心地がいいわ~」
「くすぐったいです、オネェタウロスさん」
「今度来た時は、私のお店に来なさい。手取り足取り教えてあ・げ・る!!」
何を――!!
てか、お前! お店とか持ってたのかよ。
「ピキィ!」
「スィームさんもお世話になったです。また遊びましょう」
今度はフィアンヌがスィームを撫でる。
スライムは気持ちよさそうに「ピキィ!」といつもの声を発した。
そしてドランデスに向き直る。
「あの……。ご迷惑をおかけしましたです、ドランデスさん」
おずおずと頭を下げた。
「お礼なら、ブリードに。私は大会の進行を補佐したに過ぎません。……厳しいようですが。あの時、私はあなたが殺されておくのが最善だと考えていました」
「あ。うぅ……」
フィアンヌの顔が俯いた。
「ですが……。ともかくお元気で。折角も助けてもらった命です。大事に使ってください」
「は、はいです!」
最後は笑顔が戻っていた。
「そうだぞ。……命は大切に、だ」
「ブリードさぁん」
フィアンヌの目に、突如涙が浮かぶ。
笑ったかと思えば、今度は泣くのか。
なかなか忙しいヤツだ。
フィアンヌは俺に飛びつく。
背中に手を回して、強く抱きしめた。
うぐ……!! 苦しい!!
相変わらずの馬鹿力だ。
ともかく、俺はその状態でもフィアンヌの頭を撫でた。
あと一度でもいいから、尻尾もモフモフさせてほしい。
さっきから俺の目の前で、ヒラヒラと誘っている。
なんか涎が出てくるんだが……。
軋む骨に、少々顔を歪ませながら、俺の身体に甘えてくるフィアンヌに言った。
「帰ったら、里のみんなに謝るんだぞ」
「はい、です」
「とーちゃんとかーちゃんにもな」
「はい、です」
「ああ……。あと道中気を付けて」
「はい、です」
「えっと……。まともな防具を装備しろよ」
「はい、です」
「酒を入れて飲む器は?」
「はい、です」
「気分は――」
「ハイ、です」
「いつまでくっついてんのよ! ブリードも! 遊んでるんじゃないわよ!!」
とうとうエスカが横やりを入れた。
軽くフィアンヌの頭をこつく。
それでも黄狐族の少女は離れようとはしなかった。
「フィアンヌ……」
努めて優しく――俺は声をかけた。
それ以上は何も言わない。
それで十分だったからだ。
力が緩む。
ようやく腰から手を離した。
目に浮かんだ涙を拭ってやった。
黄金色の瞳を見つめる。
そして言った。
「元気でな」
「はい、です!!」
顔を上げる。
元気いっぱい――。
いつもの黄狐族の少女に戻っていた。
「ばいば~い!」
大きく手を振り、黄狐族は去っていった。
豆粒ぐらいになっても、あいつは手を振り続けていた。
「なんだか、寂しくなるわ~」
「そうね。でも、あの子がいる場所はここじゃないと思うわ」
「確かに……。さすがエスカ様。良いこというじゃない~」
「ピキィ!」
「スィームもそう思う」
「ピキィ!」
「それよりドランデス様……。その書類はな~に」
「ああ、これは――」
魔族たちはお城に戻っていく。
俺はフィアンヌが去っていった方を見つめ続けていた。
こうして黄狐族のフィアンヌは、魔王城から去っていったのだった。
そう――去っていったはずだった。
◆
数日後……。
俺はスィームと共に床磨きしていると、ふと声が聞こえた。
「あの~。もしも~し。開けてもらえないですか?」
誰だろうか?
俺はスィームと目を合わせる。
「もう、自分で開けてみるです。うーん。うーん。ビクともしないです。鍵がかかってるですか? 仕方ないです」
すると物騒な声が聞こえる。
「ぶち破るです!!」
バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!!!
突如、新品にしたばかりの城門が吹き飛んだ。
俺はスィームを庇って、床に伏せる。
顔を上げた。
盛大な音を立てて、城門が倒れる。
おいおい、誰だよ。こんな物騒なノックをしたのは……!
顔を上げる。
やたら見たことあるシルエットが浮かんでいた。
「おお! ブリード師匠!! おーい、です」
「は?」
よく目を凝らす。
頭に付いたふさふさの三角耳。
緩やかに揺れるモフモフの尻尾。
全く隠せてない慎ましいお胸。
何より好奇に輝く黄金色の瞳……。
察しのいい人間なら、入ってくる前からわかっていただろう。
そこにはいたのは――。
「フィアンヌ! どうしてここに!?」
「私が呼んだんですよ」
声は真後ろから聞こえた。
ドランデスだ。
気配が読めなかった。こいつ、上達してやがる。
眼鏡を押し上げ、レンズをキランと光らせる。
「呼んだというのも語弊がありますね。雇ったんですよ、彼女」
「はあ? あいつ、里に帰ったんじゃ」
「へへ、実は師匠……」
フィアンヌは頭を掻いて、頬を赤らめた。
てか、その師匠ってなんだよ。
「里には帰ったんですけど。また怒られて、戻ってきました」
「はい?」
何かの聞き間違いだと思った。
しかし、彼女はこうして帰ってきているのだ。
「実はです。フィアンヌ、借金背負ったです」
「なぬ!?」
「私が説明しましょう」
とドランデスが交代する。
「フィアンヌさんが壊した城門――今まさに、また潰れたわけですが――その他にもベヒーモス要塞や、他の防衛施設の修理費などを黄狐族の里に請求したところ」
「はあ……」
「支払い能力はないので、代わりにフィアンヌさんを死ぬまでこき使ってやってくれという返事をもらいまして」
「…………」
「そういうわけで……。ブリードさんと一緒に働いてもらうことになりました」
「よろしくです。ブリード師匠!!」
………………………………………………………………………………。
な、なにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!
俺の絶叫は、魔王城を揺るがさんばかりに響き渡るのだった。
【本日の業務報告】
黄狐族の少女フィアンヌが仲間になった。
フィアンヌの【ステータス】
ちから 999
すばやさ 580
たいりょく 881
まりょく 0
ちのう アホの子
いつもより長いお話になりましたが、押しかけ自称勇者編は終了です。
この展開を予想していた方は、感想欄に挙手している可愛い絵文字を書いて下さいw
(特に賞品はございませんので、あしからず……)
年末進行ですが、まだまだ毎日投稿するので、
お付き合いいただければ幸いですm(_ _)m




