第46話 勇者、謝る
スタジアムはどよめいていた。
結果的には俺が勝ったが、レベスタの途中棄権という結末は、観衆にとってはやや消化不良なところがあるだろう。
まあ、俺なりに盛り上げたつもりだ。
少しはヤツらのストレス解消に繋がったと思いたい。
それよりもだ。
勝負のことよりも、皆が疑問に思っていることがあった。
「ちょっと~。ブリードちゃん、大丈夫なの~?」
気持ち悪い声が頭の上から振ってくる。
俺の手を掲げたオネェタウロスだった。
何度も言わせるな。
ちゃん付けはよせ。
馬刺にするぞ。食べたくねぇけど。
「ああ、これな」
自分の身体を見る。
なかなか盛大に赤くなったものだ。
俺はもう片方の手を上げる。
指を弾いた。
パチン……。
スッと俺の身体が光になって消える。
腕を掴んでいたオネェタウロスが、目を剥いた。
「ここだ」
俺はオネェタウロスの背後に立っていた。
「いつの間に……。――って、あれ~」
やたらと太い首を傾げる。
オネェタウロスは1度、瞼をもむと、よーく目を凝らした。
不思議に思うのも無理はない。
俺が全く無傷な状態で立っていたのである。
「もしかして、幻惑魔法……」
あら、やだ、という感じで、俺を指さした。
そうだ。
俺は終始、幻惑魔法を使って戦っていた。
大怪我に見えていたのは、すべて幻だったのである。
説明するのは簡単だ。
割と、これはこれで骨を折る作業なのだ。
「ちょっと待って~。私やフィアンヌちゃんにも……」
段々とオネェタウロスの瞼が開いていく。
真実に気付いて、両手で口を覆った。
「お。気付いたか」
俺が幻惑魔法にはめたのは、何もレベスタだけではない。
オネェタウロス、闘技場横で観戦していたフィアンヌ。
貴賓席で見つめるエスカ。
入場口で固唾を呑んでいたドランデス。
そして、何より……。
スタジアムを埋め尽くした魔族たちの大観衆にも、俺は幻惑魔法をかけていた。
ざっと10万匹の観客すべてに、魔法を仕掛けたのである。
たかが幻惑魔法。
しかし、10万匹すべてにかけるには、想像もつかない魔力と操作、乱れのないイメージ力が必要になる。
果たして、そんなことが出来る人間は、4大陸世界においてもう1人いるかどうかというところだろう。
「ちょっと~。ブリードちゃ~ん。あーた、ホントなにものなの?」
「今さらかよ。……何度も言ってるだろ。俺はここのアルバイト――」
「ブリードさぁあああああんんん!!」
金色の弾丸が飛んできた。
強かに俺の鼻面にぶち込んでくる。
そのまま押し倒された。
「ちょ! おま――」
顔を上げる。
ふさふさした三角耳。
雪兎のような白い肌。
背中の後ろで、モフモフの尻尾が左右に揺れている。
その黄金色の瞳から、涙が溢れていた。
黄狐族の少女が泣いていたのだ。
「よ、良かったですぅううう!!」
フィアンヌはそのまま俺に抱きついた。
ギュッと力一杯だ。
無茶苦茶苦しい!
フルパワーで締め付けるな。
お前、力だけは強いんだから。
ちょ……。息が――。
「ちょっとちょっと……。フィアンヌちゃん。絞まってるわよ」
「え?」
俺の顔を見た。
血の気が引いていた。
「わわわわわ。ごめんなさいです」
ペコリと頭を下げる。
その頭が今度は俺の額にクリーンヒットした。
半ば意識が飛んでいた俺にとって、それは最後のトドメになった。
「あ~ら、これは不味いわね。人工呼吸しなきゃ。はあ……。はあ……。うん。口臭問題ないわ。今から熱いヴェーゼを――」
俺はシャキンという感じで起き上がった。
危なかった。
危うく死ぬことよりも恐ろしい事が起きるところだった。
「あら、ざ~んねん」
キスしたかったわ、という感じで、オネェタウロスは自分の手の甲にキスをした。
今度、同じ事をやろうとしたら、戦争も辞さないからな、お前。
◆
貴賓席で見ていたエスカはどっと椅子に腰掛けた。
額を抑える。
「姫様! 大丈夫ですか?」
横のオーク伯爵が慌てふためいた。
医者を呼ぼうとするが、制止したのは彼女自身だった。
「大丈夫よ。流血を見たから、びっくりしただけ。じきによくなるわ」
闘技場でドタバタしてるブリードに今一度、視線を送る。
――まったく……。心配させるんじゃないわよ。
と呟くのだった。
◆
「ブリードさん、良かった。良かったです」
フィアンヌは泣きべそをかきながら、「良かった」と連呼した。
俺はその頭に手を置く。
ゆっくりと撫でてやった。
「心配させてわるかったな。……でも、まあこの通り。ちゃんとピンピンしてるからよ」
「うん。……それでもフィアンヌは怖かったです」
「悪かったって……。それよりも、お前にはやることがあるだろ?」
「ふぇ……」
俺とフィアンヌは立ち上がる。
黄狐族の少女を見つめた。
俺は少女の額に手を差し出す。
そして指で弾いた。
「痛い! な、なにするですか!?」
「やられたっていえ」
「え? ……やられた?」
すると、オネェタウロスは俺の腕を掴む。
「はい。ブリードちゃんの勝ちよ」
静かに――しかし、よく通る声で勝利を宣言した。
ざわつくスタジアム。
何が行われているのか理解できず、魔族たちはただ成り行きを傍観していた。
フィアンヌもそうだ。
小首を傾げ、「ふぇ?」と声を発した。
「勝負は俺の勝ち。これでお前は、俺のものになったわけだ」
「なんだか、意味深だわ」
茶化すなオネェタウロス。
殺すぞ……。
俺は明確に殺意を向ける。
オネェタウロスはどこ吹く風だ。
状況を飲み込めてないフィアンヌだけが、瞼を瞬かせた。
「レベスタとブリードちゃんが勝ったら、あーたと勝負することになってたでしょ~?」
「あ……。そ、そう、です」
「で? 今、俺が勝った。お前の生殺与奪は、俺に委ねられたというわけだ」
「あ、ああ――。そういうことですか?」
「イヤか?」
「そ、そそそそそういうわけではないのですが……」
フィアンヌは頬を赤らめる。
トレードマークの尻尾を、いそいそと左右に振った。
「なんだ。言ってみろ」
「は、はい。ブリードさんと戦ってみたかったなって」
「俺はイヤだ」
「ガビーン! そ、そんなはっきり言わなくても」
「ばーか。お前みたいな子供に、拳をあげられるかよ」
「さっきデコピンしてた人間が、よくいうわね。ムフフフ……」
オネェタウロスは微笑む。
「うるせぇ! あれは愛ある折檻だ」
「なーら、私にもちょーだい。愛ある折檻」
と顔を近づけてくる。
くそぉ……。今すぐ、その顔面ぶち抜きてぇ……。
俺はとりあえず無視することにした。
「というわけで、お前は俺の言うことに従ってもらうぞ。いいな」
「は、はいです」
「じゃあ、早速――」
フィアンヌは背筋と尻尾をピンと伸ばす。
俺は咳を払い、言った。
「魔族に謝れ」
「ふぇ……」
「お前はこいつらにメチャクチャ迷惑をかけた。だから、ここで……。いないヤツもいるが、いい機会だ」
「…………」
「いやか?」
尋ねる。
フィアンヌは首と尻尾を両方動かし、否定した。
そして――。
「はい、です!」
明朗に答えた。
フィアンヌは一歩進み出る。
スタジアムをぐるりと見つめた。
そしておもむろに頭を下げる。
金色の髪が揺れた。
ごめんなさいです!!
大きな声ではっきりとフィアンヌは謝罪の言葉を口にした。
「謝ってすむ問題じゃないことは承知してるです。それでも、フィアンヌにはこうすることしか出来ないです。もうこんなことは2度としないです。フィアンヌに傷つけられた人にも、一杯一杯謝ります。だから――」
フィアンヌが迷惑をかけた人に、謝るチャンスを下さいです。
深々と頭を下げた。
騒然としていたスタジアムが静まり返っている。
罵詈雑言でも飛んでくるかと思っていたが、そんなことはなかった。
ただ戸惑っていた。
――ああ。そうか……。
俺は1つ得心した。
こいつらは謝られることに慣れてないのだ。
大戦時、人間の「許してくれ」という言葉は何度と聞いただろう。
だが、それは命乞いであって、謝罪ではない。
きっと「叩いてごめんなさい」なんて言われたのは、人間よりも長い寿命を持つ魔族とて、初めてのことなのかもしれない。
ならば、この場に流れる空気も理解できた。
何をどう反応すればいいのか、わかっていないのだ。
魔族は――。
その時だった。
手を叩く音が聞こえた。
パチパチ……。パチパチ……。
見ると、貴賓室から抜け出したエスカが手を叩いていた。
ゆっくりと階段を下りてくる。
最前列まで来ると、一旦手を止めた。
「魔王の娘エスカ・ヴァスティビオである!」
高らかに奏上した。
それは力強くこだます。
普段のエスカとは、がらりと変わっていた。
「不在の魔王様に代わり、沙汰を申す。私はこの者を許すことにする」
一瞬、どよめいた。
「同意するものは、手を叩け。これは拍手という。同意と賛辞を表すジェスチャーだ。不同意とするものは、今すぐ立ち去るが良い。不満はいつでも我が拷問部屋で聞こう。各々、いかがか!?」
すると、エスカは再び拍手を始めた。
魔族たちは自分の手を見た。
左右に動かしたり、横にいた魔族の顔を窺っている者もいる。
だが、いまだ席を立とうとするものは現れなかった。
やはり、まだ困惑しているのだ。
パチパチ……。
音が鳴る。
それはエスカが鳴らした音ではない。
皆の視線が集中したのは、闘技場の方だった。
オネェタウロスが片方の手に置くように手を叩いていた。
パチパチ……。
また別の方向から拍手が聞こえた。
実は、ずっと貴賓室の奥から戦況を見つめていたネグネが、手を叩いていた。
皆の視線に気付くと、肩を縮ませる。
しかし、拍手は止めようとはしなかった。
次第に……。
パチパチ……。 パチパチ……。 パチパチ……。
パチパチ……。
パチパチ……。 パチパチ……。
パチパチ……。
増えていく。
横が叩けば、またその横が。その横が叩けば、またその横が……。
それはうねりとなり、スタジアムは大きな拍手に包まれた。
何故か、興奮し、大きく遠吠えをはじめたヤツもいる。
胸を叩きドラミング。挙げ句、炎を吐き出すものまで現れた。
もはや何をやっているのかわからない。
まるでお祭りのようだ。
本当に、同意しているのか疑問符は付く。
だが、皆――。
楽しそうだった……。
「賛成多数と見なし。これを魔族の総意とする!!」
再びエスカは高らかに宣言した。
まったく、呆れるほど強引だ。
力業なのだけれど、らしいと思った。
魔族らしい――俺はそう納得したのだ。
「ブリードさん」
今度、戸惑っていたのはフィアンヌだった。
丸い目をさらに丸くし、俺を見つめる。
その頭に俺は手を置いた。
相変わらず、触り心地は最高だ。
「こういう時は、なんていうんだ?」
「え? ……ご、ごめんなさい?」
俺は息を吐く。
「ちげぇよ」
ありがとうございました、だろ?
フィアンヌの顔がパアと赤くなる。
拍手に応えるように、今一度頭を下げた。
「ありがとうございました、です!!」
下げた少女の目に、大粒の涙が溢れていた。
【本日の業務報告】
魔族たちは【拍手】を覚えた。
しかし、彼らはいまいち意味を理解していなかった。
日間総合に返り咲いたおかげで、PVが上がっておりました。
読んでいただいた方ありがとうございました。




