第43話 元勇者の出番がやってきた。
今日は早めの更新です。
祭り前夜。
俺、フィアンヌ、ドランデス、エスカ、オネェタウロス、ネグネ。
言い出しっぺと賞品、そして祭りの実行委員会のメンバーは、エスカの拷問部屋に集まっていた。
「主戦派の中で、もっとも危険な存在はレベスタです」
ドランデスの冷たい声が、鉄臭い拷問部屋に響く。
「確かにね。……あいつが一番厄介よね」
エスカも巨乳を持ち上げるように腕を前に組んで同意した。
「どんなヤツなんだ?」
「う~ん。種族はゴースト系。いわゆる死霊騎士ってヤツよ~。その点ではネグネ卿がよく知ってるわぁ」
オネェタウロスが隅っこで、虫と戯れるネグネに話を振る。
きゃっきゃっうふふ……と遊んでいたリッチの少女は、視線に気づき、顔を上げた。こほん、と咳を払うと、顔に手を当て、眼窩を光らせた。
「うむ……。レベスタは我が眷属の1人だ」
「で――?」
「昔から騎士にはあるまじき粗野で乱暴な性格だったが、その実力は他の死霊騎士と比べても群を抜いておる」
「変異種というヤツか?」
同種族でも飛び抜けて能力が高い魔族のことを、俺たちは「変異種」と呼んでいた。わかりやすい例が、龍顔族のルゴニーバだ。
そうした変異種は、種族の中のトップに立つことが多い。
「うむ。それは間違いないのだが、ヤツの成長は凄まじかった。我ら死霊は、人間の怨嗟や憎悪といったものを糧にする。あやつは人間を殺して殺して殺しまくり、膨大な末期の感情を得ることに成功した」
結果――。
「大戦勃発時、ただの種族長であったにも関わらず、力を付け、今の地位を手に入れたのだ」
「地位……」
「はい、ブリード。彼は地位を手に入れたのです。魔王様に次ぐ。名誉を」
「それって――」
俺は息を呑む。
ドランデスは胸に手を置いた。
「そうです。レベスタは、私と同じ四天王の一角なのです」
ドランデスは説明を続けた。
「四天王には長らく空席がありました。【貪食】ボーランが大戦時に置いて消滅したからです」
知っている。
何故なら、ボーランを討伐したのは、元勇者≪俺≫だからだ。
簡単に言えば、超巨大スライム。
前に暴走したスィームとは比べ者にならない程の、だ。
山のようなスライムが、四天王の一角に収まっていた。
ただ結局、デカいだけで俺の聖剣の錆になった訳だが……。
「弱ったのは、四天王になった後ね」
エスカが久方ぶりに話に交じる。
「その通りじゃ。四天王という地位を手に入れたあやつは、一気に主戦派をまとめ、リーダーに収まった」
「なあなあ、ネグネ」
「なんだ、ブリード」
「ようはお前の眷属なんだろ? お前が、ちょこちょこと言って、『レベスタ、やめるのじゃ!』っていえば、万事解決じゃないのか?」
「まあ……。それはそうなのだが」
ネグネは眼を逸らす。
「ブリードちゃんって、やっぱ人間よね~」
「どういうことだ、オネェタウロス」
だから、ちゃん付けはやめろとあれほど。
「魔族ってね~。人間ほど主従関係を重んじる種族ではないのよ」
「ケンタウロスの言ったことは間違いありません。あくまで仕える相手は、魔王様のみ。私の部下であるルゴニーバも、魔王様がそう命じになっているからこそ、私の命令を聞いているのです」
「それにな、あやつ……」
ネグネはぽつりと呟く。
「なんか怖いし」
こいつの場合、魔族の性質とかよりも、威厳だと思うがな。
引き籠もりだし。
眷属に、存在そのもの忘れられていそうな気がする。
「ともかく話を戻しましょ」
エスカが進行を戻す。
ドランデスは頷いた。
「主戦派のリーダー格であるレベスタは、おそらく祭りを潰しにくるはずです」
「話し合って決めたのにか?」
「自分たちの思い通りの展開なら、約束は守ると思うわ」
エスカは肩を竦める。
「そうよね~。レベスタちゃん、暴れん坊だから。事が思い通りにいかなかったら、卓袱台をひっくり返しちゃうかもね~」
「どうするの? ドランデス」
「正直、その対策に頭を悩ませているところです」
ドランデスは眼鏡を外し、こめかみを押さえた。
なにげに外したところを初めて見た。
今度、じっくり見てみたいものだ。
「フィアンヌに何か出来ないですか?」
と声を上げたのは、以前檻に入れられたフィアンヌだった。
モフモフの尻尾をペタリと床に置き、不安そうにこちらを見ている。
「お前は、とりあえず勝ち上がればいいんだよ」
「はい。頑張ります」
「ドランデスも、別に悩まなくてもいいぞ」
「あ~ら、ブリードちゃん。なんか秘策があるのかしら」
だから“ちゃん”付けするな、オネェタウロス。
今、身の毛がよだつどころか、全身の毛が抜けるところだったわ!
「まあな。……そうなった時は任せてくれ」
俺はニヤリと笑う。
◆
相手が祭りをひっくり返す卑怯者なら、こっちも卑怯に徹すればいい。
それが俺の出した結論。
秘策だった。
ゆっくりと俺は武闘場へと歩いていく。
くじの破片をつなぎ合わせたものを、突き出すように掲げた。
「これはさっき……。そこのオネェタウロスが引いて、あんたがバラバラにしたくじを繋いだものだ。ほら、書いてるだろ? 168番。俺の持っている札も、168番。ほら、合ってる」
くじと札を見せる。
そして歯を見せ、目を細めた。
なるべく嫌らしく、相手の感情を逆撫ですることだけに注力した。
「つまり……。次の対戦相手はこの俺ってこと――」
瞬間、レベスタは剣を振るった。
剣圧が刃のように飛んでくる。
俺に直撃する。
爆発音が響いた。
土煙が舞う。
「ふん……。人間が何を戯れ言……」
チンと鞘に収めた。
レベスタはマントを翻し、フィアンヌに向き直る。
「人の話は最後まで聞けよ」
目の前に俺が立っていた。
「な、にぃ――」
レベスタは絶句する。
慌てて柄に手を置いた。
戦闘態勢万端の相手に対し、俺は依然シニカルな笑みを浮かべた。
「貴様、何者だ!?」
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺はブリード。この魔王城でアルバイトをやってる」
名乗りを上げる。
すると、場内がざわついた。
「あいつが……」
「そう言えば、いつも入口付近でモップを磨いてるの見たことあるわ」
「1度、糞を処理しにきたぞ」
「なんだ。糞処理係か」
「糞だな、全く」
「糞だ。ああ、糞」
糞糞言い過ぎなんだよ!!
てか、後半2つの台詞はなんだよ!
どれだけ連呼したいんだよ、お前ら!
今、シリアスな場面なんだから、余計な下ネタ突っ込むんじゃねぇ!!
ただでさえ、汚いとか言われるんだから。
「ああ。ドランデスの配下か」
レベスタは俺の背後にいるドランデスに視線を送る。
そしてすぐに戻した。
「というわけだ。……俺がこいつと対戦するんだから。あんたは客席にでも戻って、糞して寝な」
ああ、俺もつい“糞”って言ってしまった。
きっとこれは職業病なのだ。
「貴様こそ、とっとと武闘場から降りるんだな」
「くじに当たったのは、俺だぜ」
「はっ……。なにがくじに当たっただ。如何にも他のくじをつなぎ合わせて、無理矢理番号にしただけではないか。白々しい」
ばれたか。
心の中で舌を出す。
ご明察――。
これは俺がくじの破片を拾って、繋ぎ合わせて作ったくじだ。
むろん、俺は退かない。退くつもりもない。
「はん! あんたバカか?」
「なんだと!?」
兜の奥の一対の光が細くなる。
「あんたこそ、祭りをひっくり返して、フィアンヌを殺そうとしてるんだろ。だったら、俺も俺であんたの論理をひっくり返すだけだ」
「人間……。貴様、我を四天王の一角【死騎士】レベスタと知ってて、戯れ言を抜かしているのであろうな」
突如、大気が渦を巻く。
俺の髪と、レベスタのマントを翻した。
その死霊騎士の後ろには、大量の怨霊……。
耳障りな怨嗟の声を振りまいている。
スタジアムはどよめく。
レベスタの覇気もしくは、殺気に呑まれていく。
気温がぐっと下がったような感覚に陥り、身を震わせる魔族が続出した。
スタジアムから退散していく者もいる。
顔をしかめ、入場口で見ていたドランデスは、1滴の汗を流した。
四天王に対し、啖呵を切っていたオネェタウロスでさえ、蹄を鳴らして後退する。
その中にあって、まるで涼風に煽られるように立っていたのは、俺だけだった。
やがて無駄だと悟ったのだろうか。
レベスタの背後から放たれていた黒い気が、収縮していった。
「じゃあ、こうしよう」
俺は収まったのを見計らい、手を開いた。
「フィアンヌの次の対戦相手は、勝った方が決める」
「なにぃ……」
「わからないか? 俺とあんたが戦って、勝者がフィアンヌと対戦するっていう寸法だ」
「…………」
レベスタは何も返答しなかった。
しばらくして兜の奥から聞こえてきたのは、激しい哄笑だった。
それはスタジアムはおろか、全世界を呪うが如く響き渡る。
その中心で、レベスタは実に愉快そうに笑い続けた。
「くくく……。馬鹿か、貴様? 四天王になぶられるために、戦うというのか?」
「ちょっ! そうよ、ブリードちゃん。無謀すぎるわよ」
オネェタウロスは俺の提案を聞き、話に割ってはいる。
だから、“ちゃん”付けはやめてくれ。気持ち悪い。
「さーて。そいつはどうかな。もしかしたら、奇跡的に大逆転しちゃうかもだぜ」
「ぬかせ、人間……。良かろう! その勝負、うけてやる」
「レベスタ様!!」
「黙れ、ケンタウロス。先にお前の首を飛ばすぞ」
スラリと両刃の剣を抜くと、オネェタウロスの喉元に突き付けた。
本気だ。兜の奥にある一対の光がそう言っている。
真剣に、レベスタは人間の提案に乗ると訴えていた。
その時、スタジアムの重い雰囲気を切り裂くように声が聞こえた。
「その勝負! 認めるわ!!」
皆の視線が、観客席に設置された貴賓席から聞こえた。
天蓋付きの席の奥から現れたのは、銀黒赤のドレスを身に纏った少女。
エスカだ。
燃えるような髪をさっと掻き上げ、彼女は宣言する。
「魔王様の代理――その娘エスカ・ヴァスティビオが許します。……両名、戦いなさい!」
――――!
一瞬の静寂。
すると――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
歓声が沸き上がった。
四天王【死騎士】レベスタ。
それに挑んだ人間――アルバイトのブリード。
それは決して屈指の好カードというわけではない。
何が行われるのか、魔族にはわかった。
人間をいたぶるだけの解体ショー。
その始まり……。
まさしく血沸き肉踊る惨劇を期待し、声を張り上げ、拳を掲げたのだ。
「殺せ」「殺せ」の大合唱が響く。
渦の中心で、笑う者がいた。
1人は俺。
そしてもう1人はエスカだった。
魔族たちの怒号を背に、エスカは再び貴賓席に着座する。
横に座ったオーク伯爵が、その豚鼻を向けた。
「よくぞ許可されましたな、姫」
「あら……。どうして?」
「姫様は人間の文化に触れておいでです。あのアルバイトとも親しくしていると聞いております」
「だから――」
「…………? その惨たらしい死体を見ることに、抵抗があるのではないかと」
エスカは、濃いリップから息を吐き出す。
貴賓席に肘掛けに手を突き、頬杖をついた。
細い足を組む。
艶めかしい太股が、スカートの間からちらりと見え隠れする。
オークの伯爵は思わず視線を向けた。
「それはどうかしら……」
ふと我に返り、オークは視線を上げる。
魔王の娘を見つめた。
口角を上げ、薄笑を浮かべる。
冷然としながらも、その表情には魔王の娘たる威厳と気品が同居していた。
【本日の業務報告】
元勇者はやはりクズだった。
すべての魔族の攻撃目標となった。
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