第42話 元最強勇者(ry)は日常コメディだって知ってた?
祝日だけど、朝から投稿です。
やはり二合目も、先制したのはギャロットだった。
――速ェ……!
さっきよりもスピードが上がっている。
本気じゃなかったのだろう。
一瞬にして、間合いを侵略する。
再び血が垂れたままの脇腹を狙う。
今度はフィアンヌもついてきた。というより、勘が当たったに近い。
戦位を変えようと、身体をひねる。
体勢が整った時には、ギャロットの姿はいなかった。
フィアンヌを飛び越えるように跳躍する。
反転しながら、背後に回り込んだ。
「――!」
目で追えた時にはもう遅い。
焼けた鉄でも押さえつけられた痛みが、背中を襲う。
血が噴き出し、黄金色の尻尾が朱に染まった。
それでも致命傷ではない。
パンサーの動きも目を瞠るものがあるが、黄狐族の反応も同じぐらい賞賛すべきものだった。
フィアンヌは背中を向けたまま、一旦距離を取る。
振り返った。
すでにギャロットの姿はない。
「ここだ……」
低いバリトン声。
すぐ側面に立っていた。
爪の直突き。
もろにフィアンヌの腕を抉った。
「ぎゃはっ!」
悲鳴を上げる。
100戦近くやって、初めてだ。
地面を蹴り、フィアンヌは距離を取ろうとする。
「逃がすかよ」
ギャロットは素早く退路に回り込む。
爪を放った。
再び血しぶきが舞う。
そこからは防戦一方だった。
されるがままの状態が続く。
「いいぞ! もっとやれ!」
「いたぶってやれ!」
「血祭りにしろ!」
大観衆が口々に野次を飛ばす。
100戦ずっとフィアンヌが勝ち続けてきたのだ。
盛り下がっていた会場が、突沸した鍋のように沸き上がる。
「どうした! オラオラ!」
フィアンヌが立ったまま動けなくなっても、ギャロットは手を緩めない。
左右、背後、上空から――。
スピードをいかし、多角的な攻撃で少女を追いつめた。
「さっきの威勢はどうした。みんなのために頑張るんだろ? ええ――!!?」
容赦がない。
次第に、フィアンヌの身体が赤に染まっていく。
黄狐族の美しい黄金の毛並みが、陵辱されていった。
――そろそろか……。
自然と歯を食いしばっていた。
俺は一歩前に出る。
「待って下さい」
沸騰した俺の頭に、冷や水でもかけるような声が背後から聞こえた。
ドランデスだ。
視線は武闘場に注がれたまま、彼女は続けた。
「まだ大丈夫です」
「けどよ」
「私はあまり人間のことも、獣人のこともよくは知りません。しかし、戦いにおいてのあなた方は十分すぎるほど知っているつもりです。その見知から言っても、フィアンヌさんは大丈夫だと思います」
「どうしてわかるんだよ」
「眼です」
「眼?」
ドランデスは眼鏡をそっと上げた。
レンズを光る。
「彼女の眼は死んでいない。……むしろ危険なのは、ギャロットの方でしょう」
「えっ?」
「何かを狙っている。ああいう眼をした人間に、何匹もの眷属が敗れたものです」
冷静に評価した。
俺はフィアンヌの瞳を見た。
ガードを固めた隙間から覗いた黄金色の眼は、確かに死んでいない。
そして何かを考えている。
果たして、その答えは意外にも早くやって来た。
「とどめだ!」
ギャロットは裏に回り込む。
完全に視界の外。
口角を上げ、ワーウルフはすでに勝利の美酒の甘さに酔いしれていた。
フィアンヌはくるりと戦位を変える。
ギャロットの動きを読んだ上での反応に見えた。
「な――」
緩んだ豹顔が、瞬時に強張る。
だが、読んだ上でフィアンヌの動きは鈍い。
構わずギャロットは心臓を狙って、直突きした。
血しぶきが舞う。
地面に野苺ジャムのような濃い血がぶちまけられた。
ブラックパンサーの顔にもかかる。
その表情は完全に固まっていた。
血が付いた毛の上に、ギャロットの汗が滴る。
放たれた直突きは、相手の背中に届いていなかった。
その手前――。
黄狐族の少女の手に突き刺さっていたのだ。
血だらけの手を動かし、ブラックパンサーの爪をがっしりと握る。
「掴まえた、です……」
声は震えていた。
しかし力強い。
朱に染まった顔を上げ、フィアンヌはにぃと笑った。
黄色い――というよりは、もはや【赤い悪魔】だ。
ギャロットは息を呑む。
腕を振り上げ、離れようとするが、パワーは向こうの方が上だ。
ビクともしない。
「うりゃあああああああああああああああ!!!!」
フィアンヌは雄叫びを上げる。
巨躯を持ち上げた。
天高く掲げる。
ギャロットはパニック状態だ。
半狂乱になりながら、残った腕で宙を掻いた。
気合い一閃!
思いっきりギャロットを武闘場に叩きつける。
身体が硬い石面にめり込んだ。
すでにこの時、ワーウルフは半分意識を失っていた。
それでもフィアンヌは逃さない。
腕は掴んだまま、片方の手で振りかぶる。
大上段まで持ち上げた拳を、まるで槍のように落とした。
「でやあぁああああああ!!」
ギャロットの割れた腹筋に叩き込む。
ドン、という爆発音にも似た音が炸裂した。
土煙が舞う。
風に巻かれると、現れたのはヒビが走った武闘場。
そして舌をべろりと出して、完全に意識を失ったギャロットの姿だった。
…………。
沈黙が落ちる。
場内は水を打ったように静かだった。
その中で、フィアンヌが腕を掲げる衣擦れの音が、妙に耳に残る。
「勝者! フィアンヌ!!」
遅れてオネェタウロスが勝ち名乗りを上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
続いて押し寄せてきたのは、罵声ではなく、歓声だった。
「や、やりやがった!」
「なあ……。あの獣人、強いんじゃないか?」
「いや、ワーウルフの野郎が油断したせいだ」
「嬢ちゃん。俺は気に入ったぞ」
「ああ。黄狐族ではなければ、応援したのにな」
口々に試合の感想を言い合う。
「フィアンヌ……」
観衆がざわつく中……。
俺は心配そうに武闘場のフィアンヌを見つめる。
すると、どおっと倒れ込んだ。
すぐに気付いたオネェタウロスが駆け寄る。
「ちょっとぉ……。大丈夫?」
「大丈夫、です……。進行を続けてくださいです」
意識はあるようだ。
オネェタウロスに向けた眼は、まだ死んでいない。
だが、血まみれだった。
綺麗な金毛は見る影もない。
オネェタウロスは入場口にいる俺を見つめた。
珍しく真剣な目つき。
その瞳に、歯を食いしばる俺の姿があった。
俺は頷くと、オネェタウロスも首肯した。
「あんたはちょっと休んでなさい」
言って、フィアンヌから離れた。
だが、蹄の音はすぐに止まる。
いつの間にか武闘場に降り立った魔族を見据えた。
その魔族は全身を鉛色の鎧で覆っていた。
手には大振りの両刃の剣。もう片方には、円形の盾を装備している。
そしてその兜の奥にあるのは、ただ1対の赤い光だけだった。
「レベスタ!!」
珍しく悲鳴のような声を上げたのは、ドランデスだった。
俺は眼を細める。
種類としては、死霊騎士だろう。
が、ドランデスの反応からもわかるとおり、かなりの手練れだ。
「あいつがそうか――」
「ええ……」
ドランデスの声は若干震えている。
俺はレベスタといわれた死霊騎士のことを知っている。
それは昔、戦ったという意味ではない。
つい最近、ドランデスから聞いたのだ。
四天王【死騎士】レベスタ。
それが、今目の前にいる騎士の枕詞だった。
俺たちの心配を余所に、武闘場では話が進められていた。
「早くしろ、ケンタウロス……。次は私が当たりそうな気がするぞ」
「あ~ら。相変わらず、尻の穴の舐めたくなるほど強情な方ね。その自信……。どこから来るのかしら」
四天王を前にしても、オネェタウロスの態度は変わらない。
前から思っていたが、あいつの肝っ玉の大きさは凄まじい。こいつの方こそ、その自信がどこから来るのか教えてほしいものだ。
「もう1度いう。何をこの娘に感情移入をしているのかしらんが、下手な小細工はよせ」
「感情移入なんてしてないわ~。オネェは、オネェの仕事をしてるだけよ~」
挑発するように、盛り上がった胸筋を震わせる。
すると、レベスタは武闘場の外に置かれたくじ箱を魔法で引き寄せた。
オネェタウロスに差し出す。
「さあ――」
「せっかちな人は嫌われるわよ」
「ふん! くだらん」
忠告を一蹴する。
オネェタウロスは従うしかなかった。
従わなければ、手に持った剣が飛んでくる。
そんな一触即発の空気が、武闘場を支配していた。
「はい。引いたわよ。えっと、番号は……」
ヒュンと空気が動いた。
次の瞬間、オネェタウロスが引いたくじがバラバラになっていた。
残骸がは風に乗り、ヒラヒラと武闘場の外へ飛んでいく。
「ちょっと何をするのよぉ!」
オネェタウロスが激昂した。
レベスタの横暴は終わらない。
さらに剣閃が舞う。
今度はくじ箱がバラバラになっていた。
中にあったくじも切り裂かれ、風にさらわれる。
「茶番は終わりだ。すぐにでも処刑を開始する」
「あ~ら。話が違うのではなくて、レベスタ様」
「ちまちまするのは性にあわん。この娘の首を御首級にして、人間どもの領地へと攻め込んでやる」
剣の切っ先を、倒れたフィアンヌに向ける。
成り行きを見守っていた黄狐族の少女は、キッと現れた死霊騎士を睨んだ。
戦意は高かったが、やはり起き上がるほどの気力はない。
それを見た後、オネェタウロスは眼を細めた。
「魔王様のお許しもなしに?」
「魔王様は乱心されているのだ。人間と和平を結ぶなど。およそあの方の考えとは思えん」
「だからって、許しを得ないままそんなことしたら、立派な魔王様に対する反逆よ。あーた、それわかっていってんの?」
「黙れ、ケンタウロス」
「なんで揃いも揃って、あんたたち主戦派は融通が利かない連中ばかりなのかしらね~」
「もう一度いう。黙れ、ケンタウロス。この娘の首を刈り取る前に、お前の首を刈ってもいいのだぞ」
フィアンヌに向けていた切っ先を、今度はオネェタウロスに向けた。
「おお! やってみろや!」
がらりと口調を変え、ケンタウロスは逞しい腕を組む。
不穏な状況になる中、その呑気な声はスタジアムに広がった。
「あのさ。悪いけど、次は俺だ」
2人の間に割って入ったのは、元勇者だった。
【本日の業務報告】
元勇者は、入口から飛び出した。
しかし、次回に続いた。
存在感 -10
投稿した時間にお読みいただいた方へ。
祝日にも関わらず出勤もしくは登校、お疲れ様ですm(_ _)m
この作品が少しでも忙しい年の瀬を乗り切る一助になりますことをお祈りいたします。




